江戸はかぶき町。欲望渦巻くこの街の中心部、からはややはずれた一角にそれはそれは可愛らしい出で立ちの幼稚園があった。その名も"ぎんたま幼稚園"。そこに通う園児もまた、純粋無垢で天使のように愛らしい、というのが大人たちの噂である。
そして本日、幼稚園の先生になりたいと夢と希望を掲げ遠方から赴任してきた一人の青年がいた。


「山崎退です。今日から宜しくお願いします!」

「はい宜しく、じゃあ行こうかジミー君」

「え?今名乗ったよね?山崎って言ったよね!?」

「俺は坂田な、ジミー」

「………」


ちょっと人の話聞いてんのォォ!?とツッコミたくなるこの男は、俺が副担任を受け持つクラスの担任の坂田先生だ。クルクルの白髪に、イチゴのTシャツをだらっと着こなすだらっとした感じの人。本当にこの人が担任なのだろうかと疑いたくなるが、お登勢園長いわく細くとも芯は通った男らしい。


「ジミー、ここがさくら組だ」


薄ピンク色の壁がなんとも可愛らしい。どうやら名前は訂正してもらえなさそうなのでスルーすることにした。
改めて教室を見るとたくさんの園児たちが楽しそうに遊んでいる。


「年長さんですね」

「あぁ。でも年長だからって気ぃ抜いてっと痛い目みるぜ?」


確かに年少さんに比べるとそんなに手間は掛からないけど、まだまだ幼稚園生なんだからしっかり見てないと事故にも繋がる。よし、気合い入れないと!


「特にソコ、要注意な」


坂田先生が顎で指し示した場所には、目がくりっとした栗色の髪の男の子と、鮮やかな朱色の髪に笑顔が特徴的な男の子。そこへ前髪をイチゴのゴムで結んだなんとも可愛らしい女の子?も加わった。


「しってるかィ?さんちょうめの林さん。とうとう不倫がバレて家だされたらしいんでさァ」

「しらじらしいね。総悟がやったんでしょ?」

「まあねィ。ブランコとられたしかえしでィ」

「へぇ、それはゆびの一本でもつめてさらにのこり少ないあたまの毛、ぜんぶむしりとらないと気がすまないね」


…ちょっと、え?何この恐ろしい会話。本当に幼稚園児なの?つか仕返しの度合いが明らかにブランコと釣り合ってないよね?あれ、指ってどこのヤ○ザ?林さんもさ、大変だったんだよ。きっと悪気は無かったよ?しかしブランコってそこは可愛い理由だなぁオイ。


「総ちゃん、ふりんてなぁに?」

「晋助、不倫つーのはねィ、おっとがつまにひみつであいじん」

「ストーップ!晋ちゃんに何教えてんだテメェは。えーと…、簡単に言うと土方がマヨからケチャップに乗り換えたっつー事だよ?」

「トシが?ケ、ケチャッ…ケチャラァになっちゃうの?」

「ぶっは!ちょ、晋ちゃっ上目遣いで舌っ足らずは反則…」


オイオイいつの間にか坂田先生まで会話に参加してるよ。しかもその説明意味わかんないんですけど。つーか、え?鼻血出してない?大丈夫?


「げ、はなぢ。晋助、へんたいヤローからひなんするぞィ」

「血をみるとゾクゾクするヨ。晋助になにかしたら、ころしちゃうぞ?」


こ、恐ェェ!!!ひらがなでも恐ェよ!つかさっきからあの子ずっと笑顔でとんでもない発言連発してんですけどォ!いや落ち着け退!よく見たらみんな可愛いじゃないか!ちょっと言葉に問題にあるけどお顔は可愛いじゃないか!決め付けちゃいけない!


「ねぇ、アンタだれ?あたらしいカモ?」


……や、やっぱムリィィ!
つかいつの間にこっち来たんだ!しかもやっぱり超笑顔なんですけどォォ!


「はいはい神威くん、純粋な青年を恐がらせないの。今から説明すっからお座りしなさーい」


最も純粋であるべき子供がめっちゃ不純なんですけど。つかアンタは鼻血垂らして他の園児を恐がらせてる事に気付け。
神威くんは大人しく席に戻って行った。

た、助かった……。
坂田先生は次々に子供を操り号令をかけてみんな席を席に座らせていく。俺もこんな風にできるようになるのだろうか?不安になってきた。


「はい、今日からこのクラスに新しい先生がやって来ました。ジミー先生です」

「山崎です。山崎退です。みんな、よろしくね」


名前はちゃんと訂正してからニッコリと子供たちに微笑んだ。あれ?無反応…?


「じゃあ銀せんせーはクビなの?」

「ババアにみはなされたんじゃね?」

「むしょくになっても遊びにきてね」


みんな坂田先生が辞めるものだと勘違いして好き勝手言い始めてしまった。
あ、あのイチゴの子めっちゃ泣きそう…。


「ぎ、ぎんせんせっ…やめちゃうの…?」

「晋ちゅわん…!先生は辞めねェよ?」

「ほんとう?」

「あぁ本当だ。おいテメェら!勝手なこと言うんじゃありません!そんなに先生が嫌いですかコノヤロー」


さっきから坂田先生イチゴ…晋ちゃんにだけ態度違くね?確かに可愛いけど!


「さがるせんせ?これあげる」

「えっ?あ、ありがとう」

「ふふ」


か、かわいい……!
晋ちゃんが飴くれた!にこぉって笑って飴くれた!
あ、あれ?何この空気…。みんな目つきが恐いんですけど。あーなんかヤバい果てしなくヤバい予感がするんですけど!

山崎が思わず心を奪われた園児、銀魂幼稚園いちの可愛さを誇る高杉晋助くん(5)はみんなのアイドルだった。その可愛らしさと人思いの優しい性格から誰にでも好かれている。そんな晋助くんが今日赴任してきたジミーこと山崎に、ふわりとした笑顔で飴をあげたのだ。周りの反応は決まっていた。


「ちょっ俺の晋ちゃんがァァ!ジミー!飴よこせゴラァ!」

「神威、こんなにイラっとしたの林さんいらいでィ」

「晋助と林さんじゃくらべものにならないヨ」


やられる……!
どこの誰だか分からない林さん、お元気ですか?俺はきっとあなた、いやあなた以上のことをされると思います。そう心で語った山崎は押し寄せる園児たち+坂田の波から逃げ回るしかなかった。


「おい晋、あぶねェからこっちにいろ」

「トシ、さがるせんせーだいじょうぶかな?なんでこうなったの?」

「…さあな」

「そうだっ。トシ、ケチャップにうわきしたらダメだよ?」

「あ?」


晋助くんの含み笑いを独り占めにできた十四郎くんは、照れ臭そうにその意味を考えた。そしてふと目前の光景が視界に入り、再びげんなりする。


「イヤァァァ!!」


故郷から夢と希望を持ってやってきた青年の、記念すべき先生初日は恐怖におののく悲鳴により始まったのである。