2020/02/29 22:21

 花束で腹は膨れない。別に贈られたわけでも、自分で買ったわけでもないが帰宅途中に数々の花束を見てそう思っただけだ。
 そういえば今日はバレンタイン。だからもうすぐ日付が変わるというのに、こんなにも花束を抱いた人がたくさんいるのだろう。花束を売る露店で働くマラカッチは忙しなく動きまわっている。
 バレンタイン。贈る相手も送ってくれる相手もいないけど嫌いではない。この時間帯になると、綺麗にラッピングされたチョコが用済みとばかりに安売りされていたりするから。
「ハッピーバレンタイン、ヨノワール!」
 バレンタインらしく綺麗で繊細なデザインの手提げ袋を揺らしながら玄関を開けると、ヨノワールの赤い眼と体の黄色い模様が暗闇にぼんやりと浮かんでいた。
 いつもこれに迎えられてるけど、改めて見ると怖いな。なんか普通にホラーじゃん。
 靴を脱ぎ捨てて部屋の電気をつけると、ヨノワールは部屋の真ん中あたりにからじっとこちらを見つめている。朝もあのあたりにいなかった? もしや動いてないな?
 ポケモンが家でお留守番してるのが見れるカメラが流行ってるけど、ヨノワールに仕掛けても動かなくて面白く無さそう。
「チョコ買ってきたから食べよ。付き合って」
 チョコの入った手提げ袋をヨノワールに突き出しながらふと思う。これヨノワールにチョコあげたことにすればいいじゃん。そうしたらひとりぼっちのバレンタイン卒業じゃん、やったね。
 ヨノワールの手を引いてベッドに腰かけると、一緒に座ってはくれないが大人しく目の前で浮かんでいる。じっと私を見下ろす目は何してんだこいつと言わんばかりで、しぶしぶ付き合ってくれているのがよくわかる。
 もう少し我慢してくれ。ひとりぼっちのバレンタインを卒業したいんだ。
「はいこれ」
 綺麗にラッピングされていた包装紙をびりびりに破り取って蓋を開けると、木の実や小さなマシュマロなどがトッピングされたカラフルなチョコが並んでいる。それを箱ごとヨノワールに差し出すが指のひとつも動かさなかった。
 この部屋に来てから何か食べる様子を見たことが無いし、もしかしたらどうすればいいのかわからないのかも。ヨノワールの視線はチョコではなく私に注がれている。
「食べてーたぶん美味しいから」
チョコをひとつ手に取り差し出してみるも腹部の口は開かない。むしろ視線が険しいものになった。離れて行かないところから怒っているわけではなさそうだが、どうしてそんなことをしなくてはいけないのかがわからないのだろう。ヨノワールからすれば、私の傍にいる時点で付き合ってはいるのだから。
 何も考えないで食べればいいのに。まあでも、せっかく付き合ってくれているのだから説明はしたほうが良いだろう。
「バレンタインだよ、知らない? 恋人に花とかチョコとか贈るの」
 そう言いながらふと思う。もしや恋人という言葉も知らないか?
