(リメイク版設定)
この町のジムリーダーであるマツバさん曰く、夜の鈴音の小道はライトアップされていて紅葉が美しいそうだ。そんなこと教えてもらったら行くしかないだろうと思い夜を待ってから行くと、世紀末にいそうなモヒカンに絡まれたでござるの巻。 世紀末で汚物を消毒していればいいのに。骸骨や謎の紋様をかたどるごてごてでギラギラのアクセサリーが、この鈴音の小道にひどく不釣り合いだ。 たしかにここは観光地として有名ではあるが、まさかこんな和の空間に世紀末使者があらわれるとは思っていなかった。しかも運悪くモンスターボールはすべてポケモンセンターに預けてしまっている。まさかこの平和な町で、絡まれるとは思っていなかったので油断していた。 ピッピ人形を投げて逃げられるはずもなく、私は目の前に立つモヒカンから視線をそらし、美しい紅葉が地面に落ちていく様子を見つめている。誰か助けて、モヒカンめっちゃ近い。めっちゃ近いモヒカン。
「姉ちゃん一人なんしょ? いっしょに遊ばね?」
「……」
遊ばねーよばーか、そう返す勇気は私にはない。モヒカンの言葉を無視していると、舌打ちが聞こえた。舌打ちしたいのはこっちの方だ、ちくしょう誰か助けて。
「無視してんじゃねーよ!」
反応を示さない私に苛ついたモヒカンは手を大きく振り上げた。すぐにキレるなんて最近の若い子はカルシウムがたりないのね、なんて内心では余裕があるが体が金縛りを食らったように動かない。私涙目。 風を切る音に目を瞑って身を強張らせていると、何かがぶつかるにぶい音がして、ぎゃっと悲鳴が聞こえた。来るであろう衝撃に備えていた私は恐る恐る目を開けると、地面に転がったモヒカンが視界に映った。いきなりのことに驚いていると、後ろからゲゲッと最近聞きなれた笑い声がした。 振り向くとそこにはゲンガーが立っていて、ゲゲッと笑い声を発しながらぴょんぴょんとはねている。ゲンガーは私が無事なのを確認すると、後ろを振り向き誰かいないか探しているかのような素振りを見せた。 やって来たのは走っているせいかすこし呼吸を乱したマツバさんだ。いつも巻いているマフラーが動く度に舞い、金糸の髪が踊る。このゲンガーはマツバさんのゲンガーだったのか。 マツバさんを視認した途端、金縛りが解けたかのように動けるようになり慌ててモヒカンから距離をとる。ゲンガーが私をかばうように前に立ってくれ、後ろからいつのまにいたマツバさんに抱き締められた。驚いて振り向くと、息を乱したマツバさんは呼吸を整えるとにっこりと笑いながら言った。
「先にゲンガーと帰っていなさい。ここはオレにまかせて」
「でも……」
「ポケモンつれてないんだろう? ほら、ゲンガー連れていってあげなさい」
プレイヤーにダイレクトアタック仕掛けられたときにマツバさんの盾くらいにはなれそうだから、残ろうとしたのだがゲンガーに手を引っ張られてその場を去ることになった。歩きながらちらちら振り替えると、私が見ていることに気づいているのか手をふってくれた。余裕ありそうだ。
マツバさん宅の広いお屋敷の一室でゲンガーと戯れながら帰りを待っていると、音をたてずに障子が横に動いてマツバさんが入ってきた。何処にも傷は見当たらず、服も汚れていない。安堵の息を吐くと優しく頭を撫でられた。 私の腕の中にいたゲンガーがゲゲッと笑うと、こっちも撫でろとマツバさんの腕をつかむ。超可愛い。マツバさんも同じことを考えたのか、すこし頬を緩ませながらゲンガーを撫でた。ゲゲッと嬉しそうに笑うゲンガーを間に挟んだまま、私はマツバさんに抱きついた。 私とマツバさんの間に挟まれゲゲッと楽しそうな声をもらすゲンガーに、いきなり抱きつかれたことに戸惑いを隠せていないマツバさん。 いきなり抱きつくとかなんだよ痴女かよという感じだが、私なりのマツバさんへの感謝を表している。たしか前に、ハグとか人との触れ合いが好きだって行ってたし。ほら、私って何も持ってないから何かをあげるってことできないんだよ。貧乏って悲しい。
「ナナシ? どうした、どこか痛いのか?」
「……迷惑かけて、すいませんでした」
「ん?」
小さな声だったがこの距離でマツバさんに聞こえないはずが無い。わざと聞き返しているんだと言うことに気づいて、恥ずかしさに顔が赤く染まる。赤く染まった顔が見られないように、マツバさんが巻いているマフラーに顔を埋める。
「ありがとうござい、ました」
泣いている子供をあやすように、優しく背中を撫でられる。自覚している以上に先程の体験は怖かったらしく、眼から涙がこぼれそうだ。こちらに来てはじめてあんな人に絡まれて、しかもポケモンをつれていなかったからどうすればいいのかわからなかった。マツバさんが来てくれなければ、危なかったと思う。生命の危機的な意味で。
「ナナシが無事ならそれでいい。ほら、早くおやすみ」
「……おやすみなさい」
催眠術にかけられたように、思考がふんわりとして徐々に何も考えられなくなる。目蓋がやけに重たくて、抗う暇もなく眼を閉じてしまった。遠くなっていく意識の中、マツバさんの笑い声が聞こえた気がした。 |