年末というのは忙しい。新たな年に向けて心穏やかな休みを獲得するべく皆が忙しなく動きまわり、書類へのサインや確認を求められて減ったはずの山が増えたりする。それはダンデも変わらなかった。
 バトルタワーのオーナーとして、いつもより慌ただしい日々を過ごしバトルに書類に追われている。ダンデからしてみれば、このバトルタワーでバトルをしながら新たな年を迎えるのも魅力的だと思うのだが、スタッフからしてみればそうはいかない。オーナーが残るのなら、もちろんスタッフも残らなくてはいけない。ダンデ一人がバトルだけしていればいいのではなく、目には見えなくてもやることはたくさんあるのだから。
 説得、と言うほどのものではないがやめてください残らないでください帰ってくださいの声に、ダンデは素直に従った。なるほどたしかに家族や親しい友人、はたまた恋人と一緒に過ごしたいだろう。自分も久しぶりにハロンタウンに戻り家族と過ごすのもいいかもしれない。
 そう思い書類を片づけたのだが、ふと気がつけば今日はもうすでに一年の締めくくりと言われる日で、太陽も沈んでしまっている。仕事が残っていたのではない、すべて片づけたのだがふと気になることが出来てしまったのが原因だ。録画していたバトルを見直し、戦法について考えていたのが悪い。そんなどう考えても時間を忘れてしまうようなことに手を出すことが間違いだ。
 そういえばスタッフがもうみんな帰るからと声をかけてくれたのは何時間前のことだっただろうか。もう警備のスタッフしかここには残っていないだろう。
 ダンデは長時間同じ体勢でいたせいで凝り固まってしまった体をほぐすように、ぐっと背筋を伸ばした。今から帰ればぎりぎり来年を家族と一緒に迎えられるだろうか。ホップと共に年が変わる瞬間にジャンプし、地球上にいなかった遊びもしたいところだ。この時期は混み合ってしまうアーマーガアタクシーには難しいかもしれないが、リザードンにならできるはずだ。
 散らかった本をそのままに立ち上がり、扉へと向かって歩き出す。そういえば最後に声をかけてくれたあのスタッフ、彼女になんと声をかけたのか思い出せない。ただ、いつものあのにっと笑みを浮かべた口元だけは思い出せる。

 そんなことを考えていたせいだろうか、ハロンタウンへと指示をだすつもりだったというのにリザードンが降り立ったのはあの霊園だ。飛ぶ前にも飛んでる途中にも、何度も何度もリザードンはダンデを振り向いては本当にこちらで良いのかと確認したのだが、迷いは無かった。
「大丈夫だ、ハロンタウンにも帰るからな」
 ダンデがそう言うのならとリザードンも納得したのだが、ボールに戻される最後までこんなところにいったい何の用事があるのかという疑問が消えることは無かった。理由をいずれは話すつもりがあるのかないのか、ダンデはただリザードンに向けてにかっと笑みを浮かべるだけだ。
 年越しを祝うたくさんの人々の賑やかな声も、大音量で慣れる音楽も聞こえない。しかし、ダンデが霊園の奥へと歩いていくごとに人間ひとり分の笑い声が聞こえてくる。まさか本当に、今日もいるとは思わなかったというのが正直なところだ。誰もいない霊園でやっぱりそうだよなと思いながら、すぐにハロンタウンに向けて飛び立つつもりだったのだ。
 だから、前に出会ったときとと同じように転がる空き缶と共に墓前に座り込む彼女の後姿が目に映ったときに、出てきたのはため息だった。
 すでに冷え込む季節で、陽の出ている時間ならまだしも夜にもなれば吹く風は痛いくらいに冷たく指先だってかじかむほどだ。酒に酔い、そのまま眠ってしまったらここの住人になってしまう可能性だってある。
 ダンデが一歩踏み出すと、暗くて見えなかったせいで足元にあった空き缶を蹴ってしまった。空き缶の転がるからからという音に、ひとりご機嫌に笑い声をあげていた彼女は振り向いた。それからダンデの姿を見つけると、いつものようににっと口元に笑みを浮かべる。