「愛し合っているふたりのことを恋人っていうんだよ」
 なんかちょっと違うような気がするけどまあいいや。だいたいあってるし。
 あとこれは用済みになって安売りされたチョコを、一人で食べるのが虚しいから付き合ってもらってるだけだけど、それは言わなくてもいっか。言った方が虚しくなる。
「ほら、食べて」
 ようやくぐわりと開いたヨノワールの口にチョコレートをひとつ入れると、咀嚼するような様子は見られないが食べてくれたようだ。
 もうひとつ、と差し出してみたが二度目は無いようなので自分の口に放り込む。もとの値段は高いものだからかやはり美味しい。甘すぎず苦すぎず、トッピングされている木の実が良いアクセントになっている。
 そういえばヨノワールは味とかわかるのだろうか、とりあえず咀嚼する様子が無いから食感はわからなそう。今見えた口のなかは空洞、というよりもぽっかりと空いた穴みたいに黒いだけで何も見えなかったし、どうなってるんだろうな。そもそもあの口のなかはどこに繋がっているんだろう。
「ちょっともう一回口あけてみてよ」
 その言葉にヨノワールは静かに首を横に振る。だめ? だめなんだ。ああそう。まあいいやチョコ食べよ。

 ***

 暗い夜道をまるで道案内するかのようにヒトモシが先導する。時折ちらちらとこちらを見てはちゃんとついてきているかを確認し、目が合うと嬉しそうににこっと笑みを浮かべるその姿はかわいらしい。
 頭に灯されている紫色の炎は風に吹かれるたびにゆらりと揺れるが消えることはなく怪しい美しさがある。
 いやーあれ私の生命力吸って燃えてるんだよな。普通に道自体はあっているし、このあたり街灯少なすぎて暗いし人通りもないし仕方ないかなって思ってたけど、なんか割に合わない気がしてきた。
 ただでさえ疲労困憊な社畜の貴重な体力、もとい生命力こんなことで消費していいのだろうか? いや、いいはずがない。家に帰ったら私のかわいい相棒と遊ぶんだ、そのための体力は残しておかないといけない。遊んでくれるかわからないけど。
あと普通に明日も元気に社畜しないといけないから朝起きれなかったらすごい困る。したくて社畜しているわけではないけど、生きていくためには仕方がない。
 ヒトモシには申し訳ないが、これ以上の道案内は不要だ。そして私の生命力を気軽に吸い取らないで。
「ここまででいいよ」
 足を止めそう声をかけると、ヒトモシはこちらに振り向きながら首を傾げた。それからどうして? と言いたげな表情を浮かべながら足元へと近寄ってくる。じっとこちらを見つめる黄色い瞳と視線を合わせるためにしゃがんだ瞬間、ぐらりと世界が揺れた。
 おっとこれは、もともと体調が良いとは言えないところをヒトモシに生命力吸われたからだな。なんだか頭がふわふわするし、自覚すればするほど気持ち悪くなってきた。これは早いうちに離れたほうが良さそうだ。
「この先の道はわかるし、ひとりで行けるよ」
 しかしヒトモシは納得していない様子で、嫌嫌と全身を揺らすことでアピールしてくる。知らなければやっていることはただの道案内で、優しいポケモンに見えるけど私は知っているからなあ。
 無視して横を通り抜けようとすると、素早く動いて道を塞いでくる。さてどうしたものか。下手に機嫌を損ねるとどうなるかわからない、特にゴーストタイプのポケモンは他のタイプと比べて人間と考え方が大きく異なる部分も多い。でもなんて言えばいいかな、うまく働かない頭で考える。早く帰りたいからと伝えればいいだろうか、それとも。
「あんま生命力吸われたくないんだよね」
 あ、やっば。自分の失言に気づいた時にはもう遅く、ヒトモシの先ほどまで浮かべていた笑みが一転、消え失せた。
 急激に燃え盛る紫色の炎に対して私の身体から力が抜けていく。しゃがんでいることすらも難しくなり、ぼやけていく視界で炎を見つめながら倒れこんだ。 ちくしょう、こいつばれてるってわかった瞬間に化けの皮はがしやがって。ミミッキュを見習え、あの子は人前では脱ごうとしないぞ。
いやでもほんとこれどうしよう。誰か助けを呼びたくても近くに人がいた気配はない。それに私のスマホにロトムは宿っていないから、連絡を取りたくても手どころか指先ひとつ動かす事さえできない。
