例えばそれまでの日常が突然、何の脈略もなく非日常へと変わってしまったら、人はどう対応するのだろうか。拒否反応を示してしまうかそれとも、自然と現実に合うように変化していくのだろうか。所謂、慣れというやつ。この俺がそうだ。




「銀時、クーピー」

「あー?どれ」

「黄色」

「クレヨンあんだろ」

「クーピー」

「はいはい明日買ってきてやるから」

「やだ。今ほしい」

「ワガママ言うんじゃねェよ」

「クーピー…」

「……」

「クー」

「だぁーもう!クーピークーピー可愛いんだよちくしょう!」


クーピーって名前付けたの誰だよ、なんてごちながら俺は朝から行きつけの文房具屋へと足を運ぶ。
そうして非日常も、いつの間にか日常へと変わっていくのだ。まるでずっと前からそうであったかのように。

クーピーが大好きな高杉晋助は1年程前、大学の帰りに通った近所の公園に落ちてた。うん、落ちてたっつーのは、あーどっかに可愛い子でも落ちてねェかなぁっていうアレ的なアレ。だって本当に落ちてたんだ。散ってしまった葉っぱのように、木の下に。


「ありがとうございましたー」


晋助の手の中で短くなりすぎた黄色と、もうすぐ短くなるであろう青色のクーピーを思い出し2色購入した。
天気が良いからという理由で帰りにコンビニに寄って、黄色がすぐに無くなる原因であるプリンの元へ。仏頂面でプリンの絵を描くアイツの顔が目に浮かぶ。


「帰ったぞー」


靴を乱雑に脱ぎ捨て部屋に入る。しかしクーピーバカ、晋助がいない。まあ一人暮らしの狭いマンションだ、人を探すなんて容易い。というかこういう時は大抵いつものところに隠れている、はず。
ひょい、と覗くとそこには浴室にうずくまるようにして隠れる晋助がいた。はて、隠れんぼでもしてたっけ?と自分の記憶を辿ってみるもそんな事実はない。とすると彼は今確実に何かを怒っている。


「そんなに風呂入りてぇなら、このままお湯溜めてやろうか?」

「なんで一人にした」

「なんでって、お前がクーピー買って来いっつったんだろうが」

「時間が、合わない」

「あぁ、ごめんごめん。大好物のプリンやるから機嫌直して?」

「…プリン!」


晋助はがばっと顔を上げ、嬉しそうに俺が差し出したプリンに飛びついた。単純。いや、複雑すぎて最初は戸惑ったことも多い。彼の生活にはある法則、コイツなりのルールがあるのだ。例えばさっきの"時間が合わない"でいうと、晋助には体内時計があるのかただ時計を見ているだけなのかは定かではないが、いつも俺が出掛けてから帰るまでの時間を計っている。だから今回は俺のミスで、ちゃんとあらかじめコンビニに行くことを伝えなければならなかった。晋助が予想する時間に遅れると一週間口をきいて貰えないことがある。プリン買いに行って良かった。いや、プリンを買いに行ったから遅れたのだが。


「銀時、座れ」


例えるなら俺は、無愛想で自己中心的なワガママ女王の親、といったところか。まあ、晋助は確か16と言ったから年齢差を考えると兄弟の方が正しいが。そもそも何故こんな生活をしているかというと、実は俺にもよく分からない。成り行き、というか晋助が俺の家に住み着いている。まあ勝手に拾った俺としても行く宛のないだろう孤児を一人放り出すのは人としてどうかと思うし、別に晋助が此処に居ることが嫌ではないのだ。
そりゃ、できれば俺だって大学生活を有意義に暮らしたいし、可愛い女の子とも付き合いたかった。気の合う仲間ともまだまだ遊びたいと思う。でもそれ以上に今、晋助とのこの摩訶不思議な生活の方が大事だと気付いてしまったのだ。それは確か晋助は単なるワガママな子ではなく、頭のネジが遥か遠くに飛んで行ってしまったちょっと可哀相で果てしなく可愛い年下の男の子、だと。そう分かってからコイツをもっと知りたい、ちゃんと理解してやりたいと思うようになった。だから今はもう晋助とはテレパシーで繋がってるんじゃないかと、恥ずかしながらそう思う。


「プップップリンー」


上機嫌な晋助は大好きなプリンを一口しか食べずに、残りはカルメイラの神様とやらに奉納する。普通は奉納してから食べるだろ、なんて常識は彼には通用しない。神を信じて疑わない晋助は、自分が寝た後こっそり俺が食べてやってることを知ったらどうなるのだろうか。


「ぎん、掃除した」

「あ?あぁ、ありがとな。えらいえらい」

「スタンプ」


晋助は掃除をすると俺にスタンプをせがむ。掃除といってもただ二足のスリッパを綺麗に並べるだけ。これが晋助の掃除だ。初めは催促されるがまま真っ白な紙にバイトで使っていたシャチハタを無造作に押していた。けれど毎日飽きずに続けるもんだから、夏休みのラジオ体操を思い出しこの間表を作ってやったのだ。スタンプは可愛らしいものを買ってこようかと思ったが、晋助はどうも"坂田"と書かれたそれがえらく気に入ったらしく、今でもそのまま続いている。あと2つで満タンになる四角い表を眺めながらもうすぐ新しい用紙を作らなけばと思う。満タンになれば何が待っているのだろうか。いや、この場合俺が決めるのか?心なしか嬉しそうに紙をしまう様子を見て考える。そんな自分を気持ち悪いと思いつつ、新しいクーピーでプリンを描き始めた晋助のサラサラな髪にキスをした。


((ご褒美は何にしよう))