切り取られた窓は光を映さないまま。あの日に置いてきた太陽はまだ記憶にあるけれど、もうすぐ脳裏からも離れてしまう。進化しない色彩、進化しない風景。手を伸ばし剥がす壁は白から黒へと変わってしまった。退廃は移りゆくのに何故、俺は一人空想の空を見つめる。ああ、綺麗に君が微笑んだ。




「また絵描いてるの?」

「……」


光が入らない部屋。描き溜めた絵が俺を囲って、まるで守られているような感覚に安心する。もうずっと、喋ることも笑うことも泣くことだってしてない。感情は全て右手に隠してしまった。


「…何か思い出したら言ってね」


誰かも分からない銀髪の男は毎日パンとミルクを持ってきては同じ台詞を言う。一度だけ見た彼の表情は哀しげで、なんだか気分が悪くなった。

バサバサと跳ねる足を繋がれた鳥の絵。まるで自分のようで、決して違う。紐さえ切ってしまえば飛べるんだ、鳥は。でも俺はこの部屋、まるで俺専用の鳥籠で跳ねることもなく見えない誰かに想いを馳せるだけ。白く霞んでよく分からないけれど、確かに記憶に残る人物。全て忘れてしまったのにあの日の太陽とあの人だけは覚えてる。






「高杉、」

「高杉、高杉高杉たか、すぎ…っ」


銀髪の男は時々こうやって壊れる。気分が悪くなった最初の日から一度も見ていない男の顔。髪で隠れていてよく分からないけど、震えた声と伝う涙で泣いているのだと理解する。なんとなくこの銀髪の男とあの人が重なって見えた。ごめんと何度も繰り返す理由が分からない、分からないからまた気分が悪くなる。そもそも"高杉"が本当に俺なのかさえ分からないのに。







もう何度、朝を迎え夜を超えたのだろう。ふいに重い窓を開けた。
眩しい光と風に誘われ俺は外へと連れ去られるように舞い上がる。まるで空の一部のように重なって、だけど失った羽根は戻らないまま景色が歪んだ。あの太陽、一瞬見えたあの人が、すぐ側にいるのに触れられない。
上っていく世界の後、衝撃で全てを悟る。俺もあの鳥のようにこの地に繋がれていたんだ。ただ、変わらずにあり続ける空を見つめることしかできない。





「どうしたの?」

「…夢、見た」

「夢?」


相変わらず暗い部屋に、古くさいランプと鳥の絵。久しぶりに発した言葉は思ったより小さく、掠れて。


「あんたが、あの人…?」


見開かれた眼球に映る自分は穏やかだった。ぎゅう、と硬い腕に包まれて何だか懐かしい感触。ひらりと滑る絵。
自由に空を翔るこの鳥のように、次に目が覚めたらまた何か変わっているのだろうか。







*突発的に、大好きな曲を捏造