「あんたがM方サン?」

「誰だお前?」


転校生の神威くんデス。そう言って総悟と山崎に紹介されたのはニコニコと嘘臭い笑顔を貼り付けた男。土方は初対面でいきなり変なあだ名で呼ばれた事に眉をしかめたが、どうせドSコンビの仕業なので本人には何も言わなかった。


「神威だよ。ヨロシク」


教室の窓際一番奥。お気に入りのベストポジションでこれから弁当を食べようとしていたのに。
土方が差し出された手に躊躇っていると、横に居た近藤さんがそれをガシッと奪った。


「近藤勲だ!よろしくな!」


ピンク頭のソイツは、突然の近藤さんの眩しい笑顔に目をくりくりにさせて驚いていた。目でかっ!


「土方さん、神威にアレやってくだせェ」

「アレってなんだよ」

「アレでさァ」


だからアレって何だよ、と暫く押し問答を繰り返していると、真ん丸の目を細め再びニコニコ顔に戻っていた神威とやらが人差し指を立てた。


「三回まわってワン」


……は?
その隣でそうそうと頷く総悟と山崎の様子からして俺がやれと言われているのはもしかしてもしかしなくてもこれなのだろうか。意味が分からない。


「何でだよ。しかもいつもやってる感じに言ってんじゃねェよ」

「いつも犬の餌食ってんじゃねェですかィ」

「マヨネーズ馬鹿にしてんのかコラ」

「土方さんを馬鹿にしてるんでさァ」


ワーワーと喧嘩をおっ始めた二人をよそに、神威は友人の争いを笑顔で見守る近藤に目を向ける。そして思いついたように命令した。


「じゃあ、アンタがやってヨ」

「へ?」


いきなり話を振られた近藤は素っ頓狂な声を上げ、土方もそれに続く。


「俺を待たせないでくれる?」


ゴスッと鈍い音を立てて側にあった机が真っ二つに別れた。それを見て驚かない者はいなかったが、そんなことよりも年上、―近藤に対して何とも失礼で自分勝手な発言をする奴だ、と土方は相手を睨む。しかしそれでも笑顔の神威に我慢できず殴りかかろうと腕を上げたが山崎に止められそれは叶わなかった。なんでも神威はあの極悪非道、悪名高き夜兎工業からの転校生で、不良の番長としてかぶき町でも有名な男らしい。噂は聞いていたがまさかこんな男だったとは。土方は初めこそ拍子抜けしたが先ほど破壊された見るも無残な机が、彼の恐ろしさを物語っているので納得できる。


「ちょっと、良いんですか?ただでさえ風紀委員兼剣道部主将の近藤さんがストーカー行為で噂されているのに、その上こんな恥ずかしいことされちゃあ他の生徒に示しがつきませんよ」


黒い笑みを浮かべた山崎が土方の耳元で囁く。しかしそんな恐ろしいニヤけ顔など全く気付かない土方は、近藤の身を案じさあどうしようかと考えを巡らせていた。
ニヤニヤの止まらない総悟と山崎。そう、これはドSコンビによる土方撲滅計画だった。

総悟と山崎、そして転校生の神威はすぐに仲良くなった。直感で気が合うと判断したのだ。案の定三人は一言二言で意気投合し、いつもの暇潰しに面白いもの見たさで神威も参加した。
土方は近藤さんが絡むと絶対に言うこと聞く。総悟と山崎はそう踏んでいた。


「ゴリくん、早くー」

「え?今ゴリって言った?この子ゴリって言ったよね?」

「神威はまだ近藤さんに慣れてないんでさァ」

「それどういう意味?俺を何だと思ってんの?」

「良いから早くしてよゴリラさん」

「ちょっとォォ!!もうゴリラって言ってんじゃん!ニコニコしながらひどいこと言ってんじゃん!」


一方で土方は迷っていた。近藤がこれ以上侮辱されるのを黙って見ていられない。山崎も言っていたように既にストーカーの汚名をきせられている(これは自業自得だが)上、さらにこんなところでくだらない芸でもしたら完全なる恥曝しだ。何としても阻止せねば。
しかしこれは自分にも言えることである。普段クールキャラで通っている自分がこんな公の場で三回まわってワンなどと…!ありえない!何でこんなことになったんだ!くそ、神威がなんだ!ただのニコニコチビ野郎じゃねェか!いやしかし先ほど粉々になった机をみると尋常じゃない力の持ち主であることは明らかだ。噂も恐ろしいものばかりだし、逆らったら生きて帰れる気がしない。


「小型犬と大型犬どっちがいいかな?」


完璧に仕上げようと総悟にレクチャーを受ける立ち直りの早い近藤さんを見ていよいよヤバいと悟る。つかコイツはどんだけアホなんだろう。そんなどうしようもないアホを必死で守る俺も相当なアホなのかもしれない。


「ちょっと待ったァァ!」

「どうしたんですかィ?土方さん」

「お、俺がやる…」


おお!と尊敬の眼差しを向けるも心中では掛かった!とガッツポーズを連発する総悟と山崎。


「けっこー根性あるんだね」

「黙れピンク野郎。近藤さんは俺が守る!」


知らない者からすると全く意味の分からない宣言と同時に、クールで知的な鬼の副委員長がクルクルっと回った。真顔で決めているが相当恥ずかしいのだろう、真っ赤な顔に蚊の鳴くような"ワン"の声だった。


「ブハハハ、まさか本当にやるとはねィ」

「黙れ。あ、やっぱ総悟の方がうめぇわ。神威に見せてやれよ」

「そうなの?見たいなー」


土方は仕返しとばかりに総悟を見る。すると幸運にも神威が話に乗ってくれたのでさてどうするか見ものだ。


「いいですぜ、見てな土方コノヤロー」

「沖田殿、俺もやりやす!」


敬礼。ふざけたポーズで山崎までが賛同し、予想外の返答に目を丸くする土方。するとおもむろに近付いてくる二人に両脇を挟まれた。


「「くらえ!トルネードフラッシュ!!」」

「…いだだだだだだ!!!」

「「ガブッ」」

「ギャァァァァァ!!!」


竜巻のような凄まじい回転で土方を攻撃し、とどめは我を失った狂犬のようにガブリと噛み付いたドSコンビ。


「くっ…、テメェら何しやがる!"くらえ"って完全に攻撃が目的じゃねェかゴラァ!」

「いや、ただの三十回まわってガブでさァ」

「三回まわってワンだろうが!何訳の分かんねェ技繰り出してんだよ!中二の休み時間か!!」

「トシ!大丈夫か!?」







****


「あはは!チョー面白いんだけど!」

「綺麗に撮れてんじゃねェか」

「アレはムービーに納めないとねィ」

「高杉せんせーの考えた作戦最高っす!」


作戦大成功の後、満足した三人は発案者の高杉の元で報告会(という名のサボリ)を開いていた。


「お前ら今日からドSスリーだな」

「……語呂悪くね?」





((あは、この学校けっこー楽しいかも))