道に迷うなんていつものことではあるけれど。ダンデは夜空に浮かぶ満月を見上げながらここは何処だろうかと首をひねった。ホテルへと向かっている途中に、見慣れぬポケモンの影を見つけてしまい、好奇心で追いかけていったらここまで来た。
 来たのは良いのだけど、ここが何処だかさっぱりわからない。何か目印になるものがあればとあたりを見回してみたが、建物も何も見つけられずにいる。そのうえあの影も見失ってしまった。
「珍しいポケモンだと思ったんだがな」
 この地方に住むポケモンはすべて把握している自信はあったが、シルエットが記憶に結びつくものが無いあれはきっとこの地方には生息していないポケモン、そうでなければ新種か滅多に見ることのできないポケモンだ。
 ひと目でいいから見てみたかったし、できればバトルもしてみたかった。ため息を吐きながら思わず独り言ちてしまう。
 仕方がない、あの影は諦めてまずはホテルに向かわないといけないのだが、やはりここがどこだかさっぱりわからない。再び辺りを見回したところで、先ほどと光景は変わるはずもなかったがダンデは一瞬たりとも躊躇わなかった。
「とりあえずあっちだ!」
 根拠なんてない。スマホロトムで地図を確認することも無く、ダンデはただの直感で背丈の高い草をかき分け道なき道を突き進む。このまま突き進んでいけばいつかは何処かにたどり着くだろう、それがホテルの近くだったら良い。リザードンに頼めばすぐにたどり着けるのはわかっているが、今頃ボールのなかで寝ている寝ているところを起こすのもかわいそうだ。というのもただの言い訳で、本当は諦めきれていないだけだ。このまま歩いていれば、運が良ければまたあの影を見つけられるかもしれない。
 そう思っての行動だったが、ダンデは運が良かった。先ほど追っていたあの影が再びダンデの前に現れたのだ。全身を見せることは無いが、足や尻尾の先だけなどちらりと草木の陰から姿を見せてダンデを何処かへと誘うようにして進んでいく。何処に行くのだろうか。ダンデは好奇心で胸を高鳴らせながら後をついていく。その口元には笑みが浮かんでいた。
 何度か見失いかけたが、右へ左へと動き回る影についていった先はポケモンたちが眠る霊園だった。門はあるが夜間だと言うのに開かれており、誰でも入れるようになってしまっている。傍に建てられている看板を見てそういえばあったなと思い出すのと同時に、ホテルからだいぶ離れてしまったことに気がついた。しかし、まあきっとなんとかなるだろうと思い直す。
 霊園のなかへと視線を向けると、立ち並ぶ墓石の間で影が動いたのが見えた。こちらに来いということだろう。門も開いているし、きっと入っても問題は無いはずだ。万が一のことを考えてモンスターボールを確認してから、ダンデは霊園に足を踏み入れた。
 影はダンデを誘導し霊園の奥へ奥へと進んでいく。それにつれてゴーストタイプのポケモンたちが増えていくのだが、いくらなんでも数が多いし何かしらの食べ物を持っているポケモンばかりだ。ダンデは一人首を傾げた。ここは霊園なのだからいること自体はおかしくはない。それにいたずら好きのゴーストタイプのポケモンが、墓前に備えられている食べ物を盗んでしまうこともある。
 ダンデは足を止め、じっと一か所に集まり賑やかに騒いでいるポケモンたちを観察する。あの影もここに誘導しようとしていた様子だったことを考えると、きっとあそこに何かがあって集まっているのだろう。その何かが問題だ。チャンピオンとして、もし問題があるようなら対処しなくてはならない。考えられることはたくさんある、それこそ、最悪なことも。
「ぎゅ……ぎ、ぎゅい」
「ん?」
 足元から聞こえてきた声に視線を向けると一匹のミミッキュがダンデを見上げていた。何か用でもあるのかと片膝を地面につき視線を合わせると、纏っている布の下からおずおずと木の実をダンデに向けて差し出す。予想していなかった行動に思わず目をしばたたかせた。
 観察しているのを、食べ物を欲しがっているが近づけないでいるのだと勘違いされたのかもしれない。そのことに気がついたダンデは笑いそうになったが、それではこのミミッキュの親切心を無下にすることになる。
