ブー、ブー


"誕生日おめでとう!!"


「くそっ沖田の野郎…」


目覚めと同時に襲ってくる暑さと、祝いの言葉から始まる長ったらしいそれ。ご丁寧に電話番号まで付けられた担任からのメールに心底うんざりした高杉は、ダルそうに起き上がり携帯をベッドに放り投げた。こちらの連絡先など教えるはずもないのだ、きっと沖田の仕業だろう。そう解釈し飲みかけのまま床に放置してあったペットボトルをひっ掴む。そして残り少ないミネラルウォーターを勢い良く飲み干して呟いた、ぬるい。


ブブブ、ブブブ…


「んだよ」


先ほど無作為に放り投げた携帯を探す。再び鳴りだしたコレはメールではなく着信だ。パカッと開いた画面には、今まさに文句の一つでも言ってやりたい人物"沖田"の文字。


ピッ

「オイおき」

『あ、高杉ィ?えーと1時間後に駅前のマックな。遅れんじゃねぇぞィーほいじゃ』

ブチッ
プー、プー…


「……」




1時間半後、高杉は指定されたファーストフード店に入り沖田と神威が居るテーブル席に座った。2人は30分遅れたことを高杉に問いただすが、本人としては当日に要件だけを一方的に告げられたのだ、仕方がないと反抗する。
テーブルには既に山済みにされたハンバーガーとポテトの袋。高杉は一気に食欲が失せた。


「さて、またしてもストラップの日が来たわけだが」

「オイ人の誕生日をストラップ呼ばわりすんな」

「照るなよ。楽しみにしてたんでしょ?」

「いやしてねェよ」


素直に祝いやがれ、なんて言いつつ高杉の内心は違った。人の誕生日を祝うのを悪くないと思うように、自分の誕生日を祝って貰うというのもまた悪くないと思ったのだ。如何せん夏休み中のこと。忘れられることはあっても、わざわざ自分の為に集まるなど経験がなかった。別に高杉はそんなことを気にするような男ではなかったが、やっぱり嬉しいものである。


「高杉は?ついでに注文してきてあげるよ」

「まだ食うのかよ?」

「当たり前じゃん」

「じゃあ、ぎゅ」

「牛乳なんか飲んでも無駄だよ」

「……」


珍しく真顔でそう言った神威は大量のハンバーガーセットと、頼んでもいないファンタグレープを持って戻ってきた。


「残念だったねィ、高杉」

「あ、沖田お前銀八にアドレス教えただろ」

「えー?そうだっけー?ぜーんぜん覚えてねェやー」

「そうかやっぱお前だったんだな」

「なに、先生からメールきたの?」


もぐもぐと、詰め込むならバーガーかポテトかどっちかにしろよと言いたくなるくらいパンパンに膨らんだ神威の口。さながらハムスターのようなそれから出た質問に高杉の顔が歪んだ。思い出すだけでも相当鬱陶しい内容だったのだろう。密かに沖田が笑う。


「睨むなって高杉ィ。俺だって次のテストがかかってんでィ」

「テメェ…」

「まあまあ、プレゼントあげるから静まれよ」

「ストラップなんざいらねェよ」


素早く返ってきた言葉を聞き、ぶぅ、と2人揃って頬を膨らませて見せたが高杉は何とも思わない。寧ろ気色が悪いとでもいうかのような軽蔑の眼差しが強くなる一方である。


「実はもう用意してあるんでィ」

「高杉といえばこれだよね。ハイ」


どうぞ、と渡されたピンクのストラップ。
暫く考えたが何の変哲もないコレと俺との接点がどうしても見つからない。いや、一つだけ引っ掛かる答えはある。しかしそんなの絶対に認めたくもないし、何これ、いじめじゃないの。
高杉は取り敢えずニコニコと上機嫌に笑う2人を睨んだ。


「……どういう意味だ」

「そのままだよ」

「ドMのMでィ」


俺はいつからMキャラになったんだ。なに、これから出会う大勢の他人に自分はMだと(断じてMではない)己の性癖を晒して生きていくのか。そしてクラスの連中共には一々こうなったいきさつを説明せねばならんのか。高杉は初めてMの付かない自分の名前を呪った。








***

「あれ、あれれ?あれー?あれれれ」

「黙れ銀八」


夏休み明け。スッカスカのスクールバックのチェーンに新たに加わった"M"のストラップをぶら下げ登校する高杉。名前のイニシャルでも何でもない。もちろん付けるのを拒んだが、沖田と神威がそれを許す筈もなく絶対に外せないような小細工まで施し無理やり取り付けたのだった。それを面白そうにちゃかす銀八にとうとう高杉が吠えた。




「あは、ちゃんと付けててエライね。超喜んでるし」

「いや、ありゃ完全にキレてんだろィ」








*Happy Birthday高杉!