 瞼がひどく重たく眼を開けていられなくなる。これはちょっとやばいかもしれない、命の危機を感じる。そんなことを思っていると、ヒトモシの悲鳴が聞こえた。
悲鳴をあげたいのはこっちの方だ。そう思いながら声のした方を見ると、だんだんと遠ざかっていく白い背中とだいぶ小さくなった紫色の炎が見えた。
「……たすかった」
 ゴーストタイプ、気軽に生き物を殺そうとするのやめてくれ。
 起き上がれずにそのまま倒れたままでいると地面に影が差した。視線を向けると表情の変化はみられないが、不機嫌そうな雰囲気を漂わせるヨノワールがいた。
「迎えに来てくれたの? さすが私のヨノワール」
 家で留守番してもらっていたが、帰ってこないので様子を見にきたのかもしれない。実際のところはどうなのかはわからないが、ナイスタイミング。もう少し遅ければたぶん死んでた。
 ヨノワールは私の言葉にひとつ頷いたが、じっと倒れている私を見つめるだけで手を差し出したりはしない。トレーナーが倒れてるんだから手を貸してくれたっていいと思う。追い払ってくれたのは助かったから、文句は言えないけど。
 さっさと立てともそのままでいろともヨノワールは言わないが、何かを考えているように見える。たぶんさっさと立てだな。
「立つよー立つ立つ、ちゃんと立つからね」
 口は回るようになってきたけど、どうにも身体を持ち上げる気力や体力は戻らない。ヨノワールに向かって起こして、と両腕を伸ばしてみたが反応はなくただこちらを見下ろすのみだ。もうちょっとしたら立とうかな、とぐだぐだと考えているうちに時間は過ぎていく。
 このまま地面に倒れたままでいるわけにはいかないので、気力を振り絞ってどうにかどうにか立ち上がる。すこしばかりふらついてはいるが、この感じなら歩くこともできそうだ。
 ゆっくりとだが一歩二歩と踏み出すと案外まっすぐ歩けている。この調子ならすぐに家までたどり着けそうだ。家に帰ったらすぐに寝よう、でもその前にシャワーを浴びてご飯も食べないと。面倒だなぁ。
 そんなことを考えながら歩いていると、ヨノワールが腕を伸ばしわしゃわしゃと頭を撫でてくる。
「えー誉めてくれてるの?」
 その言葉にヨノワールはうなずく。立ち上がって歩くことを誉められるなんて、赤ん坊くらいにしか許されない特権だと思ってたのに。相変わらず表情に変化はなく、何を考えているのかはわからないが、不快ではなくむしろ嬉しいくらいだ。
 明日も仕事だ。会社の人に誉められても嬉しくないが、ヨノワールに誉めてもらえるならがんばれるかもしれない。

 ***


 ぬいぐるみが落ちている。路地裏に落ちているそれは、捨てられたのか誰かの忘れ物なのかわからない。近づいて見てみるとジュペッタのようだけど、この地方では見られないポケモンのはずなのでジュペッタを模したぬいぐるみなのだろう。
 それにしても趣味が悪い。怨念がたまってポケモンになったぬいぐるみをぬいぐるみにするのはいいんだけど、それを路地裏に置いておくのはやめようよ。
 しかも等身大なのか大きいし。小さめのやつならまだしもこのサイズだといたずらにしか思えないけど、きっと忘れものだと思うことにする。さすがにここに捨てていく人はいないでしょたぶん。
 人通りが少なくなってきたとはいえ、夜の路地裏にこのジュペッタのぬいぐるみが置かれていたらびびる人がいるかもしれない。親切な私がわかりやすいところに置いておいてあげよう。そうしたらたぶん、明日探しに来た人が見つけやすいはず。忘れ物じゃないかもしれないけど。
「よいしょっと」
 大きめだからそれなりの重さがあるだろうと予想はしていたけど、思ったより重たい。もしや等身大なうえに重さまで再現してる? そんなもの忘れていくんじゃない。そもそも落としたら確実に気がつくでしょ、仕事帰りの私でも落ちているのに気がついたんだから。
 抱き上げたときになにか違和感があり、思わずぬいぐるみの顔をじっと見つめてみたが変わった様子は無い。気のせいか? ヨノワールのものとはすこしちがう赤い眼は私を見つめているが、ただそれだけだ。
