がたん、ごとん


「晋ちゃん、このままどっか行きたくねェ?」


バカでかい夕日に照らされる高杉を眺めながらそう言った。授業中さんざん机に突っ伏していたというのに、電車とは何故こうも眠たくなるのだろうか。
ガタゴトと心地いい揺れに瞼が重くなっていく。そんなとき、ずっとこの瞬間が続いていつまでも愛しい人の横顔を見ていられたらと思う。誰もが口にせずとも思ったことくらいはあるだろう。このままずっと電車に乗ってどこかに行ってしまいたいと。


「どっか?」

「うん。どっか遠く」


がたん、ごとん


「誰も知らないところ的な?」

「そうそう、だーれも俺達のこと知らない的な。んでずーっとそこで」

「やだ」

「あ?何でさ」

「退に会えなくなるだろ」

「……」

「……」


がたん、ごとん

あの屋根はあんな色だっただろうか。どうでもいいことを考える。いきなり現実的な言葉をさも当たり前だと言わんばかりの無表情で返され唖然としていたのだ。野球で例えるなら、ひょろひょろとしたひ弱そうな奴からとてつもない変化球を食らった時のような感じか。いや、野球のことを知らない俺には無論そんな経験はないが。それより、


「え、お前何なの?空気読めないの?」

「?」

「いやいや本気で分からないみたいな顔すんじゃねェよ、可愛いな」

「眠い、肩」

「あァはいはい」

「ん」


がたん、ごとん


「って違ェよ!お前いい加減にしなさいよ」

「何だよ」

「何だよじゃねェよ退だよ」

「退って言うなバカヘタレ天パ」


ほら、いつもこうだ。退退退さがるサガル…。幼馴染みだか何だか知らないが自分は山崎と四六時中ベタベタしてるくせに俺がちょっかい出すと怒るんだこの女王様は。いつも疎外感がハンパない。


「…そんなに山崎くんが好きですかそうですか」

「お前ほんとバカだな。天パだな」

「天パ関係ねェだろ山崎バカ。つーか次降りんだから身体起こせ」


少し重くなった自身の肩を揺すれば下で高杉が身をよじった。しかしそこから動く気はないらしい。一応、周りに人が居なくて良かったなんて思う。
次はいつも俺たちが降りる駅だ。どこか行こうなんてちょっと遠回しなお誘いは見事断られた訳だから、今日も例に漏れず次でこのダラダラとした時間も終了となる。はずなのだが、聞こえてくるのは否定の言葉。やだ、って子供か。


「お前ね、どっちだよ」

「今日だけなら行ってやってもいい」

「……晋ちゃん!(キラキラ)」

「フン」

「てなるかボケ!降りるぞ」

「あん?何でだよ」


何でだよって何でだよ。嫌なんじゃなかったのか。その上恋人の不機嫌に気付かないなんて鈍感にも程がある。睨まれたって恐くないもんね!


「銀さんさっきので怒ったもんね。これから俺も退って呼んじゃうもんねー」

「やだ」

「可愛こぶってもダメだかんな。お前は早く山崎離れしなさい」

「…そういう意味じゃねェ」

「あ?」

「お前は、…俺の名前だけ呼んでりゃ良いんだよバカ!」


がたん、ごとん

………ん?
え、え?え?もももしかしてこれはアレがアレでつまり……、


「ヤキモチ…?」

「ちげェし」


ああ、ごめんね高杉くん。今までいっつも俺を貶して怒ってたのはこういうことだったんだね。俺じゃなくて山崎に妬いてたのね。


「そっかそっか、大好きな銀さんが山崎と仲良くすんのイヤなんだ?ちょ、マジで嬉しいんですけど。抱き締めていい?」

「やだ」

「やだ」

「やだ」

「あ、土方に報告しよ。たーかーすーぎーが、」

「やめろバカ!」

「ヤーキーモーチ、」

「俺も土方に報告してやる。銀時が電車でうんこ、」

「オイィ!漏らしたとか打つんじゃねェぞ!」

「してる、」

「うん何かやだ。現在進行系ってちょっとずつ出してるみたいで何かやだ」

「嬉し、そう」

「キモ!それどんな変態ィ!?ちょ、晋ちゃんそれ報告じゃなくて捏造だから!」

「願望だ」

「え、なに?新しいプレイ?お前ほんと淫乱だな」






がたん、ごとん


「あ、海」


結局俺たちは車両の端を陣取ったまま隣街まで来てしまった。高杉が可愛いこと言うもんだから仕方がない。その可愛い可愛い高杉くんは、目の前に広がるオレンジ色の海を見ようと俺の太股に手をついて一生懸命首を伸ばす。うん、可愛い。しかしこちとらさっきお前に殴られた頭がジンジンしてそれどころじゃないからね。


「…ひどい。この前のタンコブ治ったばっかなのに」

「お前が変なこと言うからだろ」

「痛い」

「よしよし」

「あー幸せすぎて死ねる」

「ばいばい」

「…生きる」


がたん、ごとん


「今年の夏は海行きてェな」

「あァ」


俺も高杉の方へ重くならない程度に頭を傾ける。
もうすぐ夏だ。去年は叶わなかったから、今年はいろんなところに行きたい。


「水着来て海入ってー、あ!お前は絶対上着着ろよ。あと祭りも行きてェなー浴衣着てさ。んでかき氷食って綿菓子食いながら花火見てー、それから」

「ぎんとき、」

「あ?」

「少し黙れ」






がたん、ごとん

2人揺れながら、ただ寄り添って景色を眺める。無言の空間がこんなにも心地いいのは高杉だから。電車の中でもこんなに幸せを感じられるんだ。それならどこにいたってコイツと一緒なら、


「…いいや」

「ん?」

「やっぱ遠くなんて行かなくていい。晋ちゃんさえ隣にいればいいや」

「…俺も。お前がいればいい」

「ヤバ、超幸せ」


同じ気持ちが嬉しくて高杉の手をギュッと握った。そうしたら同じくらいの力でまたギュッと握り返してくれる。俺はたまらなくなってそのサラサラな髪にキスをした。そしたら今度は高杉の携帯が見えて……、


「なァ、さっきから誰とメールしてんの?」

「退」

「……」



がたん、ごとん

このまま君をどこかに連れ去ってしまいたい、なんて誰が言い出したのだろう。そんなの嫉妬深い奴の考えだと思っていたのに、なんやかんやあってやっぱり今の気持ちはまさにそんな感じだ。俺の肩に身体を預けながら幼馴染みとメールをする愛しい恋人を一瞥し、沈んでゆく夕日を見つめた。






***

「おい、山崎。高杉がお前に嫉妬したのが嬉しくて、坂田が電車でうんこ漏らしてるらしい」

「あははっ。何それ?」

「さぁ?お前もメールきたのか」

「うん。晋助から"浴衣どんなのがいいか"って」

「浴衣ァ?あいつら祭りでも行くのか」

「ね、土方さん。俺もお祭り行きたい。行こう?」

「え?……お、おう」

「ほんと?やった!報告しなきゃ」




*まじめに銀高を書くつもりが最終的に彼氏との状況を一々報告し合う乙女達の話になってしまいました…。