ぎんたま幼稚園に通う一部の子供たちには朝の習慣があります。女の子なら誰もが遊んだことがあるでしょう着せ替え人形。本日もターゲットは勿論この子です。




「しんすけ!おはようアル」

「んー…」

「きょうもかわいくするネ!」

「んー…」


まだ覚めきっていないおめめをこすりながら正門から神楽ちゃんに連れて行かれる晋助くん。毎朝のことなので抵抗なんてしません。というか、朝が苦手な晋助くんはまだ完全に目覚めていないので今なら悪い大人に連れ去られても本人すら気付かないでしょう。
そんな状況下、神楽ちゃんは上機嫌で目的の人物へ声をかけます。


「あっねごー!おはようアル」

「神楽ちゃんおはよう。あら、晋助くんたらまたねてるのね」

「んぅ…」

「いつものことネ。それよりきょうはワタシがかわいいゴムもってきたアル」


そう言って取り出したのは可愛らしいウサギさんの髪飾り。ピンク色の小さなウサギが二つ仲良く寄り添っています。
と、そこへ一人の園児が近付いて来ました。


「まつのだリーダー」

「なんだヨ、ヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ」


どっちでもいいアル、と鼻をほじり明後日をみる神楽ちゃん。
長い黒髪が綺麗なヅラじゃない桂小太郎くんは気にせず続けます。


「おれも晋助のゴムをもってきたぞ。ほら、エリザベスだ」

「なんだヨこれ。ワタシのウサギさんのほうがかわいいネ!」

「いやエリザベスのほうがかわいいしぜったい晋助ににあう!」

「あぁん?そんなペンギンかアヒルかわからないいきもの晋助にはにあわないアル!」

「なっ、エリザベスをバカにするなァァ!!」


最近テレビで噂のペンギンのようなアヒルのようなキャラクターのエリザベス。大好きなエリザベスをバカにされカンカンの小太郎くんと、訳の分からないマスコットより自分のウサギさんを晋助くんに付けたい神楽ちゃんの争いは、どんどんヒートアップしていきます。


「とにかくきょうはウサギさんを付けるアル!」

「いや、エリザベスだ。晋助もエリザベスがいいといっている」

「しんすけ!ほんとうアルか!?ウサギさんのほうがいいアルよな!?」

「んん…」

「いまうんていったアル!ウサギさんにするネ!」

「いや晋助はまだねぼけているだろう!ウサギさんはなしだ」

「じゃあペンギンもなしアル」

「ペンギンではないエリザベスだァァ!」



「きょうはリンゴにしましょうね」


場の空気が一瞬凍り付いたのは気のせいではないでしょう。小太郎くんと神楽ちゃんが言い争っている横で、お妙ちゃんはニコニコしながら言いました。今日はリンゴにする、と。この園内には笑顔の者ほど恐いものはないのです。それは、魔法の呪文で瞬時に静かになった二人が証明していました。晋助くんは意外にも余程神経が図太いのか未だ夢の中。


「あ、あねご…?」

「お妙、どの」


普段は全く空気の読めない二人ですが、直感で分かったようです。お妙ちゃんには逆らってはいけないのだと。それは園内の知る者は知っているお妙ちゃんの裏の顔なのですが、二人が実際にこの空気を真正面から受けたのは初めてでした。


「でもワタシ…」

「おれもせっかく持っ」

「まあ!リンゴ、すごくにあうわ!」


神楽ちゃんと小太郎くんの蚊の鳴くような訴えも聞こえているのかいないのか、お妙ちゃんはやっぱりニコニコしながら既に晋助くんにリンゴの髪飾りを付けていました。


「ほ、ほんとうアルな。リンゴかわいいアル…ハハ」

「うむ…た、たしかに赤が晋助によくにあっている、アハハ」

「そうでしょう!やっぱりもってきてよかったわ」


二人の無理矢理絞った空笑いの含まれる褒め言葉に、今度はご満悦のお妙ちゃん。全く都合の良い耳の持ち主です。


「おやァ晋助、きょうはリンゴかィ」

「すごくかわいいね。ほれなおしちゃったヨ」

「んぁ…?」

「ふふ。晋助くん、もう終わったわよ?」

「あ…みんなおはよ、」


総悟くんと神威くんにほっぺをツンツンされ、漸くお目覚めの晋助くんです。もちろん先程までの争いは残酷な程何も知りません。


「あっ!晋ちゃん今日も超かわいー!」
「みんなおはよー」


先生たちが現れた頃、端には完全にぽつんと取り残された神楽ちゃんと小太郎くん。すると神楽ちゃんは諦めたように退先生に近付きました。


「ジミー、…これやるネ」

「えっ?」

「おれもだ。だいじにしてやってくれ」

「えっ?あ、ありがとう!ウサギと……ペンギン?」

「エリザベスだ……」


何だかよく分からない退先生ですが、子供たちがくれたという事が嬉しくて、大事そうにそれをポケットにしまいます。
その日のお昼には、さっそく職員室の自分の机にウサギさんとエリザベスを楽しそうに飾る退先生の姿が見られました。