 眼がぎょろっと動いたり、ファスナーでできた口が開いたりとかそんなことは起こらない。ぬいぐるみなんだし、当たり前だよね。
 路地裏から表通りへ持ち出し、建物に寄りかからせるようなかたちで置く。うーん、やっぱり違和感ある。なんだろうな。その正体はわからないがじっと見つめていると、なんだかかわいく思えてくる。でも落とし物だろうから、ちゃんと持ち主に返さないと。
「それじゃあね」
 ぬいぐるみに話しかけるなんて私にもかわいいとこあるじゃないか。ついでに頭を撫でると中身が綿だからかぐらぐらと揺れている。
 さてそろそろ帰るか。ぬいぐるみを置いて進んでいく。今日の夜は外で過ごすことになるだろうが、あの大きさだからすぐに持ち主が落としたことに気付いて探しに来るだろう。良いことをした。これはヨノワールに褒めてもらわなくてはならない。
 
 そう思っていたんだけどなあ。
 何故だか目の前に置いてきたはずの、私の歩いてきた道にあるはずのぬいぐるみが道の先にいる。しかも道の端にではなく、真ん中に堂々と置かれている。一日に二度も、しかも同じポケモンの同じ大きさのぬいぐるみが落ちているとは思えない。
 これはちょっと、まずいかもしれない。この地方にはいないだろうと何も考えずにかかわったのが悪いけど。
 見なかったことにしてぬいぐるみ、ではなくジュペッタを避けるように見ないようにして通る。
 たしかぬいぐるみを捨てた元の持ち主を捜しているんだよな、それなのにどうして。もしかして一度持ち上げて置いただけで元の持ち主認定? その認定基準緩すぎない? もっとちゃんと元の持ち主のこと怨んでよ。
 私のことじゃなくてさ。
 避けて通った先に再びジュペッタが現れた。家はもう少しでつくから、このまま家に帰ってヨノワールにどうにかしてもらうのもありなのかもしれない。しかし不機嫌になるヨノワールの姿が簡単に予想できるので、自分でどうにかしたほうが良さそうだ。褒めてもらえなくなってしまう。
 うーん、どうしようか。少し考えてみたが、妙案は浮かんでこない。
「こんばんは」
 試しに声をかけてみたがもちろん返事はなく、こちらを見つめている眼から表情や感情を読み取ることはできない。これならヨノワールの方が感情豊かだ。表情が変わることはないけど、纏う雰囲気とか眼である程度は読み取れるようになったから。
 うまく言葉を選ばないと怨まれるよな。そう思っていい感じの言葉を考えてはみるものの、何も浮かんでは来ない。簡単にはうちに来る? なんて言えないし、だからと言って冷たく突き放すのも怨まれそうで難しい。
 じっと見つめ合っていると、やっぱりかわいく見えてくる。ジュペッタにはそんな人の好意を操るような特性はなかったはずだから、私が勝手にそう思ってるだけなんだよな。このまま見つめ合っていたらきっと、かわいい! 癒されるから連れて帰ろう! なんてことになってしまう。たぶん今よりもっと疲れていたらそうなっていた。今はまだちゃんと頭が働いているので、さすがにそれは避けた方がいいことがわかる。
「君は自分の持ち主のところに帰りなよ」
 期待はしていなかったがやはり返事はない。しかし、だらりと垂れた腕がわずかに動いたように見えた。
 怒ったか? 思わず後ずさりをしてしまったが、ジュペッタはそれ以上動く様子はない。
「私に拾われても嬉しくないでしょ? 元の持ち主の代わりにはなれないよ」
 その言葉にジュペッタは動いた。立ち上がったかと思うとこちらに向かって歩いてくる。もしや気に入らないから一発殴っておこうという算段か? 普通に怪我するし下手したら死ぬのでやめてほしい。
 思わず身構えてしまったが、ジュペッタはその腕を振り上げることはなかった。そのかわり、私に向けて頭を下げている。何だろうと思わず首をかしげてしまったが、少しの間があったがふと思いつく。頭を撫でてほしいのか。
「がんばってね」
 そう言いながら頭を撫でると満足したのかジュペッタは何処かへと去って行った。きっと元の持ち主を捜しに行ったのだろう、見つかればいいけどこのガラルは広いから難しいかもしれない。頑張ってほしい。よし、私も帰ってヨノワールに褒めてもらおう。
 そういえば怨んでいる元の持ち主を捜して、見つけたらどうするんだろう?