「気持ちは嬉しいんだが、それは君が食べると良い」
 そう声をかけながら頭を撫でると、ミミッキュは照れたようで身を捩らせた。その動きに合わせてがくんがくんとピカチュウを模した頭が揺れる。
「そうだな、オレも行ってみるか」
 最後にもうひと撫ででしてからダンデが立ち上がると、ミミッキュはぴょんと跳ねてから行ってこいと言わんばかりに手を振ってから暗闇に紛れた。随分と親切な、人に慣れているミミッキュだった。そう思いながらダンデは消えた後姿を見送った。自分の食べ物を分ける野生のポケモンがいないというわけでは無いが、珍しい。だからこそポケモンは奥深く、面白いのだが。
 さて、と帽子をかぶり直しあの集まりへと足を進める。聞こえるのはゲンガーやゴースの笑い声、空になった缶が転がる音。それから、かすかに震えた人間の笑い声。
 門が開いていたのだから、可能性はゼロではないとわかっていたのだがそれでも思わず肩を揺らしてしまった。しかも、まだ若い女性の声だ。泣いているのではなく、笑っているのでポケモンたちにいたずらされているわけでは無さそうだが、万が一があったら問題になる。
 慌てて近づくと、そこにはゴーストタイプのポケモンたちに囲まれながら墓前の前に座り込む女性がいた。足音を立てたからだろうか、ぽかんと口をあけながらダンデのことを見上げている。
「キミは……」
 一歩近づくと、足先が落ちていた缶に触れてしまったようでからからと乾いた音を立てる。たったそれだけでふわりと浮かんでいたゲンガーは腹を抱えて笑い声をあげた。まるで酔っ払いだ。そう思ったダンデは正しく、辺りに転がっている空き缶はすべてアルコール飲料だ。いつから飲んでいるのかはわからないが、すでに相当な量が転がっている。
 ゲンガーから女性へと視線を向けると、彼女もまた酔っているようで頼りない月明かりしかないこの暗闇のなかでもわかるくらい頬が赤く染まっている。飲み過ぎだ。しかも、家ならまだしもこんなところで。
 ダンデは思わず額に手を当てた。さすがにこのままにはしておけない。墓前で酒盛りをする酔っ払いをそのままにして帰りました、なんてオリーヴに知られようものならどれだけどやされることやら。そうでなくても、このままにしておくのは心配だ。
 この辺りは治安が良いとは言っても、それは犯罪が起こらないというわけでは無い。今は野生のポケモンたちが守ってくれるだろうが、野生ゆえに気まぐれな彼らがいつ立ち去るかは誰にもわからないのだ。一人になったとき、彼女はまともに自分の身を守れるのだろうか。手持ちのポケモンがいても、酔いで判断力が低下している今はどうなるかわからない。
 少し考えてからダンデは、動きを止めたままの彼女の隣に座った。
「こんばんは、隣いいかな」
「はぁーい」
 妙に間の伸びた返事だ。暗いせいもあるかもしれないが、視線ふわふわと揺れている為うまく合わせることが出来ない。それでも彼女はダンデの顔をみてにこにこと笑みを浮かべている。
 ダンデもまた、警戒されないようにと人好きのする笑みを作ってみせながら考える。何処かで、この笑みを見たことがあるような気がするが記憶違いだろうか。知り合い全員が行儀の良い飲み方をするわけではないが、少なくとも墓前の前で酒盛りをする知り合いはいなかったはずだ。
 思い出せないのなら深追いをしても意味は無い。気を取り直して声をかけようとしたが、それよりも先に近くにいたボクレーが彼女の気を引いた。
「ん? よーしよし、木の実あげよう」
 くいくいと自身の服を引っ張って来るボクレーに、彼女は何が面白いのか笑いながら近くに置かれていた木の実を手渡した。なるほど、先ほどからポケモンたちが持っていたのは彼女のものだったのか。一人で食べるには妙に量の多い木の実やチーズ、それからナッツと言った食べ物……きっと肴として準備されたのだろう。
 去っていくボクレーを見送ると、彼女は隣にダンデがいることも気にせず酒をあおり始めた。ごくごくと喉を鳴らしながら、一気に飲み干していくその勢いにダンデは心配になる。すでにもうそれなりの量を飲んでいるようだし、これ以上は飲み過ぎじゃないだろうか。余計なお世話かもしれないと思いつつも、声をかけてしまう。
