「銀さん、アンタ何してんですか」 「…………そ、掃除?」 休日の午後のこと。 新八は厠の帰り、ある人物の部屋の前で何やらしきりに辺りを伺い、キョロキョロと怪しい動きをする銀時を発見する。 例えばその部屋が他の者の私室であったならば、純粋な疑問としてその質問を投げかけただろう。しかし、他とは別段質の高い襖の部屋の主はあの高杉晋助だった。当の本人は外出中らしい。 何かある。何か良からぬ事が行われようとしているに違いない。 恐る恐る呟かれた疑問系の返答も、新八の脳はすんなり嘘であると認識した。 だって男の目は動揺しまくっていて、なんかやましい事考えてる時の目がグルグルするやつになってるもん、目グルだもん。 疑いが確信に変わった時、新八は精一杯の軽蔑の眼差しで銀時を見る。 どうせまた高杉の私物チェックでもしようというのか。つーか私物チェックって何だよ。 「あーあれだよォ?銀さん別にカメラとか仕掛けてないからね?晋ちゃんの寝顔とか着替えとか撮ろうと思ってないからね。そんでもってそれドSとかマヨネーズに売ろうとか思ってないから。そんなレアな晋ちゃん誰にも見せないから!俺だけの晋ちゃんだしぃ!うん、ってことで売らない!」 「盗撮ゥゥ!!あんた何さらっととんでもない事白状してんだァァ!しかも売る気だったのかよ!」 「っせぇな大声出すんじゃねぇよパチエ!あれだよ?盗撮なんて人聞きの悪いモンじゃねぇよ?ただの観察日記だよ朝顔と一緒だよ、自由研究だよ」 「何が観察日記だ朝顔だ!自由研究っていい歳した成人男性がなに夏休みの子供ぶってんですか!立派な犯罪ですよ!」 「男っつーもんはな、いつまで経っても心は少年なんだよ。いくつになってもお母さんの子供は子供なんだよ」 駄目だ。完全に頭がおかしくなっている大人にこれ以上何を言っても無駄なのだ。 普段から追い掛け回されている高杉に少なからず思うところはあったが、さすがにここまでくると不憫で仕方がない。 「話は聞かせてもらいやした」 そこへ、いつから隠れていたのか面白そうに此方へやってきた少年B。 少年Aはまるで救世主の登場だと言わんばかりにその名を呼んだ。 「沖田さん!」 「総一郎くんじゃないの。元気?」 「総悟でさァ。旦那、今度は映像ですかィ?」 映像、沖田のその言い方から、写真の方はまさかすでに実行済みという事だろうか。銀時の悪行が訳の分からない私物チェックだけではなかったことを新八は思い知らされた。 「自由研究だっつってんだろ。あ、もしかして売って欲しいとかですか?」 「逆でさァ。あんたが金出して下せェ」 「「へ?」」 あれ程意見が一致せず凄まじい言い争いを繰り広げていた銀時と新八だったが、沖田に対する疑問の念がここで二人を初めて一つにさせた。 「聞こえやせんでしたかィ?旦那、金でさァ」 「ちょ、ちょっと総一郎くん、いい歳した成人男性にカツアゲですかァ?反抗期はあのマヨネーズ相手にしなさい!」 「さっきは少年の心とか抜かしといて都合の良い時だけいい歳した成人男性もってくんのやめてもらえますか」 冷静に銀時にツッコミを入れつつ、新八は沖田の意図が分からなかった。それは銀時も同じことなのだが、新八にしてみたら今のところどんな理由であれ沖田は救世主に違いない。彼が銀時を止めてくれたら、みすみす馬鹿げた犯罪をさせなくても良くなるし、何より高杉をこの汚れた男から守れるかもしれないからだ。 何だかんだ言って高杉が大好きなのは目前の二人を含め自分も例外ではない。新八は沖田の意見に乗っかろうと考えていた。 この時は。 「違いまさァ。資金援助しろと言ってるんでさァ」 「あ?資金援助?」 「へい。俺ならもっと確実にバレない方法で盗撮ができやす。勿論あんたのようにケチじゃないんで撮れた映像も差し上げやす」 …ああ、そうだった。沖田はこういう奴だった。哀れ、新八。いや、真の被害者は高杉である。 「悪魔だァァァ!!汚れてる!こいつの方がよっぽど汚れてるゥゥ!」 「うるせェめがね。お前の分もやるから黙ってろィ」 「えっ僕の分も!?」 「おや?お前も欲しいのかィ」 「ぼっ僕はそんなもの入りませんよ!か、からかわないで下さいっ!」 「赤くなんのやめろィ。で、旦那はどうしやす?」 「総一、総悟くん…………宜しくお願いしまっす!」 惜しげもなくジャンピング土下座を披露してみせた銀時に、新八は白目をむきそうになる自分と必死に戦っていた。 勝手ではあるが信じていた沖田には簡単に裏切られ、さらに高杉のビデオがお前の分もあると言われ不覚にも期待してまった自分が許せない。