 ***

 腕にフワンテの細長い紐のようなものが絡み付いてほどけない。めずらしくふわふわと町中を漂っておると思ったら、こちらに気がつくと近寄ってきて腕を引っ張り始めた結果がこれだ。場合によっては子供すらも引っ張っていけないというのに、大人なんて無理に決まっているのに何故挑戦してしまったのか。
「なーんでこんなことするのかな」
「ぷわわ」
「ぷわわじゃない」
 このまま出勤するわけにもいかず、絡まっている紐をほどこうとしてみるがうまくいかない。風に煽られたフワンテが抵抗できずに動きまわってやりにくく、そのうえほどこうとすればするほど何故か最初よりもひどくなっていく。たぶん引きちぎるか、ポケモンセンターに駆けこんでどうにかしてもらうしかないだろう。
 早めに出勤し昨日終わらなかった仕事を進めようと思っていたためまだ時間はあるが、だからといってのんびりしていて良いわけでもないのでどちらか決めるしかない。自力でほどけるまで格闘していたらそれこそ遅刻してしまうだろう。それは嫌だ。怒られるのはもちろんのこと、一日中機嫌が悪い上司にびくびくとおびえながら働きたくはない。
「引きちぎってもいい?」
 その言葉にフワンテはすこし考えるような素振りを見せてからするりと離れた。先ほどまで絡まっていたはずの紐はすんなりとほどけ、風に煽られ抵抗することもなく飛んでいく。
 最初から自力でほどけるのに、できないふりをしていただけのようだ。しかしあいつなんで飛ばされてる最中にもこっちをみてるんだ?
 
 帰りに同じ道を通ったら朝と同じであろうフワンテが待ち伏せていた。
 一匹で失敗したからって二匹で、しかもフワライドを連れてくるのはどうかと思う。
「ぷわわ」
「やめろやめろ」
 朝のように腕に絡みつくと、フワライドに向けてこっちに来いと言わんばかりに鳴く。ただ浮かぶだけだったフワライドは、フワンテの呼びかけに答えてこちらへと近づいてくる。
 フワンテだったら大人を運ぶ力もないし振り払うこともできるからどうにでもなるが、フワライドはちょっとまずい。人やポケモンを乗せて飛ぶことが出来るポケモンで、そのうえ行き先を自分で決めることが出来ず風に流されるだけだとなると捕まったらおしまいだ。
 さすがに誰も知らないところに連れていかれたくはない。今日はせっかく早めに帰れたというのに。ヨノワールとゆっくりすると決めたんだ。
 夕日を背負ったフワライドの影がこちらに近づいてくるにつれて大きくなっていく。フワンテは朝のリベンジが出来るからか嬉しそうに鳴き声をあげている。焦っているせいもあるが、フワンテの紐はほどけない。自力でほどくのは難しそうだし、このまま走って家まで逃げてしまおうか。ヨノワールに何とかしてもらおう。追いかけられるだろうが、風に乗って移動するフワライド相手なら風上に向かって走ればなんとかなるはずだ。
「よっしゃ逃げよ」
「ぷわわ!」
「へへ、私のヨノワールは強いんだからな」
 家まではそう遠くはないので、きっと追いつかれる前にはたどり着けるだろう。走り出すと腕に絡みついたままのフワンテが抗議の声をあげたが無視。
 足を止めずにうしろを確認するとフワライドはついてきてはいるが、動きはゆっくりで追いつかれることはなさそうだ。
 ……そういえば、移動する際に使用するガスの原料は人間やポケモンなんだよね。それを今消費しているということは作成するために原料が必要になるってことだ。やばいな捕まらないようにしなきゃ、こんなことで死にたくはない。
 
 家についたとき、ヨノワールはひどく不機嫌そうな雰囲気を纏っていた。帰るのが遅くなったからなのか、それともフワンテをくっつけて帰ってきたからかはわからないがフワライドから逃げることはできているのだから褒めてほしい。
 ヨノワールはもっと私のことを甘やかして褒めて、立ちあがったことを褒めた責任を取って。あとこのフワンテを取って。
「ほどけないの」
