「5865円でーす」


「あ、高杉半分貸して」

「はあ?またかよ」

「はいはい神威、テメェは今日から買い食い禁止でィ」


そんなあ〜と嘆く神威を一旦レジから引き離す。目の前の彼は目一杯抱えたお菓子や弁当をギュッと握って離さない。うっすらと涙が滲んでいるのは余程お腹が空いているからだろう。
しかしコイツを哀れだとは思わない。何故ならここ最近のヤツは本当にひどかった。金がないのにもかかわらず大量に食料を購入しようとするのだ。この俺が、多少なりとも何度足りない分を貸してやったか分からない。高校生にとっちゃアイスだって一個100円か120円かで、かなりの悩みどころだ。
貸した金は返ってこないと思え、なんて言うが日に日にエスカレートするこの状況はまさにそうだと思う。


「まあ、毎日あれだけ買ってりゃ無くなるわな」

「資金源はどこでィ」

「うーん、イロイロかな」


その言葉が何だか意味深に聞こえるのは曲線のキレイな笑顔のせいだろう。
そこで、前々から考えていた作戦を実行に移すべく俺は指を指して宣告してやった。


「よし、バイトしろィ」


ビシィと投げつけた言葉はこういった状況下であれば極当たり前なことだ。しかし相手は世界で一番"当たり前"が通用しない男、神威。どうせ、命令されるのは嫌い〜とかなんとか言って素直に受け入れるとは思えない。もちろんそういう場合の作戦も考えてある。
しかしあっさりと紡ぎ出された言葉は予想を反するものだった。


「あぁ、バイトね。いいかも」

「まじかよ」

「意外だねィ」

「お前アレだぞ?ハゲたおっさん店長にこき使われたりすんだぞ」

「問題ないよ。俺強いし」

「そういう問題じゃねェだろィ」


すぐ暴力で解決しようとするのは神威の欠点だ。俺も人のことは言えやしないがコイツほどではない。どうせカツアゲとか、クラスのバカな教師とバカな女子たちと若干のバカな男共に高杉のレア写真(俺のはないと信じたい)を売りつけていたのだろう。これは俺が教えた方法なので文句は言えないが。
とにかく、汗水垂らして働くという当たり前のことを教えてやらねば。それにはピッタリの場所があった。


「どこがいいかなー?」

「居酒屋とかどうでィ」

「ダメだ」


ちょっと待った、と言わんばかりに高杉は俺たちの前に手を伸ばした。どうやら居酒屋という場所に異論があるらしい。
いや、確かに神威に接客業をやらせるなんて恐ろしいこと極まりない。しかし多くの人と触れ合うことで、優しさとか人を敬う心とか、そういうのを学んでもらいたいと思うのだ。
人のこと言えないけど。思いっきりプロデュース感覚になってきてるけど。


「居酒屋はなァ、店長だけじゃなく客にもデートに誘われたり、断ってもしつこく言い寄られるんだぞ」

「へェ、凄いね」


まあ確かにそういうところもあるかもしれないが、全部の居酒屋がそうとは限らない。
つか店長だけじゃなく、って店長は言い寄ってくる前提かよ。どこか特定の店を指すような口調、これはもしかして実体験か?高杉くんは相当苦労してきたらしい。もう熱くなりすぎて両手グーにして前のめりになっている。写メっとこ。


「他にも耳元で息かけられたりケツ触られたりすんだぞ!」


どんな店だよ。というか声が大きい。コンビニは狭いのだからいかがわしい言葉が周囲にまる聞こえだバカ。


「それはさすがに嫌だなあ」

「だろ?バイトなんか止めとけ」


え、ちょっと高杉。話がおかしくなっている。
神威の金使いの荒さが俺たちのお財布事情を脅かす原因だ、と結論づけてから2人で様々な作戦を考えた。あの大食らいが買い食いを止めるとは到底思えないし、俺たちが財布を持たないというのも無理がある。だから、バイトでもさせて金の貸し借りなんてなくそうと、そういう話であったはずなのだ。


「ちょ、高杉…」

「いいか?あんな野蛮なとこ絶対行くんじゃねェぞ。あのハゲ、何回ストーカーに合ったか分からねェ」

「分かったよ。もうバイトなんてしないから、高杉コレ半分払ってくれる?」

「あァ、いいぜ」


えええええ。
それでいいのか高杉。これから先ずっとお前は神威のカモにされること間違いないんだぞ。それでいいのか高杉。俺は全然いいけど。




「「ラッキー」」


2つ重なった声は多分俺にしか聞こえていない。
まあ、結果オーライか。高杉がバカでよかった。