ぱちり。
目を開けたら目があった。

4月の始め。今日は定休日で、いつにも増してダラダラと時間が流れていた朝の出来事だ。
高杉はごろりと身体を布団に預け、暖かい陽気の中眠っていた。
しかしガタガタと人の気配を感じ、ぱちりと目を開けると前には予期せぬ人物。


「晋助、オハヨー」

「………バ神威」

「ひどいなぁ。バは余計だよ」

「今日は何しに来た…」

「うん、花見しようと思って」


にこりと笑ってみせる神威に、寝起きということを差し引いても不快感は隠せない。
あぁ、今回もまた玄関を破壊したのだろうか。西郷に叱られる、と先の心配をしつつ神威が突然こんなこと言った理由を思案する。
大方検討が付いた高杉は、むくっと起き上がり相手を見た。


「花見が何か知ってんのか」

「ご飯をいっぱい食べるんでしょ?ね、花見しよう」


兎夜は食べることと戦うことしか考えないのだろうか。少なくともこの我が儘王はそうである。
さて、こうなると頷くまで絶対諦めないのがこの男だ。
神威は度々、予期せず宇宙からはるばる高杉に会いにくる。それは決まって店が定休日の日で、大人しく一日ただ一緒に時を過ごすこともあれば今日のように出掛けたいと言う日もある。昔、地球のルールが分からない神威が店主と揉めているところを、偶然居合わせた高杉が上手く間を取り持ち無事解決したという一件があった。それがきっかけとなり神威の熱烈なアピールは始まるが、高杉にしてみれば"手間のかかる可愛い弟"くらいにしか思っていないだろう。

すっかり慣れてしまった高杉はハァ、と溜め息を付き煙管を掴んだ。無言を肯定と取った神威は別段嬉しそうに笑う。

かくして、かまっ仔倶楽部総出で花見をすることになったのだ。




***

「晋ちゃーん、ここ座りな。銀さんの隣」

「旦那、ずりィですぜ。姐さんは俺の隣でィ」

「黙れ総悟。高杉は俺の隣って決まってんだよ」

「ちょっと待ってヨ。晋助を誘ったのは俺なんだから俺の隣デショ?」


ギャアギャアと各々が高杉を取り合う。場所がどこであろうと関係ないのだ。
本人である高杉は早々に避難し、せっせとお弁当やらお酒の準備に勤しむ山崎の隣へ腰を下ろした。


「姐さん、食べますか?」

「…あァ」


高杉は酒が呑みたかったが、折角作ってくれたと卵焼きを一つ摘んだ。


「うめェな」

「本当ですか!よかったー」

「お前が作ったのか?」

「はい!アゴ美さん達と一緒に作ったんですよー」


料理の腕前は大したものだった。高杉にまた作ってくれと頼まれた山崎は至極嬉しそうに返事をする。


「なーにほのぼのしてんでィ。ザキのくせに」

「そうだよ。○○くんだっけ?殺されたいの?」

「オイィィ!山崎だから!○○くんて何だよ例文みたいに言ってんじゃねぇよ!」


そこへ沖田と神威がやってきた。向こうでは銀時と土方が西郷に怒られている。準備もせず喧嘩をしていたのがバレたようだが、目前の二人はうまくかわして来たらしい。いつも犠牲になるのは銀時と土方だ。
新八が止めようとするも全く意味をなしていない。
こちらでは理不尽な言い方をされた山崎だが、へこむ様子もなく元気にツッコミを入れているのでまた言い争いが起きそうだ。

高杉はうんざりしながらも密かに花見を楽しんでいた。暖かな光に包まれながらただ時の流れを感じるのは好きらしい。見上げれば満開の桜、手には美味い酒。神威の言うことを聞くのも悪くなかったと。


「オイおめェら、喧嘩ばっかしてっと桜に嫌われちまうぜ」


酒を掲げてニヤリと笑う。すると誰からともなく集まり大人しく座った。高杉の言うことは聞く、これが自然のルールなのだ。


「よーしテメェら、仕切り直しとしようやァ!」


銀時の声に皆が賛同し、やっと花見らしい雰囲気になるはずだった、が。次の言葉に皆は歓喜に湧き、高杉は絶句した。


「では始めます。題して!今宵、高杉の隣は誰の手に!?花見バージョンだよ、チキチキチキンレース!」

「「イェーイ、パフパフ」」

「……何だその気色の悪いレースは」

「いやね?神威が来たっつー事は泊まりだろ?夜は晋ちゃんの部屋に寝るじゃん。心配じゃん。ズルいじゃん。な?」

「な、じゃねェよ」

「最後思いっきり本音出ちゃってますけどね。そういえば毎回血みどろの喧嘩してましたね」


そうなのだ。新八の言う通り以前まで拳で決着をつけていた。勝った者から高杉の隣を取っていく、というもの。神威が高杉のところで寝ると訊かないのだから仕方がない。幸か不幸か、かまっ仔倶楽部一の稼ぎ頭である高杉に与えられた私室には皆が寝る分には差し支えない程の広さが十分にあった。


「変わりばえしねェと飽きるだろ。てことでハイ意見」

「今からァァ!?題名決まってるのに内容決まってないんですか!チキンレースじゃないんですか!」

「はーい、とりあえずバズーカ対決でどうですかィ?」

「何だよその恐ろしい対決!それ夜を待たずに永眠しちゃうから!どんだけ高杉さんの隣に命かけてんだァ!」

「なら、あんぱんだけ生活とかどうですか?」

「どんだけ長いスパンで争う気だァァ!つーか新たにできたキャラ設定を定着させる気だろ!同じく地味キャラの僕を裏切ろうとしてるだろ!」

「やっぱり男なら拳で勝負だヨ」

「それ何も変わってないから!つかアンタずば抜けて強過ぎなんですけど。いつも傷一つ負ってないんですけどォ!」

「じゃあマヨ」

「「却下」」

「まだ最後まで言ってないでしょうがァァァ!!」

「土方さん、アンタの糞みたいな考えは分かってます」

「ったく…やれやれ、これじゃあ埒があかねェや」


全てのツッコミを終え疲労困憊の新八の背をさすりながら、今まで黙っていた銀時が続ける。


「生死をさ迷うのもキャラ設定に付き合わされるのも血みどろの喧嘩もマヨ吸うのも御免だ。つーことで、ここはアレしかねェ。晋ちゃんの今日のパンツは何色か当へぶしッ!」

「セクハラ野郎、死ね」

「痛い!ごめんなさいッ!」

「お前らじゃんけんで決めろ。銀時抜きで」

「「はーい」」

「ちょ、えっ!晋ちゃん!?」


かくして、銀時抜きで始まった何とも地味で静かなプチじゃんけん大会。あの神威もまた笑顔で大人しく参加している。何度も言うが高杉の言うことは絶対なのだ。大の大人たちが穏やかにじゃんけんをする。その光景はさながら子供のようだった。


「最初からこうすりゃ良かったんじゃね?」


身体に優しいじゃんけんとあって、ちゃっかり参加している新八の呟きは桜の花びらと共に風に消えていった。


「晋ちゃん、俺抜きだなんてひどいやい」

「自業自得だろうが」

「てか何か楽しんでねェ?じゃんけんとか提案してっし」

「あァ、…たまに皆で寝るのも悪くないだろ?」


桜の下でそう笑った高杉は本当に綺麗だった。今宵彼の隣は取り損ねたけれど、今こうして高杉の笑顔を間近に見ている。銀時はそれだけで幸せな気持ちになり、彼が悪くないと言った晩のことを思うのであった。







*花見時期に書いて放置してました…。