黒かった視界が色づき、もとの世界に戻っていく。 私は地面に転がりながら、ぼんやりと青い空を見上げていた。視界を覆っていったモザイクや耳障りなノイズ、自分の体が氷のように溶けたことが夢だったようだ。 しかし、手に握られていた紙が水で濡れていて、あれが現実だったということを告げる。 あれは、なんだったのだろうか。体を起こすと、私より先に目を覚ましそばにいたガーディが体を擦り付けてくる。頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾をふる。 立ち上がって今の状況を確認する。体や服、鞄は濡れていないが何故か紙だけが濡れている。ガーディも濡れていないようだし、何故この紙だけ濡れているのだろうか? そういえばここは何処なのだろう。辺りを見回すと見覚えの無い空間に、潮の香り。嫌な予感。自分の予感が当たっていないようにと願いながら、そこに近づく。
「……嘘だ」
目の前に広がる真っ青な海、ぐらりとたまに揺れるこの地面は船の甲板だ。 いつのまにか船に乗っていたんだろう……まあ、気を失った間なんだろうけど。足元で自分も見たいとアピールするガーディを抱えあげて、落ちないように気を付けながら海を見せてあげる。体にぶつかる尻尾が鞭のように痛い。 まあ、いろいろと妥協して船にいることは良しとする。しかし何処に向かう船なのかもわからなければ、無賃乗車なのか否かもわからない。無賃乗船だった場合、海を泳いで逃げるしかないな……ミロカロスがいて良かった! ガーディをおろして、何か手がかりが無いかとポケットを探る。指先が何か固いものに触れたので取り出すと、鍵だった。木製の板のようなキーホルダーがついており、そこには数字が刻まれている。どうやら部屋の鍵のようだ。これで私の無賃乗船疑惑が消えた。 この状況について考えたいし、ガーディのお披露目もしたいので部屋に戻ることにした。ガーディに声をかけて歩き出すと、すぐ横を私と同じペースで歩き始めた。なんか本当に犬だな、人懐っこいし。
キーホルダーに刻まれた数字が書かれている部屋の扉に鍵を差し込み捻ると、がちゃりと鍵が解除される音がした。鍵をポケットに戻してからドアノブを捻って扉を開け、部屋の中に入っていく。ガーディも一緒に部屋に入ったことを確認してから、扉を閉める。 部屋は思っていた以上に広かった。小さいがテレビが置かれていて、ベッドもあるしソファもある。ソファのそばにはテーブルがあり、その上にはクッキーや飴がはいったカゴが置いてある。さらにバスタブは無いがシャワーが設置されていた……トイレが無いのは、すこし残念だが。 これならミロカロスが干からびる心配がない。扉を開けたままのシャワー室にミロカロスを、コモルーとキルリアは部屋の中にモンスターボールから出す。三匹ともあの不思議な体験と、いきなり場所が変わったことに驚いていた。 キルリアが私に近づいて来たが、そばに知らないポケモン……ガーディがいて驚いて逃げてしまった。コモルーの後ろに隠れながら様子をうかがっている。あまり人見知りするような子ではなかったのだが、ガーディには驚いてしまったらしい。ガーディは何故逃げられたのかわからないようで、寂しそうに鳴いた。
「この子はガーディ。あのタマゴから孵った子だよ。これから一緒に旅をする仲間だから、仲良くしてあげてね」
慰めるようにガーディの頭を撫でながらそう言い、キルリアを手招く。コモルーの後ろから出てきたキルリアは恐る恐る近づいてきて、私の手を握りながらもガーディに触れた。ガーディは吠えたりはせず、ただ静かに尻尾をふった。 いきなり噛みついてきたりしないか心配していたのか、キルリアは安心したようだ。静かにことの成り行きを見守っていたコモルーとミロカロスも近づいてきて、ガーディに挨拶しているように見える。仲良くできそうで安心した。一人満足していると、ミロカロスにすりすりとなめらかな体をすり付けられた。ミロカロスともだいぶ打ち解けることができたし、私は幸せだ。
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