Nの城に連れてこられてから早くも三ヶ月過ぎた。逃げ出すこともできずに、城の人々から睨まれつつもここで過ごしている。Nの部屋と中庭、それからトイレと風呂くらいしか私の行ける場所はない。行動範囲が狭いとやることが限られてくる。Nの部屋で何もせずにボーッとしているか、中庭に行きポケモン……トモダチと戯れるかだ。 今日も中庭に行くと、手持ちであった子達が歓迎してくれた。自らこの子達を手放したわけではない、知らぬ間にNがモンスターボールを破壊していたからだ。手持ちの子達のボールも、空のボールもすべて破壊していた。当初はなんてことをしてくれたのだろうかと思ったが、悪気がないうえにそれが当たり前の行為だと思っているNに何も言えなかった。 それに、Nが壊さなかったとしてもこの城の他の誰かが壊していただろう。ボールが無くても私のことを慕ってくれたから救われたが、そうでなかったらと考えると恐ろしい。私には何もなくなるのだから。 近寄ってきたペンドラーを撫でつつ、中庭の中央の方へと進もうとすると拒まれた。いつもはこんなことしないのにどうしたのだろうか、巨大な体で私の進路方向に立ちはだかり進ませまいとするペンドラーを落ちつかせようと声をかける。
「どうしたの? 何かあったの?」
邪魔をするばかりか、むしろ追い出そうとするように体を押してくる。中央に何かあるのか、また傷ついたポケモンが連れてこられたかのどちらかだろう。ううむ、とりあえず中庭から出るべきか。Nがいないと私には彼らの言葉がわからないし、寂しいがあとでNと共に来るとするか。ペンドラーから離れ、部屋に戻ろうとすると後ろから声をかけられた。
「……ナナシ?」
「N」
今まで座っていたから見えなかったのだろう、私よりも先に中庭に来ていたみたいだ。Nはポケモンからするとヒトよりも自分達に近い存在だからか、中庭の中央に行くのを拒まれていない。 Nは立ち上がると、足元にいるポケモンに何か話しかけてから私を手招く。行っても大丈夫なのだろうか、ペンドラーを見上げると一歩下がり私を頭で押して中央へと向かわせようとする。……先ほどとはまったく逆の行為に何を考えているのかわからない。とりあえず、されるがままに中庭の中央へと向かっていくと待っていたNに手を握られる。
「N?」
「見て」
Nが指差した先を見ると、ひとつの卵が草でできた巣に置かれていた。その近くで二匹のチラーミーがうろうろしているということは、この子達の卵なのだろう。なるほど、子育て中のポケモンは気性が荒くなるというけどそれは卵相手でも当てはまるのか。Nが相手なら問題ないだろうけど、私はあれだもんな。仕方ない。 チラーミーは卵を暖めたり、卵を見に来た他のポケモンの相手をしたりしている。皆チラーミーの卵が孵化するのを楽しみにしているのか、そわそわしているようにも見える。空気が読めないことに定評のあるあのシビルドンですら大人しくしていて驚いてしまった。シビシラスの頃から、大人しくすることなんてなかったのに。
「ねえナナシ」
自転車で爆走して孵化させることしか知らない私は、どのくらいの時間で孵化するのかや、チラーミーが暖めるだけの熱量で孵化するのかを考えていたらNが話しかけてきた。思考を中断してそちらを見ると、相変わらずハイライトの無い目が私を見下ろしていた。
「ボクたちも卵がほしいね」
「……ん?」
今、何て言った?
「トモダチはアイシアウと卵が生まれるんだよね?」
「え、うん、そうだね」
「ボクたちはアイしあってるから、そのうち卵がもらえるかな」
「……N?」
これは、まずい気がする。
「なんだい?」
「……人間の子供がどう生まれるか知ってる?」
「トモダチと一緒でしょ?」
なんてことをしてくれたんだゲーチスてめえこのやろう。
にゃんにゃんすると生まれてくるのようふふ、なんて保健体育を教えることもできずにあの場は終わってしまった。卵はどこから来るんだろうね、という純粋なNの疑問にスワンナが運んでくるんだよと声が裏返りながら答えたのが一昨日。スワンナに卵はまだなのかと尋ねている現場を目撃してしまったのが昨日。今日、当たり前だが卵は運ばれてこない。 どうしてこんなことになってしまったのか、それはまずNの私に対する感情がLOVEだと知ってしまったからだろう。恋話好きなドレディア率いる女子達がNに教えてから自覚し始め、入れ知恵されるがままに行動し始めた。手を繋ぐ頭を撫でる抱き締めるキスをする、ドレディア達がそれ以上を知らなくてよかったと本気で思う。 中庭で私を抱き締めながら卵はまだかと待ち続けるNに、卵は来ないよとは言えない。スワンナだって忙しいとか、順番待ちだとか言って誤魔化し続けてはいるがいつまで保つのやら。最悪の事態を避けられれば良いが、ここには私の敵が多すぎる。うっかりNが他の人間に卵のことを言えば私の未来はもうどうなることやら! ぼんやりと考え事を続けていると一羽のスワンナが中庭に降り立った。Nがスワンナに反応したが、何も持っていないことに気づくと落胆する。そして私を抱き締める腕に力をいれる、何事だとNを見上げるといつもより目が暗い気がした。
「ナナシはボクのことアイしてるよね?」
「うん」
い、今のは即答できなかったら危ない質問だった……! 冷や汗をかきつつもとっさに答えられた自分を誉めていると、額にキスされる。目を細めながら、何度もされるそれを受け入れているとはしゃぐ声が聞こえた。 そちらを向くとサザンドラがいて三つの顔が笑い声をあげていて、見られていたと思うと恥ずかしい。そのうえドレディアが茂みに隠れながらこちらを見ている、とても楽しそうだ。Nは気にしていないようだが私が気になるので離れたいが、嫌な方向に考えられると困るのでおとなしくしておく。
「何でスワンナは卵を運んできてくれないんだろう……」
「他にも条件が必要なんじゃないかな」
主に、にゃんにゃん。もしくは分裂だけど、人間は分裂できないからなあ……。
「条件、か……たしかに、誰にでも卵が運ばれてくる訳じゃないしそうかもしれない」
「そうでしょ、だからまずは条件を調べてみたら?」
「……うん、そうするよ」
サザンドラがいい加減にうるさいので黙らせるために立ち上がると、人を馬鹿にするような速度で逃げていく。歩いて追い付くような速度と言うことは、私がトロイって意味だろう。一発叩いてやろうか。 サザンドラを追いかけながらふと思ったんだけど、Nが条件を知ったら私はどうなるんだろうな……もうどうにでもなあれ。 |