突然、転がり込むように扉から入ってきたゴールドには驚いたが、冷静にいつもの笑みを崩さぬまま声をかける。

「どうしたのかしら?」

ベッドに腰かけたままの私からは、俯いている彼の表情は見えない。まあでも、予想はつくわ。

「えっと……っスね」

「ふふ……まあ、立ち話もなんだからこちらに来たらどう? 扉も開けたままは良くないわ」

ゴールドを追いかけてきたのだろうヒノアラシが部屋に入ってきたのを確認してから、彼は静かに扉を閉めた。そして私に導かれるままにベッドに腰かけた、が、私と彼の間には以前よりも空間ができている。
それも予想した通りだわ。好いている女の子の言葉は信じたくなるものね? あの平凡気取りの逆ハー狙いが、私のことを悪女か何か呼ばわりしたのでしょう。まあ、そのくらいのこと気にしないわ。愚かな逆ハー狙いを傍観して楽しんでいるのだから、性格の悪い自覚くらいはあるもの。
ゴールドはこう見えても純粋だから騙されてしまっているのね。でも私からは真実を教えてあげない。俯いたまま何も言葉を発しない彼を心配したのか、膝の上によじ登ったヒノアラシが細く鳴く。それでも彼は口を開かないので私は内心ため息を吐く。仕方ない。会話の糸口ぐらいなら、ね?

「あの子に、何か言われたのかしら?」

その言葉にゴールドは顔を上げ、団栗のように目を丸くして私を見る。その顔を見て私は笑みを浮かべながら言ってやる。

「そうね……それは、私に関することかしら?」

「な、ん……」

さらに目を丸くするゴールドに笑みを浮かべ、そっと手を握る。驚いたのだろう、わずかに震えたがふり払うことはせずされるがままになっている。

「無理に言わせるつもりはないわ」

そう言うと一度は目を伏せ私から視線を外したが、覚悟を決めたようにまっすぐと私の目を見つめてくる。

「俺、一人で旅がしたいっス」

「あら、嫌われちゃった?」

「ちがっ! 自分一人で……いや、こいつとどこまで行けるかを知りたい」

「……」

「このままじゃずっと沙音さんに頼りっぱなしだし、自分のバトルを掴めねえ。だから……」

そう言って私を見るゴールドに笑みを浮かべて見せる。

「私は賛成よ」

「ま、まじっスか!」

いきなり立ち上がったせいで膝の上にいたヒノアラシが転がり落ち、非難の声を上げる。しかし、興奮しているゴールドにその声は届かない。渋々、そんな雰囲気をただよわせながらヒノアラシは床の上で丸まった。
あらあら、パートナーは自分を彩るための豪奢な飾りじゃないのだから、大切にしないと。あの女みたいに、珍しかったり美しかったりするポケモンを連れ歩いて自慢するのは愚者がやることだわ。
床に落とされたかわいそうなヒノアラシを抱き上げ自分の膝の上に乗せると、乗りなれない場所だからか身を捩らせベッドに降りた。やっぱりご主人様が好きなのね。ゴールドの元に向かうヒノアラシを見て頬が緩む。ポケモンは自由に、好きなところに行かせてあげないと。
……いつかあの逆ハー気取りからも、あの子達を解放してあげなくちゃいけないわね。嫌々従っているのが一目でわかるくらいだもの。解放したら、私に従ってくれるというのが一番素晴らしいシナリオよね。自分が嫌われたと知り裏切られたときの、あの女の絶望した表情を想像するだけで、ぞくぞくしちゃう。
思わず笑いを溢すとゴールドが不思議そうにしていたので、軽く咳払いをしなんでもないわと声をかける。

「ねえ、一人旅するのは自分で考えたのではないのでしょう?」

「! え、あ、まあ……そっスけど。ナナシと色々話をして、面白そうだって思ったのがきっかけっス」

「やっぱり、そうなのね……ねえ、最後にひとつ確認させてもらってもいいかしら?」

「なんスか?」

すっと目を細めると、ゴールドは少しばかり体を震わせてからしゃんと背筋を伸ばし、座り直した。あらあら、そんなに緊張しなくても良いのに。逆ハー狙いでもないあなたに相手に威圧感をだすつもりはないのに、ねえ? 無意識のうちに出してしまったのかしら。悪いことだわ。

「貴方の意思で、決めたことなのよね? あの子に言われたからとかではないのよね?」

「は、はい……」

少しばかり私の言葉に戸惑いを隠せないようだが、目はしっかりと私を見つめ強い意思が潜んでいる。ふふ、どうやらあの逆ハー狙いの思惑通りには進まなそうね。ゴールドが一人になったところを付け狙おうとしたんでしょうけど、残念だっだわね。彼は貴女の言葉には従わないわよ。

「ふふ、それならいいわ。これから頑張って、ね?」


にこりと笑みを浮かべるとようやく肩の力が抜けたのか、大きく息を吐いていた。そんな彼から視線を外し窓の外を見あつめながら思う。あの逆ハー狙いが被っている平凡主の皮が綻び、剥がれ落ちる日が来るのが楽しみだわ。絶望に染まった顔を、早く私に見せてくれないかしら。


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