隣の隣の家の女が死んだ。
自殺?他殺?そんなの知らねぇ。とにかく、女が死んだんだ。

群がる野次馬とそれを制す警察官。黄色いテープの向こうにガキが一人、下を向いて立っていた。俺は女が死んだ理由よりも鬱陶しい前髪のせいで顔が見えないそのガキのことが気にかかった。それは哀れな少年に対しての優しい感情なんかじゃなくて、ただガキの置かれている状況に興味があっただけ。

女は母親だった。作業員によりブルーシートに包まれ運ばれていく塊に彼は何を想うのだろう。母親が死んだ時の気分とはどんなものか想像もつかないが、俺もアレと同じようにただ立ち尽くしてしまうのだろうか。取り乱すことも、泣き叫ぶこともなくただ、呆然とその事実を見ているだけ。もしかするとあのガキの意識はぶっ飛んでいたかもとすら思う程動かない身体。

さも無関心であるかのように装いその場を離れる俺も内心は所詮野次馬共と変わりないのだ。あまつさえ、自分と置きかえて考えてみるもやっぱり分からなくなって中途半端にやめてしまう。だって俺の家族は確かに生きているし、想像では計り知れないだろう事実がそこにあったから。

だがしかし、心の真実とは誰にも分からないものだ。例えば何らかの理由で元々あのガキは母親を恨んでいて、地球上で一番大嫌いな存在だったとしたら。そう推測すれば今日はあのガキにとって最高の日じゃないだろうか。髪で隠れていたその顔は実は、薄気味悪い極上の笑顔だったかもしれない。
そんな健全とは思えないことを永遠と考えていたら頭が痛くなった。


「高杉」


大切な人。もし女がやはりガキにとって何ものにも代えがたい大切な存在だったとしたら。


「なに考えてんのさ」

「…別に」


今日はここで1日授業をサボると決めていた。足の上に乗っかる銀髪を弄ぶ。膝枕なんて、やってあげる方はちっとも楽しくない。


「嘘。泣きそうな顔してる」

「してねェよ」


俺は小さい頃からあまり感情を面に出さず生きてきた。その方がラクだと思っていたからだ。本当にラクだったのかと問われれば実際そうでもなかったのだが。まあそれは置いておいて、とにかく俺は上手く内と外を別々に操作することに長けていた、はず。だけど例外が一人いたんだ。この男の前では嘘が吐けない。
銀時の柔らかな手が頬をなぞった。嘘なんて吐いてるつもりもなかったが、何もかも見透かしたような目が怖くて前髪で顔を隠すように下を向く。

ああ、恐ろしい。


「あのガキと一緒だ…」


不吉。今朝の映像がまた脳みそを支配した。コソコソと話すおばさん、淡々と処理をする警官、人だかりの中に佇む一人の少年、ブルーシートに包まれた母親。
平和に生きてきた俺には実は少し刺激が強すぎたのかもしれない。


「お前さ」


ゆっくりと起き上がった銀時は俺を抱き締めた。暖かい。その肩に鼻を押し付けて目を開ける。
屋上からのこの景色が好きだ。そこから見える小さな街とクルクルの銀髪が重なって銀時の体温を実感した。

銀時、銀時、ぎんとき…、

母親では想像できなかったそれが、この男では容易かった。


「また一人で何か考えてんだろ」

「……」

「言えば」

「…いで」

「あ?」

「お前は、死ぬな」

「…なに、俺が死ぬのが恐いの?」


そうだ、銀時が死ぬのが恐い。あのガキみたいにお前を見下ろすのが恐い。大切なものを失うのがこんなにも恐い、なんて。


「あァ、」


こんなひねくれた俺にも分かる、ガキの置かれた状況が。理解できる、この感情が何なのか。


「ばかじゃねェの、お前。そーいうのは死ぬときに言えよ」

「死ぬとき言ってたら遅いだろ」


銀時はさらに強く俺を抱きしめた。それがこの世の最後みたいでなんだか余計に切ない。本当にもう会えなくなるんじゃないだろうか。なんて、悲劇のヒロインを気取ってみる。


「銀さんは高杉の声で生き返んの」

「なんだそれ?」

「愛だよ」


愛、ねぇ。愛があれば人は死なないのだろうか。それなら俺は全部の愛をお前にやる。その代わり、銀時の愛が全部欲しい。


「俺がいなかったらどうすんだ」

「んなもん、いっつも一緒にいたら良いだろうが」


勝手に死なれんのが嫌だったらずっと一緒にいたら良い。
そんな簡単なことを簡単に言いのけた銀時が憎たらしい。真剣に考えていた俺がバカみたいだ。


「そんときは俺を巻き込むなよな」

「うわ、ひでぇ」