甲板にはすでにたくさんの人が集まっており、皆同様に顔色が青ざめている。泣きそうな表情をしている者、嗚咽を殺しながら静かに泣いている者までいる。小さな子供は状況がうまくわかっていないのか、親に抱かれて不安そうな表情はしていない。仮に泣き叫んだとしたら、と考えると恐ろしい。 一ヶ所に集められた人々を見はるために、三人のロケット団とその手持ちらしいコラッタやズバットが目を光らせている。 手持ちのポケモンを見るかぎりは、したっぱ中のしたっぱだが船を乗っとるなんてことは幹部級の人間がいなければできないだろう。今ここにいるしたっぱだけで判断して強行突破したりするのは危険だ。 おとなしく集団に混じり、目立たないように端の方に行きつつ他にも集まってくる乗客達を観察する。エリートトレーナーらしき人物もいたが、これだけ多くの人を怪我させずに守れる自信がないからか、手を出さないようだ。苦虫を噛み潰したような表情をしながら集団に混じっていった。 それから数分後、この船に乗っていた全員が集まったのかロケット団のしたっぱの一人が拡声器を片手に話始めた。
「我々はロケット団だ! 貴様らには我らの華々しい復活の犠牲になってもらう」
ざわつく人たちを脅して黙らせると、したっぱは幹部らしき人物に拡声器を渡してから一歩下がった。 幹部らしき人物は、右胸にRという文字が刺繍された黒いスーツを着ており、黄色に近い金髪をワックスで逆立てている。そばには顔に十文字の傷があるラッタがおり、乗客を睨み付けている。 大人達の不安な気持ちを敏感に感じ取ってしまったのか、ラッタに恐怖を感じ始めたのか一人の子供が泣き出してしまった。その子の親が泣き止ませようとするが泣き止まず、伝染するように他の子供達まで泣き始めてしまう。 子供の泣き声に幹部は眉間にシワを寄せ、一番最初に泣き出した子供を指差した。
「そのガキを連れてこい」
悲鳴をあげ懇願する言葉を叫ぶ親を無視して、したっぱは子供の腕をつかんで引きずる。周りの人たちは止めたくとも止める術が無く、子供から視線をそらしたり床を睨み付けたりしている。私は離れた位置でその光景を見ていた。今、私が飛び出したとしてできることは何もない。むしろ悪化する可能性の方が大きい。 引きづられ幹部の目の前に出された子供は、可哀想なくらい怯えていた。そんな子供を見て幹部は嫌な笑みを浮かべた。
「お前が生け贄だ」
背筋が粟立つのを感じた。ロケット団と言うものは、ここまで悪逆非道なのか。さすがに危ないと思ったらしい先程のエリートトレーナーが一歩踏み出した瞬間、船が大きく揺れた。 何が原因なのかはわからないが船は大きく揺れ、人々はパニック状態に陥り悲鳴をあげた。揺れた瞬間にバランスを崩し倒れかけた私は、同じくバランスを崩した誰かに体を押された。次の瞬間に私が感じたのは浮遊感だった。 浮遊感を感じながら見上げた顔は、私を押してしまった人なのか青ざめていた。海に落下していく瞬間はとてもスローモーションで、青ざめた人を見て面白く感じる余裕さえあった。悲鳴が遠くから聞こえ、それが何故か現実のものとは思えなかった。
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