コモルーが空を飛んでいる。ボーマンダではなく、コモルーが、だ。ドラゴンタイプにあまり見かけない、鳥のような純白の翼を広げて大空を羽ばたいている。
雲ひとつ無い青空をコモルーは独占しているのを見て、そういえば他のポケモンは何処だろうと視線を巡らすと鳥ポケモン達が地面に足をつけながらじっとコモルーを見つめている。飛ぼうと羽をばたつかせても、地面から足が離れることはなくただ風を起こすだけだ。そして何度か羽をばたつかせてから、恨めしそうに空を優雅に飛んでいるコモルーを見つめる。
ああ、そうか。この鳥ポケモン達はコモルーなのか。そう理解すると、一生懸命羽をばたつかせていた一匹のスバメが空に舞い上がった。それに続いて次々と他の鳥ポケモン達も空に向かっていく。
それに対して天高く飛んでいたコモルーが徐々に徐々にと落ちてきて、しまいには地面に転がってしまった。もう一度空を飛ぼうとしても、純白だった翼は黴たように黒ずんでいきぼろぼろと崩れ始めた。穴が空き崩れてしまった翼では空を飛べない。翼は砂と化して風と共に何処かに飛んでいってしまった。
地面をじっと見つめているコモルーに何か声をかけなくては、と手を伸ばそうとすると寝る前に着ていたTシャツの袖からちらりと何かが覗いた。なんだろうと袖をまくり腕を見てみると、ぎょろりとした大きな丸い目玉がこちらを見ていた。目玉と視線があってしまった。どうしようかと悩んでいたら、目玉が三度まばたきをした。暗転。


目を覚ますといつも通りの見慣れたポケモンセンターの天井だった。すこしだけ薄汚れてしまっているのは、長い年月使われているからだろうか。それにしても変な夢を見たなと体を起こそうとすると、何故か起き上がらない。手も足も首も動かないが、目だけが動かせる。
きょろきょろと視線を動かして何か無いかと辺りを見回していたら、扉が開く音がした。そちらに視線を向けると、妙に背の高いキルリアがお皿を乗せたお盆を手にして立っていた。キルリア背が高い、と普段の私だったら語尾に草を生やしながら思っていただろうが何故か笑えない。嫌な予感しかしない。
キルリアはそれはそれは美しい、慈愛に満ちた表情を浮かべながら近づいてくるとベッドのそばに置かれていた椅子に腰を掛けた。そして私の顔を覗きこむと、満足げにうなずいた。弱い立場に居る者に対して、上の立場に居るものが抱く感情。守ってあげなくては。
守られる立場であったキルリアの、ラルトスの私を守ってあげたいと言う感情がこのような形になったのだろうか。ということは、この背の高いキルリアは私なのだろうか。キルリアにとっての守ってくれる人、そして守ってあげたい人。
天井に大きな目玉が浮かび上がった。それに気づいたキルリアが私を守ろうと身をのりだし……まばたき三回。そして暗転。


綺麗なヒンバスが居た。ミロカロスではなく、綺麗なヒンバスだ。目のまわりの黒い隈は消えぼろぼろだった尾ひれは綺麗になおっており、痩せこけていた頬をふっくらと丸くなっている。
綺麗になったヒンバスのまわりにはたくさんの水ポケモンがいる。ヒンバスはたくさんの水ポケモンと共に楽しそうに宙を泳ぐ。汚いと蔑まれていたポケモンは、綺麗なポケモンとなり誰にも蔑まれることはない。いつかヒンバスを罵っていた少年が、ホエルオーに下敷きにされて足掻いている。助けを求めてばたばたと手を振り回し、声を張り上げるが誰も助けようとはしない。
くすくすくす、と少年を嘲笑する声が聞こえる。大きな人形の影が少年を取り囲み、延びたり縮んだりを繰り返す。少年は恐怖で顔が青ざめ震えているが誰も助けようとはしない。通りすぎる水ポケモン達は、少年の姿を見ても知らんぷりするか影と一緒に少年を囲む。顔に水をかけてみたり、泡を吹いてみたり、すこしずつ凍らせてみたり。
少年から視線をそらすと、遠くからヒンバスが少年を見ているのが見えた。綺麗になったヒンバスは、自分を蔑んだものに復讐を果たしたのだ。これで自分を誰も蔑まない。世界で一番綺麗でなくても、これて私は幸福だ。
急に手のひらが痒くなって、どうかしたのだろうかと見てみると手のひらに目玉が生えていた。ぎょろりとこちらを見つめる目玉は濁っていて、私を見つめているのにその目に私は映らない。そうだ、思い出した。私はこれの使い方を知っている。

「めだまうで」

手のひらをぎゅっと閉じ、それから開くと暗転。そうか、これは夢の世界か。


ゆめにっき、私がもとの世界でやっていたゲームのひとつ。少女が夢の中を探検するお話、そのなかで出てくるエフェクトの中のひとつだ。他にも△ずきんやしんごうなどと変わったエフェクトがあるがそれは今は関係ない。
めだまうでは、夢の中の最初の扉までとぶことができるが夢が覚めるわけではない。どうやったら目が覚めるのだったのだろうか、と思い出そうとしていると見覚えのある光景が。
十字路にカーブミラー、コンクリートの地面に一本の大きなミカンの樹。塀の上に座っている猫がふてぶてしい表情でにゃーと鳴く。猫に手を伸ばすと嫌そうな表情をされて避けられた。そうだ、これは私があっちの世界に行く日だ。ミニスカートが見慣れていたセーラー服に変わっている。胸元の赤いリボンが風で揺れる。
あと数メートル進んだら一冊のノートが落ちていて、とある誰かが私を巻き込んで物語を作り始める。動かしたくないのに足が動き始める、進みたくないのに進み続ける。ああ、どうしよう。夢はまだ終わっていない、次は何処に飛ばされる? 私と私の子たちの夢は見た、じゃあ、次は……彼女の夢。
ああ、まどつきは目を覚ますにはどうしていただろうか? 発狂鳥人間に捕まって行き止まりの空間に閉じ込められたとき、私はどうしただろうか? 足は私の意思を無視して動き続ける。やめて、近づきたくない。
そのとき、どこからともなく現れたおさげの少女が包丁片手に頬をつねった。そして消える少女を見て、私は思い出した。

「夢から覚めないと」

自分の頬をつねると再び暗転、ようやく夢から逃げ出せる


目を覚ますとキルリアとコモルーのドアップが映りこんだ。どうやらベッドから転がり落ちたらしい、毛布がクッションになったみたいだがすこし体が痛い。体を起こして手のひらを見てみても、目玉は何処にもない。
それにしても変な夢だったな、そう思いながら閉じていたカーテンを開くと窓の外にあるたくさんの目玉がこちらを見つめていた。
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