「で、お前はどうする?」


A組の坂田は右の手のひらを仰向けに突き出し、相変わらずやる気のない顔で俺に問いかけた。数分前、その物凄く面倒臭そうな表情で宣言した言葉の答えを俺に促しているのだ。高杉は俺のものだから、と放課後の静まり返った教室でさらりと受けた宣戦布告に戸惑う暇もなく、彼についてお前はどうするのかと続ける。
坂田とは1年の頃少し話したことがある程度で、親しい関係では全くない。そのくせまるで戦いを挑んでいるかのようないいぐさにイラつきつつ、この男の考えが読めなくて押し黙る。夏場の室内は暑く、じわりと滲む汗を拭いたいのに妙な空気がそうさせてくれない。バカにしたような坂田の視線がうざったくて思い切り睨んでやった。


「土方くんさ、目障りなんだよね」

「ああ?」


その目は冷たく憎しみにも似たカタチで俺を見る。目障りといえば坂田の方だ。いや、もうそんな軽々しい言葉では片付けられない程この男の行動は陰湿だった。常々、坂田は高杉のことを物陰に隠れじっと見ているのだ。この間は高杉のスリッパの匂いを嗅いでいるところを見た。捨てたゴミを拾っていたこともあるし、体操着が盗まれたこともあったがそれもこの男の仕業だろう。高杉の手に触れたそれらのモノを集めて悦に入る坂田が容易に目に浮かぶ。
彼は"ストーカー"と、まさしくそう呼ぶに相応しい男だった。エスカレートしないうちに一度話をつけなければ、と思っていたところに向こうからやってきたのだ。これ以上高杉に付き纏うことは俺の方が許さない。


「うざいっていうか。同じクラスだし、いつも高杉といるし」

「俺が羨ましいのかよ」

「…羨ましい?反吐が出る」


ガタ、と椅子から立ち上がった坂田と対峙する。同級生とはいえストーカーなんて得体の知れない男だ、極力相手を刺激しないように努めるつもりだったがどうやら無理らしい。


「テメェこそ高杉に近付くんじゃねェよ、ストーカー」

「…ストーカー、ね。ストーカーは嫌い?」

「は?当たり前だろうが」

「そっかそっか。そのまま嫌いでいてくれたら助かる」


何言ってんだコイツ。
その顔は気持ち悪い程の笑顔だった。コロコロと表情が変わるこの男の奇怪さにイライラが募っていくのを感じる。更には黙っていた俺をみてお前も高杉が好きなんだろ、とこれまた白々しく言うもんだから余計に腹が立った。


「アイツを好き、だったら何だよ」

「あは、良いこと教えてあげようと思って」

「…良いこと?」

「そう」


楽しそうに話す坂田は机の上に腰を下ろし、足を組んで上機嫌に俺を見た。得意げな表情がますます読めない。


「高杉もね、お前の嫌いな"ストーカー"してるよ」

「……は?誰の」

「やっぱ気付いてないんだ?笑っちゃう」

「何がだよ」

「そこのカバンの中、見てみな」


視線の先に目をやるとそこには、HR終了と同時に担任に呼ばれ出て行った高杉のカバンがあった。いつもはぺしゃんこのそれにしては珍しく中身が詰まっている。


「じゃあ俺は帰るから」

「は?おい待、」


それだけ言うと坂田はそそくさと帰って行った。一体何を言いに来たのか、その真意を俺は分かっていなかった。


「……」


坂田の言葉を信じたわけじゃない。まさか高杉がストーカーなどと、そんなことするはずがないのだから。だけどこの感情は何なのか。カバンを見る度に脳みそを走るコレは。絶対に見てはいけないという予感、警告音が汗となってダラダラと流れ落ちていく。俺は衝動的に、気付けばそれを手に取り夢中で中を探っていた。


「俺…?」


溢れ出る写真やゴミの束、なくしたと思っていた私物。それらは全て俺のものだった。驚いたのはその一つ一つに日付とメモが書かれていたこと。胸のあたりがドクドクと、まるで心臓にスピーカーでも付いてるんじゃないかってくらい煩い。俺は急に恐ろしくなり今すぐにでもその場から逃げ出したくなった。


―ガラッ


「土方」

「ったか、すぎ…」

「…それ、見たんだ?」



"で、お前はどうする?"


「俺…は、」












*気持ち悪くてすみません