*後半おふざけ




昨日の客はしつこかったと、まだ疲れの取れ切っていない身体にムチを打ちヅラ子こと桂はお粥を炊いていた。
柔らかくなったお米に卵を入れてやる。あやつは卵が好きだったな、なんて昔を思い出すのは嫌いじゃない。
仕上げに気持ち程度お新香を添えて盆を持つと、今頃熱にうなされているであろう幼馴染みの元へ向かった。


「高杉、入るぞ」


こんもりと膨らんだ布団に収まる人物。ふと、どこか懐かしい気持ちになった。


「お前の大好きな卵粥だ。いっぱい食え」

「……いらねェ」

「む、何か食べないと滋養が付かんだろう。俺が食わせてやるからほらあーんしろ、あーん」

「…ふざけんな」


真面目なのかふざけているのか分からない桂の態度だが、大真面目にふざけるというのがこの男の常であるのだからタチが悪い。


「フン、お前はここのエースなのだ。早く治さないと店にも皆にも迷惑をかける事になるのだぞ」

「てめェは…俺の、母親かよ」


このやりとりは今まで何度繰り返されてきただろう。幼少よりずっと、高杉が何か事を起こす度桂は長い説教と共にその道を正してきた。
高杉としても、やいのやいの言われつつこの歳になっても尚自分を叱ってくれる友がいるというのは悪くないと感じている。


「お前がいつまで経っても子供なのだ」


苦しそうにお決まりの台詞を吐く高杉だったが、桂に子供だと一言で片付けられムッと目を細める。しかし他人に迷惑をかけるのは避けたいので、のそっと身体を起こした。
ほわほわと湯気を立てる目前の粥を考えるように見つめる。


「はっ、…変わんねェな」

「貴様の猫舌も変わっておらん」


昔から熱ィんだよ、と悪態をつくもゆっくりではあるが黙々と食べ進めていく高杉。
その様子に、桂は昔を思い出していた。

二人の出会いは村の勉強会で、たまたま席を隣り合わせにしたのが始まりであった。教科書を忘れた高杉に桂が何の迷いもなくそれを差し出したという、何ともベタなきっかけである。しかし、それで今に至るまでこの関係が続いているのだから馬鹿にはできない。
それからすぐ、一目惚れをした銀時が高杉のケツを追い回すという形で何となく仲良くなり、何となく三人で連むようになったのだ。


「変わらぬ方が良いこともあるのかも知れない。銀時も相変わらずだ。甘味が手離せないのは問題だが、今も変わらずお前を大事に想っている」

「彼奴には今すぐ変わってほしいがな」

「俺にはそうは見えんぞ」

「…昔話は終わりだ。俺ァもう寝る」


ふてくされたように毛布にくるまる高杉を見て、桂は大きく溜め息をついた。もう何年も自分の気持ちを認めようとしないこの男に呆れているのだ。
此方を向く高杉の背中が"早く行け"と訴えているのが布団越しにも分かる。
薬は後で持ってくると一言残し、桂はそろりと立ち上がった。


「ヅラァ…、ごちそうさん」

「ヅラじゃない、桂だ。…晩は梅だぞ」


蚊の鳴くような小さな小さな声ではあったが、桂の耳にはしっかり届いた。
珍しいこともあったもんだ。たまに素直なのだから放っておけない。桂はフ、と笑うと晩の梅粥の為の上等な梅干しを買いに出掛けて行くのであった。
なんだかんだ一番高杉を甘やかし可愛がっているのはこの男なのかもしれない。


さて、あの高杉晋助が熱を出したのである。
好きなコが風邪を引くと、人は冷静な判断ができなくなるそうだ。少なくともここの男共はそうであった。


ースパーン!!


お母さんの次は誰だ。
いくら肝心なところは鈍感な高杉でも、ここの人間が自身の部屋を訪れるであろうことは予想していた。奴らは絶対に他人の不幸を笑いに来るに違いない、という又しても的外れな見解ではあったが。
高杉は誰が来ようとも何を言われようとも、例え襖が思い切り開けられたとしても、寝たフリ作戦だ。シカトすることに決めた。決めたのだ。


「「姐さんッ!!」」

「………」


まず最初にその対象となったのは高杉を姐さんと慕う年下コンビ、総悟と山崎である。
もの凄い勢いで部屋へとやって来た二人は、仰向けになり目を瞑る高杉を確認した。しかし、本人からの返事がない。早くも、いや早すぎるが二人の脳には最悪のパターンが過ぎった。


「ねっ、姐さん……そんな、」

「…そ、そういえば先日、俺の知り合いの妹が風邪をこじらせて…亡く」

「言うんじゃねェ山崎ィっ!…嘘だろィ…?オイ、姐さんっ…!」


お前らの頭が嘘だろ?なんだが。
普通寝てると思うだろ、すやすや寝てると思うだろ!
あ?俺が間違ってんのか?あ?
高杉は心の中でツッコみ自問自答を繰り返したのち、面倒な事は避けたいのであっさり寝たフリ作戦を取り止めた。そもそも寝ていると思われていないので作戦失敗だ。