「……飲み過ぎじゃないか?」
「んふふ、そんなことないですよう」
 空になった缶を横に置き、新たなものに手を付けたのだが酔いが回り手元が覚束ないようでかりかりとプルタブを爪で掻いている。
「キミのポケモンたちだってその様子じゃ心配する」
「ははは! 大丈夫ですよぉ!」
「いや、本当にだな……」
「私はまだまだ飲みますよう。夜明けまで遠いですしー」
 そう言いながらまだプルタブを起こすことが出来ずにかりかりと掻いている。
 もっとスマートな声かけをしたら彼女を止められたのだろうか。ローズ会長やキバナ辺りは上手そうだが、残念なことにこの場にはいないので己の力でどうにかするしかない。こんな時が来るとは思っていなかったが、もう少しソニアに女性に対する声かけを習っておけばよかった。脳裏に浮かんでくるソニアがじとりとこちらを睨み付けて来るのをどうにかかき消す。
 止められないのなら、せめて付き合うしかないだろう。このまま放っておくわけにはいかない。きっと夜明けまでまだ遠いという言葉の通り、それまでずっと飲み続けるだろうことが容易に想像できる。
 ダンデはお前も飲めといわんばかりに缶を押し付けて来るゲンガーやゴーストをかわしながら、じっと彼女を観察する。やはりどこかで見たことがある。特に、口元が。
「開けられないですねえ!」
 綺麗な笑みを作る口から零れた言葉に反応し、近くにいたゲンガーが甲斐甲斐しくプルタブを起こしてやった。彼女は一言礼を告げると、ようやく開いた缶に口をつける。それを見たゲンガーはいくつかの木の実やチーズを大きく開いた口の中に放りこむと、何が面白いのかげらげらと腹を抱えて笑った。それにつられてゴースたちも笑い声をあげる。
「そのゲンガーはキミのポケモンか?」
「いえ、さっき会いました。私の子はみんなここにいます」
 その手慣れた仕草に彼女のポケモンかと思ったのだが、帰って来たのは否定の言葉だ。それと一緒に服の裾をめくり、腰に巻かれているベルトに収納されているモンスターボールをダンデに見せた。
 ボールは5つ、しかも不自然に隙間が空いている。その意味をダンデはすぐに気がつくことが出来たが、彼女が慰めの言葉を求めているようには見えず口を噤んだ。だからと言って何も言わないのも不自然だろうが、かける言葉が浮かんでこない。それと同時に、この場は黙っておくのが正解だと、バトルの時に何通りもの戦略が瞬時に浮かんでくるダンデの頭脳が冷静に告げている。
「……ずっと一緒にいれると思ってたんですよ」
 少しの沈黙の後、一気に酒を飲みほしてから彼女は口を開いた。酔っているせいでふわふわとした声色をしていたというのに、急に重苦しいものになる。それから何か言おうと何度か口をはくはくと動かし、閉じた。酔っていても話しても良いことと悪いことと、それを話すべき相手なのかの判断くらいはつく。
「チャンピオンにする話ではないですねえ! 飲みます!」
「飲むんじゃない」
「はい」
 地面に転がる缶に伸ばそうとした手は手持無沙汰になってしまい持ったままだった空の缶を弄ぶ。それを見たゲンガーは腹を抱えながら笑い声をあげ、チャンピオンから飲むなと言われた彼女の代わりにプルタブを起こした。残りは全部自分の物だと言わんばかりに好き勝手に飲み始めたゲンガーを、彼女は恨めしそうに見ているがまったく気にかけていない。
「いいよ全部あげるよ」
 その様子に自分の元には残らないだろうと諦めたようで隠そうともせずにため息を吐く。ゲンガーもそう言われることをわかっていたようで、待ってましたとばかりに残っていたものを手早くまとめると姿を消してしまった。
 黙ってやり取りを見ていたダンデはその手際の良さに感心した。手つきが慣れている。今までに何度か同じやり取りをしたことがあるのだろう。食べ物に釣られたとはいえ、野生のポケモンなのに懐いているのもそのような理由なのかもしれない。何にせよ、ポケモンと仲が良いのは喜ばしいことだ。
「んふふ、別に惜しくないですし。私そこそこ給料もらってるんですから」
