ピッピ人形を投げたのは、ユウリちゃんという可愛らしい女の子……そしてこのガラル地方のチャンピオンだった。
チャンピオン! 何年経ってもミニスカートの私が気軽に話せるわけがないと敬語を使って話していたら、普通に話してほしいと懇願されてしまった。
しかしユウリちゃんは年上だからと敬語を使ってくれている。とても良い子だ。たまに敬語が崩れたりするところも可愛らしい。私は仲が良くなると馴れ馴れしく話したり、接してしまうので気を付けないと。まあその相手もいなくなるのだけど。

私が見知らぬポケモンに襲われていると思ったようで、とっさに投げてしまったそう。遊んでいただけなのに、と謝ってくれたのだが彼女が謝ることなんてひとつもない。
じゃれついているのか襲われているのかよくわからない遊び方をしている私が悪いのだ。ちなみにボーマンダは我関せずとそっぽを向いている。

「本当にごめんね、こういう遊びみたいなものなんだ」
「謝らないでください! キテルグマとハグするトレーナーだっていますしね」
「えっ、それは……」

それは普通に危ないんじゃないか? ヌイコグマのころから力加減を理解させておけば平気なのか?
そんなことを考えていると、ふとユウリちゃんの視線がボーマンダへと注がれているのに気づく。見慣れないポケモンだ、興味があるのだろう。きらきらと目を光らせており、純粋な好奇心なのがよくわかる。
今まで向けられてきたのは、お前のようなモブなんかがボーマンダを連れてるのか? というものばかりだったからすこしばかり新鮮にも思えた。
悪意ばかりを向けられたわけではないが、どうしても強烈なものの方が記憶に残ってしまう。強奪しようとしてきた人もいたもんな……あの子は今どうしているのだろうか、もう会うことはないだろうけど。

さわってみる? と聞きたいところだがそれはボーマンダ次第であって私が決められることではない。ちらとボーマンダに視線を向けると目があった。
それから数秒見つめあうと、ふんとため息をつくように鼻を鳴らしてからユウリちゃんに向けて頭を下げた。撫でても良いということだろう。
さすがチャンピオン、と思わず目を丸くしてしまった。決して人間嫌いというわけではないのだが、積極的に他人に触らせようとはしないのに自分から頭を差し出すなんて。やっぱりポケモンも人間の悪意とかを感じる力は強いんだな。

「撫でても良いって」
「良いんですか!」

そう言いながらもすでに手はボーマンダの頭へと伸びていたので、思わず笑いそうになったがぐっと堪える。せっかくの好奇心を笑ってしまったら可哀想だ。促すとそっとユウリちゃんの手がボーマンダの頭に触れ、優しく撫でる。
大人しくはしているが、視線がそっぽを向いているのはそういう性格だからだろう。本当は嫌なのでは? と心配そうな表情を浮かべ始めたので大丈夫だと声をかける。本当に嫌だったらいくらお願いしても撫でさせたりはしないし。

「この子はドラゴン……と飛行タイプ?」
「正解」
「サザンドラとちがって飛行なんですね」
「悪とドラゴンだもんね……あ、この子はボーマンダっていうんだ」
「ボーマンダ」

翼がはえていて飛んでいると飛行が入っていそうな感じがするけど、意外と違うんだよなぁ。ユウリちゃんは撫でながらも興味深そうにボーマンダを観察している。
本当にポケモンのことが好きなんだな。それに知識もあるし。尋ねられ、主に生息している地域や、心か前のことなど知っている限りのこと教えながらそう思う。

「あの、図鑑とかって……」
「ごめんね、持ってないんだ」

欲しくはあるけど何処に行っても図鑑は貰えなかった。そもそも博士と知り合うことがなかったというのもあるのかもしれない。最近では普通に持っている人が多く、博士が選んだ人に与えられる特別なものという感覚は薄い気がするが。

「そうですか……ホップにも見せてあげたかったなぁ」
「ホップ?」
「えへへ、私の友達でライバルです! ずっと一緒に頑張ってきたんだけど、博士目指して勉強がんばってるんです」

ライバルか。お互いを高めあうにはいい存在だよね……私にはいたことがないから、一般的にはそうらしいよねって感じだけど。
そんなことを考えると視線を感じ、ユウリちゃんを見ると何故だかそわそわとしており落ち着きがない。どうしたの? と尋ねると意を決したという表情で口を開いた。

「……あの、ナナシさんにはそういう人っていますか? ライバルじゃなくて、友達とか……恋人とか」
「いないよ、友達とかもいないし。私にはもうこの子たちしかいないんだ」
「えっ」
「え?」

そんなに驚く様な要素あった? こいつ重たいなとか、そういう驚きなのかな。それならまあ、事実だから仕方ないけど。
こちらとしては気にしていないのだが、ユウリちゃんは失言だったと思ったようでわたわたと手を動かしながら慌てている。ふふ、かわいい。
気にしなくてもいいのに。事実ということもあるが、仮に失言だったとしてもその程度のものはかわいいものなのだから。もっとスラングを交えた言い方や、聞くに堪えない言葉をぶつけてくる人だっていたからこのくらいどうってことない。

「あ、あ! でも! 私たちはもう友達ですよね!」

ただの慰めだろう。友達いないんだと言われたら、そのくらいのリップサービスをする人はきっといるはずだ。そうわかっていても、にこにこと笑みを浮かべるユウリちゃんに不覚にもきゅんと来てしまった。
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