「こんばんは、隣いいかな」
「はぁーい」
 相変わらず妙に間の伸びた返事だ。そのうえもうすでに出来上がっているようで、ダンデを見ているはずの視線はふわふわと揺れていて定まらない。
 彼女の返事を聞いていからダンデはその隣に腰を下ろす。何も地面に敷いていないせいで、舗装されているとはいえズボン越しに地面の冷たさが伝わって来る。どのくらい座っていたのかは知らないが、体は冷え切ってしまっていてもおかしくはない。マフラーに顔を埋めてはいるが、髪の合間から見える耳は赤くなってしまっている。
「相変わらず飲み過ぎじゃないか? それに寒いだろう」
 ちらと視線を向けると空いていない缶の数よりも、空いている缶の数の方が多い。
「今日はピザなんですよぉ!」
 話が噛み合っていない。確かに冷え切って良そうなピザが紙の箱の上に置かれているが、そんな話はしていない。食べますか? とチーズが冷えて固まっていそうなピザを勧められたがやんわりと断る。前は木の実やチーズをつまみにしていたことを考えると、このピザは彼女なりの新年を迎えるためのものなのかもしれない。
 ここに眠るポケモンと共に新年を迎えたいという気持ちは、とても素晴らしいものだとは思うが他にやりようがあるだろう。彼女のベルトには相変わらず5つのモンスターボールがつられていて、不自然にひとつだけ隙間がある。ダンデがボールをじっと見ていたことに気づいたのか、彼女は笑みを浮かべた。
「もちろんこの子たちも一緒ですよう。でも寒いから外には出しませんけど」
「寒いんじゃないか」
「んふふ」
 誤魔化すようにボールを撫でると、空いていた缶に口をつけて一気に飲み干した。ごくごくと喉を嚥下していく音が聞こえそうなくらい、霊園は静かだ。前はゴーストタイプのポケモンたちがいたが、今日は一匹も見かけない。彼らも彼らで家族や親しい友人、はたまた恋人と共に過ごしているのだろう。ここにいるのは彼女と、彼女のポケモンだけだ。
 冷え切ってしまい、美味しくはないであろうピザを食べる彼女の影が不自然に揺れる。それから蠢き、震え一匹のポケモンの姿になると彼女にぴったりと寄り添ってからダンデに視線を向けた。影に目なんてあるはずがない。しかし、ダンデは今確実に自分はこの影に見られているのだと理解する。じっと、半ば睨み付けるかのような、何かを訴えて来るその視線に急き立てられたかのように口を開く。
「帰らないのか?」
「私はここに残ります。ずっと一緒です」
「……」
 この霊園に残るという意味以外も暗に含まれていそうな言い方だ。ちらと影に視線を向けると、首を横に振っている。ここにいてはいけないと、取り残されてはいけないと言っている。しかし彼女にそれは見えていないし、見ようともしないだろう。彼女はここに残されてしまっている。
 別に彼女の言葉にそれじゃあさよならと帰ってしまっても、影を見なかったことにしてもダンデにとっては何の支障も無い。むしろ関わってしまったら自分が日付が変わる前にハロンタウンに帰れなくなってしまう。時刻を確認すると気づけばバトルタワーを出発してからだいぶ時間がたっており、そろそろリザードンの背中に飛び乗らなければ、それは現実のものとなる。
 ダンデはひとつため息を吐くと、立ち上がった。彼女の視線もそれにつられて動く。
「年を越す瞬間にジャンプしないと、その年に取り残されてしまうようだ」
「じゃあこのままでいればずっとこの子といられますねえ!」
 酔っぱらっているからなのか、本気なのかはわからないが、さも名案だと言わんばかりの表情に頭を抱えたくなる。そういうことじゃないのを気づいてくれ。遠回しな帰るようにという意味だ。そうでなければ、何の脈絡もなく急に子供じみたことを言っていることになってしまう。