 口ではそう言っているが、声は震えている。すんすんと鼻をすすっているし、ちらと見えた横顔は笑みを浮かべているのに涙を流していた。ゲンガーにすべて持っていかれて泣いているようにも見えるが、さすがにそうじゃないだろう。先ほど何か言おうとしたときに、今までのことを思い出したのかもしれない。それならば今ダンデにできることは、ここに眠るポケモンについて尋ねたり慰めたりするのではなく彼女に調子を合わせることだ。
「残念だったな」
「また買いますし問題ないです」
「今日はもうやめなさい」
「ひゃい」
 ふと、彼女の影が不自然に動いているのに気がついた。ゲンガーの仕業かと思ったが、つい先ほど姿を消したことだし関係ないだろう。そうなると他のポケモンの可能性が高いというのに何故かダンデはここに来る原因となった影のことを思い出した。今ここにある影は彼女の陰ではない。根拠なんてない、ただの直感だ。影はひとりでに蠢き、震え、一匹のポケモンの形になった。それは静かに泣いている彼女に寄り添い、慰めるように体を擦り付けてから消えた。残されたのは、何の変哲の無い人間の影だ。
 今のが何か知っているかを問いただしたくなる気持ちをぐっと堪え、ダンデはポケットにしまわれていたハンカチを彼女に差し出す。すると泣いているのに気がつかれているとは思っていなかったようで、目を丸くしながら彼女はハンカチを受け取った。
「ありがとうございます。今度、お返ししますね」
「いや、気にしなくて良い」
 高いものではない、それに誰かからの大切な贈り物というわけでもなく無くなったとしても惜しくはないものだ。ダンデはチャンピオンのため、迷子になりやすいという性質に加えて仕事の都合でそれなりにいろんな場所に行く。なのでその気になれば再び会うこともできるかもしれないが、それは時間がかかるし運が悪ければずっと会うことが出来ないだろう。
 だから断ったのだが、彼女は何故かはわからないが返せる自信があるようで任せてくださいと笑みを浮かべている。やはり、どこかで見た口元だ。

「こんにちはチャンピオン!」
 今日も今日とて道を迷っていたダンデは、後ろから声をかけられ振り向いた。そこにいたのは一人のリーグスタッフだ。黒いサングラスで目元は隠されているが、口元は綺麗に笑みを作っている。
 迎えに来てくれたのか。発信器を点けられているわけでもないのに、リーグスタッフはどのような手段を使っているのかわからないが場所を探し当てて迎えに来る。リザードンに飛んでもらえば迷わないが、面白いものが見つかるかもしれないと思うと自分の足で歩き回りたくなってしまう。そのおかげでこの間は面白いものを見ることができたわけだ。酔っ払いの方ではなく、影の方だが。
「ローズ会長がお待ちですよ」
「すまない……ただ、あっちに強そうなワンパチが」
「私のダストダスの方が強そうですよ」
 道に迷った原因であるワンパチの姿を探し辺りを見回すが何処にも居らず、探しに行こうと一歩踏み出そうとしたところを腕を掴まれ止められてしまう。その力は強く、絶対に逃がさないという意思を感じられた。
 さすがにこの腕を振りほどいてまで探しに行こうとは思わない。それに、強そうなダストダスというのも心が引かれる。さっそく見せてもらおうかとしたのだが、それよりも先にと近くに停められていたアーマーガアタクシーへと引っ張られてしまった。
「あ、そうだ。ハンカチ、ありがとうございました」
 しかし、歩いている途中でリーグスタッフは足を止めてダンデを振り返った。それからポケットを探り始めたかと思うと、一枚のハンカチを取り出しダンデに差し出した。
「これは」
 綺麗にたたまれているそれは、見覚えのあるものだ。あの時、霊園で彼女に渡したものと同じだ。そういえば彼女の腰に巻かれているベルトからつらされているボールは他のスタッフと比べてひとつ少ない、5つだ。
 目の前にいるリーグスタッフの顔をじっと見つめると、どこかで見た口元でにっと笑みを浮かべた。
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