 ずいとフワンテが絡まっている腕をヨノワールへと差し出す。威嚇しているのだろうか、フワンテは身震いをしながらひとつ鳴いたが、先ほどまでのぷわぷわというちょっとかわいらしい鳴き声とは違いどこか悲鳴にも似ていた。
「取ってもらってもいい? なんかうまくいかないんだよね」
 ちゃんと取ろうとする努力はしたんだよ、でも片手だとうまくいかないしさ。並び立てる言い訳をちゃんと聞いていたのかいなかったのかはわからないが、静かにとでも言いたげに大きな指先で私の口に軽く触れた。
 それからその指先をフワンテへと向けたと思ったら、ちょんと軽く触れる。その瞬間、フワンテの紫色の身体が弾け、風船が割れたかのような大きな破裂音とともに悲鳴があふれだした。
 人間の、ポケモンの、フワンテのなかに詰め込まれていた魂の叫び声だ。
 先ほどまで腕に絡みついていたフワンテの姿は跡形もなく消えており、腕には紐が巻かれていた跡がうっすらと残っているだけだった。
「……ありがとう」
 殺さなくても、と思わなかったわけではない。でもほどいてくれと頼んだのは私だ。私がヨノワールに殺してくれと頼んだようなもの、なのだろう。
 ヨノワールは私の言葉にひとつ頷くと、キッチンを指さした。早くご飯を食べろということだろう、そうだね生きるためには食べないと。

 ***

 そろそろ日付が変わりそうな頃に家に帰ったらなんかめっちゃゴースが家にわいてるんだけどなんなのこれ。たくさんのゴースに囲まれるヨノワールは悪の親玉感があって面白いけどこの状況は面白くない。
 なんでこんなことになってるの? もしや我が家を廃墟だと間違えているの? たしかに新築でもお洒落なデザイナーズマンションでもないが、それなりに快適に暮らせる程度の家なのに。
「解散! 解散だ! 散れ散れ!」
 ガスを吸わないように服の袖で鼻と口を塞ぎながら、急いで窓を全開にしてキッチンの換気扇も回す。それから部屋中の扉を開けながら暗い所が無くなる様に電気をつけてまわり明るくする。
 吹き込んでくる風と、明るくなった空間から逃げ出そうと窓や開けっぱなしにしていた玄関の扉から次々と出て行く。
 それでも棚の下にある影や見えづらいところに残っていたりするので、懐中電灯で照らしていく。するとゴースたちはまぶしっ、と言った感じで目をつぶったまま外に出ていく。さっさと出ていけ、何よあいつー空気読めなーいみたいな顔をするな散れ散れ。
「あっ」
 やめろ、壁をすり抜けてとなりの部屋に行くな。うちでわいたやつだとバレたら私が怒られる。そう思った瞬間壁越しに悲鳴が聞こえたので、とりあえず頭を下げておいた。そっちに行くなって言わなくて良かった。どうかうちから行ったゴースだと気づかれませんように。
 そんなことをしている間も、ヨノワールは何もせずにただじっと私を見ていた。一緒に追い出してくれればいいのに、というかそもそもゴースを家のなかにいれるんじゃないよ。何を普通に侵入されてるんだよ。窓全開にしたせいか部屋がめっちゃ寒いじゃないか。
「ヨノワールも追い出してよ」
 ヨノワールはただじっとこちらを見ているだけで、動こうとはしない。これは言っても無駄だな。
「……塩まいとこ」
 カントーではゴーストタイプが出現すると塩をまくらしい。理由はよくわからないし、料理に使う塩をまくことでどんな効果があるのかもわからない。なんか昔、本で読んだ気がするけどあの本自体も怪しかったからな……。
 作法がわからないので、あとで部屋を掃除するのが面倒にならない程度に塩をまく。こんなひとつまみの塩をまいたところで何になるんだろう。おまじないみたいなものなのかな。
 悪ふざけでヨノワールに向けて塩をまいてみたら、嫌がる素振りすら見せずにこいつ何してるんだと見ているだけだったので、たぶんこのおまじない効果ないよカントーの人。塩を無駄にしただけだ。もういいや窓閉めよう。
「……ん?」
 窓を閉めている途中、ふと自分の影が不自然に動いていることに気がついた。私が動いたときに影も同じように動くのが当然なはずなのに、何故だか勝手に動き回っている。影になにか入っているようだ。
