急にポケモンたちが洞窟の外へと向かっていくから何かあったのかと思ったら、雨が止んでいた。そうか、雨が降っている間だけこの洞窟を借りていたから用が無くなればすぐに出て行かないといけないのか。外へと出て行くヤンチャムやストリンダーの背中を眺めていたけど、こちらを振り向きはしない。雨宿りしている間だけの関係だから当たり前か、すこし寂しいけど。
 隣で座っていたアーマーガアも立ち上がると、くるると喉を鳴らすように鳴いて私にも出て行くようにと催促する。そうだね、行かないと。洞窟の奥からはバンギラスが出てきて、威嚇するわけでは無いが早く出て行けとばかりに圧をかけて来ている。
 アーマーガアにくっついて外に出ると、すっかりと晴れており見上げた空には太陽が輝いている。すでに他のポケモンたちの姿は見えず、各自の縄張りや住処に帰ったのだろう。いやぁ、いい経験をさせてもらった。野生のポケモンの生活を近くで見て、経験までできることなんて滅多にないからね。もしかしたら他の地方でも同じようなことを、野生のポケモンたちがしているのかもしれないけど、参加したことなんて一度も無かった。だいたい一人で雨宿りだったしね。

「いろいろとありがとうね」

 飛んでいってしまうことなく、隣で待っていてくれていたアーマーガアにそう声をかけるとひとつ頷いてから翼を広げた。二、三度翼を羽ばたかせると強い風を生みながら空へと舞い上がる。そしてくるりと円を描くように私の頭上を飛んでから、どこかへと行ってしまった。ずっと傍にいてくれた、優しくて賢いポケモンだった。
 それにしても、すごい癒された。ウィンディの毛並みとは違うもふもふで暖かいし、触り心地も大きさも最高だった。できることならまた会いたいけど、ガラルを発たなければいけないからそれはちょっと難しいだろう。あの触り心地を覚えておこう。
 そろそろ私も行こうかと思ったけど、雨で濡れた地面は柔らかく歩けるけど靴は汚れそうだし、坂や岩の上ではすべりそうだ。歩いて移動しようと決めたばかりだけど、晴れてるしボーマンダで飛んでいこうかな。でも運動不足を自覚したばかり。ボーマンダ自身は飛ぶのは苦ではないだろうからいいんだけど、だらだらとした生活に慣れ切って運動不足だった私の今後を考えると歩いたほうが良い。ワイルドエリアはもちろんのこと、そうでない場所でも死の危険性はどこにでもある。ポケモンがずっと一緒にいると言っても体力も筋力もあったほうが良い。
 よし、と行きこんでから一歩踏み出すとぐちゃりと少し粘着質な音と共に、足がわずかに沈み込んでいく感覚。

「うわー、汚れた」

 濡れた土を歩くのだから、汚れるのはわかっていたけど思わず口に出してしまう。何処かで洗わないとちょっとまずいかもしれない。防水加工のおかげで水は染みてきていないけど、完璧ではないから時間の問題だろう。でも、ここまで汚れた靴でボーマンダにまたがるのはなあ。本人は泥なんて気にしないだろうけど、私が気になる。
 水たまりを避けながら進んでいくと、先ほど洞窟で交流したであろうストリンダーたちがいた。ばっちり視線があったはずだし、何ならじとりと睨まれたけどふいと逸らされる。本当に洞窟だけでの関係なんだな。ぎゅいーんとギターをかき鳴らしたような音が遠ざかっていく。やっぱり、ポケモンって面白いな。人間にはわからない、知らない文化が多い。

「よし、がんばろう」

 気を取り直して当初の目的である野宿する場所を探さないと、この泥だらけの地面で寝ることになってしまう。野宿は慣れていてもそれは普通に嫌だ。洞窟で休憩できたのだしがんばろう、そう思った矢先だった。地面に影が差しふと顔をあげるとキテルグマが両手を広げてこちらを見下ろしていた。