 ダンデもポケモントレーナーだ。ポケモンを大事にする気持ちはとても大切だと思うし、その死を悼みたくなることもよくわかる。今いるポケモンたちのことを蔑ろにし、顧みずにいるわけでもない。でも、今の彼女は駄目だ。肉体も精神もここに残されたままになってしまう。それはあの影も、彼女のポケモンたちも望んではいないはずだ。そうでなければこうしてダンデに訴えかけて来るわけがない。
「あれぇ?」
 ふと、彼女が声をあげた。かたかたと何か揺れるような音が彼女の腰元から聞こえて来たかと思うと、赤い光に包まれて出てきたのはダストダスだった。
 ポケモンが自ら、トレーナーの意思も関係なく出てくるのはそう滅多にあることではない。トレーナーである彼女も、ダンデも目を丸くしてダストダスを見つめている。
 いったいどうしたのかと問いかけるよりも先に、ダストダスは転がったままの缶やピザに手を伸ばし食べ始めた。まだ食べられるものも、ゴミも関係なくすべて食べている姿は帰るために片づけているかのようにも見える。
「ああー! 私がやるから! 寒いんだからボールに戻って!」
 先に我に返った彼女は慌てて立ち上がり、声をかけるもダストダスは止まらない。あっという間にすべてを食べ終え、何も残ってはいないのを確認すると満足そうにしている。それからダンデと目が合うと、ゴミが混ざって手で彼女の背中を押しだした。ああ、そういうことか。彼女がポケモンを思うように、ポケモンたちもまた彼女のことを思い、ここに取り残されたままではいけないのだと理解している。
 たたらを踏み、ダンデの前に立った彼女の肩を逃げられない様にしっかりと掴んでからボールに手を伸ばした。
「リザードン!」
 ようやく呼ばれたリザードンは大きな翼をばさりと広げるとダンデに視線を向け、それからダストダスと肩を掴まれたままの彼女に視線を向けて首を傾げた。霊園に用事があるとは言っていたが、こんな話は聞いていない。説明を求めるように再びダンデに視線を向けたが、リザードンが望むような言葉は帰って来なさそうだ。
「さすがにダストダスも背負えないからな、戻してくれ」
「あっはい、いや、えっ?」
 ここではそうではないけれど、上司とその部下の関係だ。反射的に上司の命に従い、ダストダスをボールへと戻した部下はまだよくわかっていないようで首を傾げている。
 掴んだ肩を引っぱり、リザードンの背中へと誘導する。乗りやすいようにと身体を傾けてくれたリザードンに礼を伝えながら、混乱する彼女を半ば無理矢理乗らせて自身はその後ろに覆いかぶさるようにして乗る。一度に二人の人間を背負って飛んだことは無いが、自分のリザードンにはそれができるはずだと疑うことはしない。バトルで見ているということもあるがずっと一緒にいるのだから、それくらいのことはわかっている。
「ハロンタウンまで頼んだぜリザードン!」
「ばきゅあ!」
「いやいやいや!」
 ダンデの声に応えて翼をはためかすと砂埃が舞い、空へと舞い上がる。彼女が混乱している間にも、どんどんと地面は遠くなっていきあの墓はもう見えない。騙すようにして連れて来たことに罪悪感が無いわけではない。でも、舞い上がる瞬間にあの影が揺らめいて消えたのを見たダンデは、これが正解なのだと理解している。
 さすがに空へと連れて行かれては、彼女も抵抗することはできない。ここで暴れてみせて、彼女一人が落ちて怪我をするならまだしもダンデやリザードンを巻き込んでしまう可能性があるからだ。ただ、腕はしっかりとリザードンの首に回されたまま動かないが口は動き続けている。
「いや、私あの子のところに残るって言ってましたよね! あれ、なんでこんなことに!」
 すっかりと酒は抜けてしまったのだろう、ふわふわとした喋り方は何処かへと消えてしまった。思わず笑ってしまったが、彼女からすれば笑い事ではない。ダンデの笑い声は翼がはためく音にも、風を切る音にもかき消されることは無く彼女の耳に届いたようできゃんきゃんと威嚇するワンパチのように吼えている。