終いには銀時が沖田の話に乗っかってしまった。沖田を救世主と呼び信じて疑わなかった数分前の自分を呪いたい。 ここに常識人なんていないのだ。目前の汚れたバカ2人を見て新八はますます高杉の身を案じた。 「じゃ、そういう事で」 銀時と沖田は話の折り合いがついたのか、清々しい顔付きで解散の合図を出す。 「オイお前ら、んなとこで何してる」 そこへタイミングが良いのか悪いのか、土方が鋭い目つきで3人を睨みながら近付いてきた。新八同様何かある、と疑いの表情を浮かべているのは銀時と沖田がいるのだから尚更だ。 新八は驚きで狼狽しそうになるも、銀時に腕をひっ掴まれて漸く落ち着いた。自分は何も悪い事をしていないにも関わらず、土方の恐ろしい眼孔に内心はドキドキだ。 少し遅れて、何も知らぬとはいえ話の大本である高杉も顔を覗かせた。まさか自身の居ぬ間に身勝手な私利私欲の為、真っ黒な欲望の標的にされているとは思ってもいないだろう。 「アンタには関係ないでさァ。そっちこそ何でィ、誰の許しを得て姐さんと一緒なんです?」 「あぁ"?何で俺が高杉と居るのに誰かさんの許可がいるんだよ」 「文出しに行ったら偶然会ったんだ。つーかお前ら何してんだァ?」 高杉は故郷の恩師に文を出す為、歌舞伎町のポストへと足を運んでいた。その隙を狙って銀時が高杉の部屋へ侵入したのだ。 そんな事知る由もない本人は、文を出した帰り、マヨネーズを買いに来ていた土方とバッタリ遭遇したらしい。 「な、何でもねェよ?それより晋ちゃんおかえりー。ちゃんとお手紙出せた?マヨ野郎に何かされてない?」 「おい天パ、俺が何するってんだよ!」 「旦那、土方さんはムッツリでヘタレですからねィ。公の場では何もできやせん」 「へぇ、顔に似合わず案外小心者なんだねぇ。ププ(笑)」 影で陰湿な行為をしている自分達を棚に上げ、銀時と沖田は土方をからかう。すると予想通り、てめぇらゴラァァ!!とどこぞの親父のような土方の怒鳴り声が響き、うまくこの場がいつもの日常へと戻った。銀時と沖田の作戦だろうか。先程の妙な空気を蒸し返す者もいない。 今更自分が高杉に告げ口でもしようものならば、後々あの二人に何をされるか分からない。しかし、沖田が銀時から援助と言いせしめた金でどれほど高性能なカメラを仕掛けるのだろうかと、新八は高杉が心配だった。 口は悪くても高杉はいつも優しかった。皆に愛され、その容姿の端麗さからお店でも不動のナンバーワンに君臨する彼だったが、下の者にも分け隔てなく接する人だ。地味で目立たなく、めがねだとかガキだとか言われる事の多い自分のことを、彼は名前で呼んでくれた。初めて自分という存在が認められた気がしたのを覚えている。 やはり高杉さんに知らせなければ。そもそも銀時たちの行為には反対の意を示していたのだから、裏切りではない。正義だ! 新八は、ギャアギャアと言い合いをしながら去って行く三人を確認し、彼らの話の意図が分かっていないのだろう、不思議そうに首を傾げている高杉を見た。 「高杉さん、銀さん達があなたの部屋に、」 「知ってるぜ?彼奴ァ、嘘が下手だからなァ」 くつくつと笑う高杉を見て、新八は信じられないという表情を隠さなかった。 アイツ、とは特定の一人を指す言葉だ。おそらく銀時の事だろう。彼の嘘は新八でも見抜く事は容易い。 「でもっ沖田さんが……」 「言ったろ?知ってる」 真実はこうだ。 高杉は日頃徐々にエスカレートしていく銀時の行いから、今回の彼の企てを予想していた。そこで沖田に相談し、逆に銀時を陥れてやろうという結論に至ったのだという。 「好き勝手やってんだ、ここらで仕置きしとかねェとなァ。そうだ、銀時からふんだくった金で極上の酒を頂くんだが、お前もどうだ?」 ニヤリ、と効果音が聞こえてきそうなほどしてやったりの高杉に、僕はまだ未成年です、なんてしょうもないツッコミは飲み込んだ。 目の前のお人は肝心なとこは鈍感なクセに何でもお見通しじゃないか。沖田さんはやはり彼の味方だったんだ。銀さんたらなんてマヌケなんだろう。 沖田さん、汚れてるなんて言ってごめんなさい、と思うことは山ほどあったが上手く声にならない。 やはり高杉晋助は一枚も二枚も上手だったと関心しつつ、未だ美しく笑う彼に只々見惚れるばかりの新八であった。 銀時が沖田から受け取った映像には、同じかまっ子クラブで働くアゴ美の着替え(本人了承済み)が映されており、開店前の静かなお店に悲痛な叫び声を上げる哀れな銀時の姿があったのは、それから数日後の事である。 |