「テ」

「高杉ィィ!!」


そこにまたもや大声を張り上げる男が一人。高杉に"テ"しか言うことを許さなかったその男は、完全に普段の冷静さを失っていた。
因みに"テ"とは"テメェら"の"テ"である。


「ひっ土方さん!…ズズッ」

「高杉!大丈夫かっ!?……ってお前ら何で泣いてんだ?」

「土方さん……姐さんは、もうっ…ぐっ」

「マジかよ……っ、高杉ィィ…!」


マジかよ。お前がマジかよ。
土方に関しては、毎日大量のマヨネーズを過剰摂取すること以外は、比較的常識的な人間だと思っていた。
高杉はますます先行きが不安になる。今度こそ自分は生きていると主張しなければ。


「あ、あれか…?俺が、夜な夜な厠へ行く時、わざわざ遠回りして高杉の部屋の前を通るから…不眠になったのか?」

「…土方さん、やっぱりあんたムッツリだったんですかィ、ぐっ」


それ何の意味があんの?つかたまに床がミシミシいうと思ってただけで別にそんなんで不眠にはならねェよ自意識過剰が。不眠で永眠してたまるか。


「…俺、姐さんの寝ぼけ眼で歯磨きしてる写真、大事に御守りに入れてたんですけど、ぐすっ…落としちゃって、…もじがじだらっ…車にひかれたかもォォ!…うっ」

「山崎テメェェ!!俺に内緒でなんてレアな写真ゲットしてんだァァ!」


そこかよっ!しかも何で俺と写真が一心同体みたいな感じになってんだ。つかそれ完全に盗撮写真だろ。銀時の仕業だろ。


「いや、俺が悪いんでさァ…。朝は寝言を録る為の盗聴器を回収。昼は旦那を操り姐さんの写真撮影、夕方は晩の食事の座席を裏工作。夜中は土方の呪いの儀式。…毎日の悪行が祟ったんでさァ」


お前だったのか、諸悪の根源はお前だったのか。もう誰も信じられねェ。


「オイィィ!陰湿すぎんだろォォ!しかもどんだけ規則正しい生活送ってんの?仕事しろゴラァ!つか呪いの儀式このタイミングで言わなくてよくね!?めっさ傷付くんですけどォ!」

「ちくしょう、姐さんっ…もうしやせん、呪いの儀式だけで我慢しやすからぁ…ぐすっ」

「こいつ殴っていい!?殴っていーい!?」


高杉は死んだことになっている自分をよそに、こんな時までボケをかましているアホ共を見て切なくなった。しかも土方とは反対に口に出さす慣れないツッコミを連発してきた為、心身共に疲れ切っていたのである。
もういっそこのまま永眠したいと、寝たフリ作戦改め死んだフリ作戦に切り替えた。


「ギャアギャアうるせぇなぁオイ。発情期リターンズですかー?」


とそこへ、この場に似つかわしくない真延びた口調で現れたのは坂田銀時だ。ボサボサの頭を引っ掻ききながら壁にもたれている。
そのやる気の見られない光景はいつものそれであるが、今は非常事態である。何度も言うが高杉が大変なのだ。この男ならば大騒ぎしても可笑しくはないはず。誰もがそう思ったであろう。すると山崎がたまらず口を開いた。


「だっ旦那!どこ行ってたんですか…アンタのいない間に姐さんはもう…っ」


それを聞き一瞬目つきの変わった銀時だったが、すぐに元のやる気のない目に戻り高杉に近寄った。


「誰が死んだって?これだから思い込みの激しい奴ってヤダよね。ったく、…こーら晋ちゃん悪いコでちゅねー。おら、早く起きねーとチューすっぞ」

「………何で分かった」


銀時の言葉により目覚める高杉。ことの成り行きをアホ面で眺めていたアホ三人は驚きを隠せなかった。と同時に、目前の光景にあのディ○ニーの名作「眠れる○の美女」のワンシーンを重ねる。


「お前のことは何でもお見通しなの。ほら、薬の時間だ。こいつら色々頭ン中整理したいみてェだから向こう行くぞ」


銀時は高杉を抱きかかえると、くるりと踵を返しゆっくり歩いていった。
恥ずかしそうに俯いていた高杉だが、未だ放心状態の三人と目が合うと瞬時にキリッと睨んだ。そしてこう言ったのだ。お前ら覚えてろよと。


* * * * *


「お前軽ッ。つか何で死体ごっこ?そんなに暇なら銀さん遊んでやっから。いやむしろ遊んで下さい」

「……銀時ィ、どこ行ってたんだ?風の匂いがする」

「別にぃ?病院嫌いの晋ちゃんの為に薬局はしごしてただけだけど?」


高杉を抱っこしながら廊下を歩く。銀時は朝から薬を買いにかぶき町を走り回っていた。着物の乱れは気にしない。こんなこと言うつもりもなかったが、他の奴らと遊んでいた(アホ共が一方的に騒いでいただけだが)のが気に食わなくて少しふてくされて答えた。
しかし高杉は気にする様子もなくそうか、と一言小さく呟いた。




"今も変わらずお前を大事に想っている"
桂が言っていたのはこういう事なのかもしれない。高杉は銀時の肩に顔を埋めた。


「……ありがとな、」

「え、ちょっもっかい言って!」

「やだ」