「ははは! 年越しにはジャンプするものだからな!」
「いやこれジャン……そもそも何処に、私はずっとあの子と一緒に!」
「無理矢理連れて来たことは申し訳ないと思っている。すまない。だが、キミのポケモンはどう思っているだろう」
「……」
 ダンデの言葉に彼女は口を噤んだ。苦いチーゴの実を齧ったときのような表情を浮かべているが、彼からは後ろ頭しか見えていないので問題は無い。ただ、彼女の纏う雰囲気だけで何が言いたいのかはわかる。お前が何を知っているのだ、と。
「オレが何を言っても届かないだろうからな。後でキミのポケモンたちから聞くと良い」
「……ずっと一緒だと思っていたんです。だからまあ、子供じみたことですけど、あの子を置いていくのが嫌で、年を越さなければ、ずっと一緒にいられるかと……そんなわけないのに」
 大きなため息が聞こえる。リザードンの後頭部に額を押し当てているようだが、泣いているのかいないのかはわからない。鼻をすする音も、ただ寒いだけかもしれない。そう思うことにした。
 遠くから花火のあがる音が聞こえる。気づかないうちに新しい年を迎えたようだ。ホップと共にジャンプで年を飛び越えることはできなかったが、こうしてリザードンの背に乗って年を飛び越えるのだっていいだろう。こっちの方が取り残されることが無さそうだ。
「まあ年越したところでずっと一緒にいられますからね! ええもちろん!」
 少しの間が合って、顔をあげた彼女の表情は相変わらず見えなかったがその声色は明るい。内心どう思っているのかはわからないが、ずっとあの子のところへ帰りたいと言われ続けるよりもずっと良い。きっとまたあの霊園に赴くだろうが、それは彼女の自由だからダンデが止めることではない。今日のこの行為は、彼女のポケモンに望まれたからすることだ。
 そう思ったのだが、わずかにダンデのなかにもやもやと残るものがある。好奇心と彼女のポケモンに望まれたから。本当にそれだけか? 夜の霊園でひとり酒盛りをする目の離せない行動に、彼女のポケモンに対する愛情深さに好意を抱かないわけではないが、本当にそれだけの理由でわざわざこんなことを?
 ダンデが答えを出すよりも先に、リザードンの鳴き声で思考は戻された。視線を地上へと向けると見慣れた、でも懐かしい街並みが広がっている。
「ついたぞ!」
「わあい! え、いや、ついたって私ホテル取ってないので野宿」
「さすがにそんなことはさせないさ。部屋に空きはあるから泊まると良い」
「いやありがたいですけど、私のことなんと説明するおつもりで?」
「……」
 そこまで考えていなかった。とりあえずあの場から連れ出さねばいけない、という気持ちばかりが急いてしまっていたというのが実際のところだ。だから彼女の言葉にすぐに返事はできなかったし、今も言葉が思い浮かばない。
「えっと、上司でしかも元チャンピオン相手にいう事ではないですが、何も考えてなかったんですか? さすがに気まずすぎてヤバいですよ」
「……サプライズだ!」
「そんな!」
 そんなまさかと騒ぎ立てる彼女の言葉を聞こえないふりをして、リザードンに家の前に降りるように指示を出す。ため息が聞こえたのは気のせいだろう。そうだと言ってくれ。
 女性を急に連れて来て驚かれはしないだろうか、いや絶対に驚くだろう。出迎えのために玄関から飛び出してくるホップが驚き騒ぎそうだ。上司と部下の関係であっても、この家族や親しい友人、はたまた恋人と過ごすような夜に家に連れてきたりはしないだろう。もし、付き合っているのだと説明したらきっと彼女は怒るだろうが、そのような関係性になったとしても自分としては何故だか構わないと思える。不思議だ、でもとても面白く心が弾む。
 さあ、何と説明しようか。そう考えている間にも、玄関の扉は開かれた。
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -