泣きながら俺にしがみついてくるナナシの柔らかい体を抱き締めながら、暗い愉悦に笑みを浮かべる。肩口に染み込んでいく涙のしめった感触にもっと泣かしたい、という感情が沸いてくるがそれと同時にどろどろに甘やかしたいという感情も沸いてくる。恐怖に小さく震えるナナシの頭を撫でるとしがみつく力が強くなる。

「もうあいつと会うことはないから、な?」

「っ、はい」

すんすんと鼻を鳴らしながら、涙声で答えるナナシが愛しい。耳元であいつがどうなったか知りたいか尋ねると、びくりと肩を震わせたあと弱々しく首を左右にふったので何も言わないことにする。無理矢理にあること無いこと聞かせてナナシを怖がらせて泣かせるのも良いが、それよりもナナシに嫌われたくない。
上手いことナナシに好かれたまま泣かせる方法は無いのだろうか。その点を考えるとあの女には感謝している。ナナシの泣き顔を見れたし、オレの好感度も急激に上がっただろう。まあ、野放しにしすぎてナナシに想像以上の危害を加えてしまったのは反省しないとな。
ちなみにあの女は普通に通報して普通にジュンサーに連れていかれたので、まあ今ごろは取り締まりか事情聴取か何かだろう。逮捕されたらどうなんのかはあまり詳しくは知らないが、まあ短期間でもどっか閉じ込められんじゃないか?
自分の手で、という考えは無かったわけではないがナナシを罵り喚き続けるあの女を見て冷静にその後のことを考えてしまったので、何もできなかった。ようやく手に入れたジムリーダーという肩書きをあの女のために易々と手放すわけにはいかない。
それに、結果論だがわざわざそんなことしなくてもナナシがこうやってオレに抱きついてくれたんだ。それで満足。あわよくばそのもっと先を望んでっからヘタレじゃねーし。

「あの、私のポケモン達は……?」

「おー、無事だぜ。今はオレのポケモンと一緒にいるぞ」

やっぱそういうところはトレーナーなんだな。すこしばかり妬けるが、自分のポケモンを大切にするのはいいことだ。オレの言葉を聞いて安心したのか、ほうと息を吐き出したナナシにぞくぞくと鳥肌が立つ。
ナナシのタイセツナモノのなかに、オレも含まれたい。ナナシがポケモン達に向けるあの、ほの暗いものを含んだ目をオレにも向けて欲しい。あとで連れてくると告げると、嬉しそうに微笑んだ。

「そーだ、水でも飲むか? のどかわいてんだろ」

話題を変え、しがみつくナナシの包帯が巻かれた指をほどいて立ち上がり、部屋の外に水を取りに行こうと背を向けると遠慮がちに服の裾を掴まれる。もっと大胆に抱きついてくれたって構わないのに、そう思うと苦笑が浮かぶ。しかしそれを悟られないように、あくまでもわかっていないふりをしてナナシに尋ねる。

「ん、どうした。腹でもへったか、何なら食える?」

「や、その……」

振り向くとナナシは視線をさ迷わせてから俯き、オレの服の裾を掴んだままだが何と答えればいいのか悩んでいるようだ。かわいい、思わずにやけた口元を隠そうともせずにナナシを見つめる。どーせ下向いてんだし見えないだろ、だったらナナシの可愛い姿を見ていたい。

「ご、ご迷惑でなければ、近くにいて……い、いただけないでしょう、か?」

途切れ途切れだったうえに、だんだんと小さな声になっていき最後の方は集中していなかったら聞き取れなかっただろう。俯いているので顔は見えないがきっと顔が赤く染まっているのだろう。髪の隙間から見える耳は赤く染まっていた。
かわいい、その一言に尽きる。しかたねーな、なんて思ってもいないことを口にしながらベッドに腰掛け今だに俯いているナナシの頭を撫でる。そんなに恥ずかしかったのか。
頭から手を離しナナシの顔を優しく両手で掴み上を向かせると、顔を赤くしたナナシと目が合った。しかし次の瞬間には視線を合わせないように必死に目をそらそうと動かし始めた。それが気に入らなくて額にキスをすると固まった。調子に乗って何度か額や頬にそのままキスをし続けると恥ずかしさのあまりかふるふると震え始めた。うーん、やっぱかわいいな。

「ちょ、グリーンさん!」

「おー、なんだ?」

「えっ、あ、いや、なんだではなくですね! その!」

ナナシの言葉にはやめて欲しい、が続くはずだ。しかし強く出ないのもオレを突き放さないのも嫌ではないからだろう。さすがのナナシも嫌だったら拒絶するだろうからな。キスしても許されるってことは、だいぶ好かれてるってことだよな。それは嬉しい。
腕の中に閉じ込めて再びキスをすると大人しくなった、たぶん諦めたな。このままずっと閉じ込めてたいんだけどな、まあこの部屋にはずっといてもらうつもりだが。どうにかして説得するつもり。ナナシがずっとオレの近くにいるなんて想像するだけでわくわくする。

「オレが守ってやるからな」
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