「うわっ」

 気がつかなかった! 足音も聞こえなかったし、気配もわからなかったけど私はポケモンじゃないから仕方ない。でもそれどころじゃない!
 キテルグマの遠慮のない親愛のハグを避け、走って逃げる。なんでさっきと同じことをしなきゃいけないんだ! 走るたびに泥が跳ね、避ける余裕がなく水たまりを踏み抜いてしまうが気にしてなんていられない。後ろを振り向かなくても、大きな足音でついてきているのがわかる。走りづらいこの地面ではキテルグマの縄張りから抜け出すのは難しそうだ。ただひたすらに逃げるしかない。
 人間に対して友好的なのも、ただハグしたいだけなのも分かるんだけど、わかるんだけどね! 人間のもろさを知らない野生のキテルグマにそれを許したら死んでしまう。
 走りながらボールに触れると、ぶおんと風を切る音が聞こえた。とっさに頭を抱えるようにして伏せると、頭上に腕があった。あの勢いで抱き着かれていたら、たぶん死んでいる。さあっと顔から血の気が引くのがわかる。冒険をしていて死にそうな目に遭ったのも、キテルグマに追いかけまわされたのも何度もある。だからこそ経験でわかる、これはやばい。

「サーナイト!」

 ボールの開閉スイッチに触れると赤い光に包まれてサーナイトが現れた。私の考えを読みいつでもテレポートできるようにと、まるで庇うように抱き着いていたのを確認してから指示を出そうと口を開く。その時だった。

「ガァーッ!」

 力強く羽ばたく音と威嚇するような鳴き声。ぶわりと吹いた風に思わず目を伏せてしまったが、こちらを庇うように広げられた黒く大きな翼が見えて思わず名前を呟く。

「アーマーガア?」

 本当につい先ほど、別れたばかりのアーマーガアだ。あの洞窟内では一度も聞いたことのないような、ぴりぴりと肌に振動が伝わるような声で鳴いている。背中が見えるだけで表情はわからないが、これは確実に怒っている。キテルグマもそれがわかったのだろう、反射的にファイティングポーズを取っていたが首を傾げてからくるりと背中を向けて去って行った。
 呆然をアーマーガアの背中を見つめる。いやいや、確かに人懐こいし賢い子だとは思っていたけど。優しい子だなと思っていたけど。どうやって気づいたのか、たまたま見かけただけなのかはわからないが、庇いに来てくれた。サーナイトの腕のなかから抜け出して近づいていく。味方をしてくれたとわかっているからか、サーナイトもそれを止めはしなかった。

「ありがとう、アーマーガア」

 隣に立ち、すこし高い位置にある顔をみながらそう声をかけると、先ほどの怒声からは想像のできないほど可愛らしい声でくるると鳴く。
 いや、本当にありがとう。テレポートで逃げられたとしても、助けに行こうと思ってくれたその心がとても嬉しい。たまたま出会ってわずかな時間を一緒に過ごしただけで、私の手持ちのポケモンでも何でもない野生のポケモンである以上、私を守る義務も理由も無いのに。別に放っておいて、その結果私が怪我しても死んでも何も問題は無いのだ。それだというのに、こうやって助けに来てくれた。本当に、嬉しい。
 サーナイトも少し遅れて私の隣まで来ると、アーマーガアに向かって恭しく頭を下げる。

「ええ……本当にありがとう……すごい……」

 いろいろと言いたいことはあるのに、口から出て来る言葉はとても残念なことに語彙力が死んでいる。それでもアーマーガアは気にしていないようで、くるると優しく鳴く。
 わしゃわしゃとかき混ぜるようにして首元のあたりを撫でる。他の鳥ポケモンと比べてすこし硬めの触り心地が癖になる。嫌がらないのを良いことに、好き放題に撫でさせてもらう。助けてもらったお礼を言っていたはずなのに、すぐに自分の欲に駆られてしまう。でも嫌がらないし、気持ちよさそうに眼を細めているから問題は無い。はず。
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