昔からハッピーエンドが嫌い。
僻みとか妬みとかそういうんじゃなくて、幸せそうなそれが何だかとても滑稽に見えたのはいつからだったか。不幸がなければ幸福もないのに。
愛なんて、ただの人間のつくりモノだ。











「高杉ー帰んぞ」

「悪ィ。トシ先帰ってて」

「あ?なんで」

「んー、銀時待ってる」

「……」


例えば今、もの凄い皺を眉間に集合させて押し黙る土方。嫉妬からくる負の感情を簡単に面に出す馬鹿正直者だ。人生損しそうなタイプだと思う。
そして普段はクールに装うこの男も実は愛とか絆とか、目に見えない不確かなモノを信じる側の人間だ。


「なに怒ってんだよ?」


べつに俺は土方も一緒に帰ればいいのにと思うのだが、2人がそれを許さないのだから仕方がない。


「最近アイツとばっかだな」

「そうか?明日はお前と帰るから」


大層ご立腹な土方の手が伸びてきて、殴られると思い目を瞑ったけれど予想していた衝撃はこなくて。ゴツゴツとした手がポンと頭に乗って動かない。俺はどっちかというとわしゃわしゃと撫でられる方が好きだ。


「約束な」


そんなこと知る由もない土方はそう、普段の仏頂面ではなく穏やかに笑った。やっぱり単純なヤツ。大人しく帰っていく土方の横顔を見送ってからぼーっとする。新商品だからと買ってみた飲みかけのパックジュースは口に合わないからこのまま放置だ。銀時にやろう。
ちなみにわざわざ補習の銀時を待つのは、この間見つけたケーキ屋に行く為だ。もちろん俺が行きたいのではない。"付き合ってくれたら晋ちゃんが狙ってたピアス買ってあげる"と交換条件を提示してきた銀時の口車に乗ってやっただけ。
それに放課後の誰もいない教室は嫌いじゃない。"みんなのモノ"を独り占めしているような感覚に気分が良くなって、俺は机に突っ伏し目を瞑った。












「しーんちゃん」


どれくらい寝ていたのだろう。補習だったこの男が目の前にいるのだから、小一時間は夢の中だったらしい。


「…終わったのか」

「うん、一時間くらい前に」

「あ?」


ぼんやりと聞こえてきた銀時の声に驚いてパチリと目が開いた。しかも俺を待たせるのが嫌でダッシュで終わらせて来たらしい。それにしてもそんなに眠っていたのか。


「何で起さねェんだよ」

「んー、可愛かったから」


何だその理由は、と文句を言う前に土方と同じゴツめの手が俺の頭を撫でる。かき混ぜるようなそれが気持ちよくてまた瞼が重くなった。やっぱりこっちのが良い。


「ごめんね晋ちゃん。あ、土方くん怒ってた?」

「あー、まァ」

「そっか」


銀時は嬉しそうに笑う。それが目的なんじゃないかと聞くと決まって否定をするけれど、イマイチこの男の考えは分からない。いや、分からないフリをする。面倒くさいから。

もうひとつ面倒くさいことがある。土方は俺のことが好きなのだ。だから銀時は嫌がらせをする。それはコイツも俺のことが好きだから。全くもって悪趣味な連中だと思う。ああ、面倒くさい。今更同性愛がどうとか気持ちが悪いとかそういうんじゃない。ただ面倒くさいだけ、人間のその感情が。
しかもこの二人が鉢合わせると本当に面倒くさい。土方は敵意剥き出しで殺気を放つし、銀時は余裕な顔をして毒舌を吐きまくる。俺はただ、早く終われと願いながらぼーっとそれを眺めるだけ。だからその時間は、帰ったら何をしようかとか、今日も現文のじいさん先生の髪型が面白かったとか、それを見た沖田の一言が傑作だったなとか、そういうくだらない事を考える時間にあてている。












「土方、帰ろーぜ」

「お、おう」


曇りの日は気分が良い。俺の感情を色彩化できるならこんな感じだろう。澄みきった奴には到底なれない。俺には全てを諦めてしまったような空がお似合いだ。
今日が土方で良かった。銀時はうるさいからこういう日には適さない。


「なぁ、高杉」

「ん?」

「俺さ、何ていうか…ずっと」

「……」

「その、…お前が」


ああ、やめてくれ。面倒なのは御免だ。俺は生まれ変われるなら感情を持たない生き物になりたい。見えない何かに振り回されて結局自分の欲を押し付けているだけの人間なんて、絶対に嫌だ。

昔、どうして俺は自分と同じ"ヒト"という種類を嫌うのか考えたことがある。いや、嫌う理由は沢山あるのだ。でも何故、というとやっぱり分からないから、前世とかいうやつの因縁、ということにした。全て曖昧なのだ。具体的じゃなくて、だから土方とか銀時が嫌いなわけじゃない。もしかしたら俺は自分が一番、


「高杉?」

「え、あ…」


「晋ちゃーん!」


タイミングが良いのか悪いのか此方に向かって走る、今日には適さない人物。しかし土方の面倒くさそうなハナシを終わらすにはちょうど良かった。


「偶然だね、何してんの?あ、土方くんも」

「チッ、どうせ俺らの後つけてきたんだろ糞天パ」

「えー?何その言い方。お前うざいんだけど」

「テメェの白々しい喋り方の方がうぜェんだよ。つか高杉に纏わりつくな」


なんて滑稽だろう。昔見たファミリー映画並みにつまらない争いが始まった。どうせいつかは忘れてしまうのに。人間の存在なんてその程度のものだ。


「纏わりついてんの土方くんじゃないのー?晋ちゃん迷惑してるよきっと」

「そっちこそ迷惑なんだよ。高杉に甘いモンばっか与えやがって。身体に悪いだろうが糖尿天パ野郎」

「はあ?お前こそ晋ちゃんの前でマヨネーズばっか吸わないでくれる?副硫炎的なアレで病気になっちゃうから」


目前で繰り広げられるそれにいよいようんざりする。このまま帰ってしまいたい。俺はどっちも好きじゃねェんだよ。額がくっ付きそうなくらい睨み合う2人は本当は仲が良いんじゃないだろうか。だとしたら、そんな仲良し友情ごっこを見せ付けられるこの俺の方が滑稽なのでは。そんなありえないことを考えていたら思わず笑いそうになった。


「やめろ。何でお前らそんなに喧嘩すんだよ」

「だって土方くんが」

「あ"ぁ?」

「トシ」

「チッ」


知らないフリをしていた方が楽だと思っていたがどっちにしろ面倒なのは変わりなかった。ああ、早く帰って寝たい。どうして俺はこんな連中とつるんでいるのか。日に日に疑問は膨らむが未だ答えが見つからない。ギャアギャアと、鬱陶しいだけなのに。


「帰る」

「じゃあ俺も一緒に帰るしー」

「お前は付いてくんな白髪野郎!」

「銀髪なんですけど。お前こそ一人で帰ったら?ヘタレマヨネーズ野郎が」

「やーめーろ」


何故いつも一緒に、なんてそんなのコイツらが勝手に寄ってくるからに決まってる。それが自然になって、当たり前になっているだけだ。うん、絶対そう。まあ、たまにさっきみたいに笑っちまいそうになるのはコイツらだけだけど。友情とか、ましてや愛なんてモンじゃ、決してない。