 ……そういえばさっき、目測を誤って影に向かって塩をまいたな。そりゃしょっぱくて暴れたくもなるよな。追加で影に向かって塩をまいてみると、さらに動きが激しくなった。
 影に入るポケモンと言えばゲンガーだ。つい先ほどまでここには進化前のポケモンであるゴースがうじゃうじゃといたわけだし、ゲンガーが混ざっていたとしてもおかしくはないだろう。影にはいられたのにまったく気が付かなかったけど。まあそれはいい、人間にはできることとできないことがある。だから計算のミスとか入力のミスとかも仕方ない。
「ちょっと出てってよ」
 試しに影に声をかけてみたものの、笑い声が返ってくるだけで出てくる気配はなかった。
 どうしようかな、また塩でもまいてみようか。出てくることはないだろうけど嫌がらせはできるはず。
「お、どうしたどうした」
 悩んでいると、じっとしていたヨノワールが近づいてきた。そして影に向かって腕を伸ばす。フワンテのように破裂させるつもりなのだろうか。破裂させるのなら床を傷つけないでうまいことゲンガーだけにして欲しい。
 しかし、ヨノワールが触れるよりも先に影からゲンガーが勢いよく目の前に飛び出してきた。それと同時に部屋の電気がすべて消え真っ暗になり、何も見えなくなる。
「ヨノワール!」
 反射的に名を呼んだが、返事よりも先に腕に激痛が走り寒気に襲われる。ああ、くそ、どくどくか。死に至るという舌で舐められなかっただけマシだろうか。額に脂汗が浮かんできて、まわる視界に立っていられなくなり座り込むと近いような遠いようなところからゲンガーの笑い声が聞こえてくる。
 暗闇のせいで何も見えないが、物が壊れる音や空を切る音からヨノワールとゲンガーが戦っていることがわかる。バトルなら指示をださなくてはいけないのだが、舌と唇がしびれてまともにしゃべることができない。それどころか、だんだんと力が入らなくなっていき、座っていることすらも難しくなり床に倒れこむ。
 きっとヨノワールのことだから私の指示なんてなくても動けるだろうが、何が起きているのかわからないのは不安になる。しかしヨノワールの名を呼びたくても口が動かず呼ぶことが出来ないため、音から状況を把握しようとすることしかできない。
 薬瓶が割れる音、ゲンガーの笑い声、それから、電気がついた。眼を動かし部屋の様子を確認すると、とても荒れているがゲンガーの姿は見えずヨノワールがじっとこちらを見下ろしているだけだ。
 追い払ってくれたのか。お礼を言おうとしても口は相変わらず痺れているし、起き上がろうとしても力は入らない。ヨノワールって救急車呼べたかな。喋れないからダメか。どうしようかと悩んでいると、ヨノワールが口元に何かを押し当ててくる。甘い匂いにこの味は、モモンの実だ。買っててよかったモモンの実。
 一口かじるとじわじわと体に力が戻ってくる。これなら少し時間が必要だが、立ち上がることができそうだ。でもこの部屋今から片さないといけないの面倒だな……。
 つかれた。

 ***

 週休2日とかいいながら休みなく働かされる弊社はくそ。きっと週休2日の意味をご存じない。週の間に1日以上の休みがあることを週休2日と言うんだよと上司に教えてさしあげたいけど、残念ながら私にはその勇気がなくバンバドロのように働かされた。
 そのあげくに「なんで休んでないの? ちゃんと休んでもらわないと私が怒られるんだけどわかってるわけ? でも仕事はちゃんと終わらせなさいよ」と連勤10日目に言われて私はうおわああああ! 上司うおわああああああ! その場で暴れなかった私はえらい。
 連勤明けだからか体は重いし節々は痛いし頭も痛いし何もかも体調が悪いけど、なぜだか無性に海が見たくなった。母なる海……カイオーガ、局所的に弊社を沈めてくれ……ルギアでも良い。
