見慣れぬポケモンを模した木彫りだ。 ユウリはスマホロトムに写された写真をじっと見つめながら首をかしげた。 キテルグマやツンベアーに似ているけどすこし違う他のポケモンだ。なんというポケモンだろうか。
キバナがSNSに載せていた写真には、テーブルの上に乗せられたそれと一緒にマグカップが映っている。 ユウリはキバナさんが自撮りしないの珍しいな、と思った。しかしそれ以上に気になるのは、このポケモンだ。そちらにばかりユウリの意識は向けられている。 ポケモン図鑑を埋めているからだろうか、トレーナーとしてだろうか。知らないポケモンを見ると気になってしまうのだ。 きっとキバナに直接尋ねたら教えてくれるだろう。しかしとりあえず自分で調べてみよう。キバナも暇なわけではないし、もしかしたらコメントに書かれているかもしれない。 そう思い慣れた手つきでスワイプしてコメントを見てみると、そこにはユウリが予想していたものとはちがったことが書かれていた。
キバナの写真にはファンからの肯定的なコメントが多い。自撮りやポケモンに対してはかっこいいと、服に関しては素敵と。 ネガティブな言葉を覆いつくしてしまうほど、彼を褒め称えるものばかりだ。 だから今回もいつものようなコメントが並んでおり、そのなかにあのポケモンの名前が書かれているのでは思った。 しかしそこに書かれていたのは、あの女誰? といった言葉ばかりだ。もちろん、木彫りについてそういうのもいいねとコメントしている人もいる。 炎上とまではいかないが、こんがりしているとでも言うのだろうか。並べられている無機質なはずの文字列からは、ぎすぎすとした雰囲気を感じることができる。
炎上とは珍しいと思いながらも、そんなことより気になることがあった。女、女? ユウリは首をかしげた。 何度写真を見ても、隅々まで確認してみても映っているのは木彫りとマグカップのみ。どこに女が映っているのだろうか。 まさかゴーストタイプのポケモンが? そうしたらすぐに気がつくはずなのに。何度見てもユウリの目には、女の姿もゴーストタイプのポケモンも映らない。
しばらく考えてから、ふとユウリはひとつの結論にたどり着いた。もしかしたら、このポケモンはメスなのかもしれない。 オスとメスで尻尾の形がちがうピカチュウのように、自分にはわからないが何か特徴があるのかもしれない。 ははーん、なるほど。さすがキバナさんのファンはちがうな。いろんなことを知っているし、よく気がつく人ばかりなんだ。 一人納得したユウリは、結局ポケモンの名前を知ることができなかった。
それからキバナに会ったのは数日後だった。挨拶もそこそこに、ユウリはあの木彫りの写真をスマホロトムに表示させるとキバナの目の前に突きつけた。
「このポケモンはメスなんですか!」
そんなことキバナが知るはずがない。知っているとしたらこの木彫りを作った職人だろうが、その職人だってそれを考えながら彫ったのかはわからないのだ。 ふんすふんすと鼻息荒く迫ってくるユウリの頭を軽く叩くと、キバナは笑い声をあげた。
「何言ってんだぁ?」 「だってみんな女って言ってるじゃないですか」
ほら、とユウリが画面をスワイプしてから見せたのは相変わらず雰囲気が悪いコメント欄だ。 キバナはがしがしと自分の頭を掻いてからその画面を見て、それからにやりと笑みを浮かべる。
「そのことじゃねぇよ。ほら、よく見てみろ」
ユウリの手からスマホロトムを奪うと、何やら操作をし始めた。身長差があるためその手元はよく見えないため、ユウリはただ首をかしげることしかできない。 なんですかなんですかと、はしゃぐワンパチのようにまとわりついてくるユウリにキバナは再び笑い声をあげる。
「こいつだ……な、女だろ?」
返されたスマホロトムに写っていたのは先程の写真が拡大されたものだ。マグカップのところに、たしかに女性のものだと思われる指がかかっている。きっとマグカップを手に持っていたのだろう。 よく見ていたつもりだったが全く気がつかなかった。ユウリの興味はすべて木彫りに注がれていたのだから、仕方のないことだろう。
「へー、ほんとだ。このポケモンは何ですか?」 「興味ないのかよ!」 「だって……」 「お前はそういうやつだよなぁ。……こいつはリングマ」 「リングマ!」
マグカップにかかる指に気がついていない時点でわかってはいたが、キバナはため息をついた。 まさかここまで興味が無いとは。コメント欄は面白いくらい、予想していたようになっているというのに。
「ちなみにこいつは」 「リングマ連れているんですか?」 「いなかったな……」 「そうなんですかぁ……」
これで興味を抱いてくれたら、会うきっかけのひとつにはなるだろうと思っていたキバナの考えは甘かった。ユウリはまだ色恋沙汰に関心を向けていないのは、わかっていたはずなのに。 それなのにこの手段を用いたキバナのミスだ。正直なところ、ここまで興味がないとは予想しておらず“あの”キバナが匂わせたのだからすこしくらいは、と思わなかったわけではない。
匂わせくらいでは興味を抱けないのなら、もっと他の方法を、もっと派手なことをするしかない。 お気に入りとお気に入りを会わせる、興味本意で行おうとしたそれだけのことがまさかこんなにも面倒だとは!
ユウリはリングマにしか興味が向いていないようで、会ってみたいと目を輝かせていた。 知らないポケモンに興味を抱くのはトレーナーとして良いことだ、むしろ誇ったって良いと思うとキバナは考える。しかしそれは今でなくてもよかった、木彫りよりも映りこむ存在に興味を抱いてほしかった。 そういえばあいつも、ユウリと同じようにポケモンにばかり興味を向けていたな。好意をのらりくらりとかわし、こちらには視線を向けようともしない。 いや、あれはわざとそうしている。好意には気がついていないふりを、そんなことはないと思い込んでいる。自分は好かれているのだと、自惚れたっておかしくはない。キバナ自身がそう思うほどに、自分の行動はわかりやすいくらい直接的な好意だったはずだ。
どうしたらこちらを向くのか。ユウリもあいつもこちらが思っているよりも単純ではない。 キバナはすこし考えてから、ふと思い付いた。簡単な話だ、こちらを無視できないほどの起こせば良いだけだ。
「もっと燃やしてみっか」
キバナの呟いた言葉の意味を、ユウリは後日知ることになる。 フライゴンの横に立つ少女の後ろ姿を映した写真を載せた投稿は、今だかつて無いほどに燃え上がった。
「これが、炎上……!」 |