 しかし海はとおい。別に行けなくもないけどなんか面倒だったので、間をとってキルクスの入江へとアーマーガアタクシーを利用し向かう。めっちゃ快適アーマーガアタクシー大好き。弊社の571倍くらい好き。ちなみにヨノワールは普通に出かけるの嫌がっていたので無理矢理引きずっていった。
 近くにあるスパイクタウンには降りられないので、その手前で降ろしてもらい歩いて入江へと向かう。その道中でタタッコがめちゃくちゃ腕を振り回してくるので目を合わせないようにする。
 私は見ていないから私を見るな。ただでさえ弊社と一方的なバトルをしてるのに休みの日にまでバトルしたくない。そう考えると一人で腕を振り回してるタタッコ私とそっくり。親近感わいちゃう。でも来ないで。
 そうしてたどり着いた入江は、めちゃくちゃ寒かった。寒中水泳無理心中入水自殺。思い浮かぶ言葉はろくでもない。
「さむーい!」
 ある程度の寒さは覚悟していたけど、予想していたよりも寒くてなめててすいませんでしたという感じだ。
 巻いていたマフラーに顔を埋めて寒さに耐えながら海を眺めていると、泳いでいる人の影がとおくにちらほらと見える。 誰も彼もこちらに向けて手を振っているが、申し訳ないが振り返す元気はないきっとあれは私と別の生き物なんだなと思うことしかできなかった。
「あの人たち元気だね」
 横で浮かんでいるサマヨールに声をかけたが、興味があるのか無いのかただじっと影を見ているだけだ。手を振り返すとかしたらいいのに。私はしないけど。
 海が見たくてきたけど、こんなに寒い思いはしたくなかったなぁ。でも海きれい。入江だからあまり広くはないけど、これだけでも満足だ。寒いけど。
「あの」
 ぶるぶると震えながら海を眺めていると、声をかけられた。なんだろうと振り向くと、やたらロックな格好をしている人がいた。
 黒とピンクを基調としたジャケットに、髪の毛はショッキングピンクのモヒカン、なぜだか首からブブゼラをぶら下げている。かつあげかと思い、思わず逃げそうになったがその前に相手が口を開く。
「大丈夫っすか? 顔色悪いし……」
「え」
「いやなんか、ずっと海見てたんで気になったけん……ちょっとやばいかなって」
 え、普通にいい人じゃん……。自殺しそうだと思われたみたいだけど、まあこの寒いなかじっと海見てたら勘違いされてもおかしくないよな。顔色が悪いのも事実だし。
「あ、すんません! 失礼でした!」
「いやいやいや! 顔色悪いの事実なんで!」
 わあわあとお互いに謝罪を繰り返していると、びゅうと強く冷たい風が吹いた。思わずぶるりと身体を震わせると、寒いっすねと言葉が返ってくる。そうですね。
 男性はたまたま出かける途中に私の姿を見かけて声をかけてきたそうだ。
 そしてあのやたらロックな格好は、エール団というポケモントレーナーを応援するための組織に所属しているかららしい。布教として、スパイクタウンの現ジムリーダーと元ジムリーダーのステッカーをもらった。真顔だからかなんか証明写真みたい。これは部屋に飾っておこう。
「スパイクタウンにも寄ってってくださいよ、良いとこやけん。小さいけどカフェもありますんで」
 そう言って指差すのはスパイクタウンの門となっているシャッターだ。ここからだと上の方しか見えていないが、それでも年期が入っているのがよくわかる。何度か行ったことがあるが、いつも中途半端にしか開いていないシャッターの入り口は今日も中途半端なのだろうか。
 あんま映えるとこは無いけど、と言い残して去っていった男性に気の聞いた言葉をかけることができなかった。最近ゴースがわいたうちより映えると思いますよ! とか言った方が良かった気がする。いやでもこれドン引きされるかもしれない。どうなんだろう。今の精神状態でジョークがすべったらそれこそ死んでしまうかも。
 とりあえず、もう少し海を見たらスパイクタウン行こうかな。先ほどの男性が勧めてくれたカフェにはなんか名物料理があるらしいし。
「……ん?」
 そんなことを考えていると、足首にひんやりとしたものが巻きつく感触。視線を向けると水色のなにかが巻き付いており、その先には一匹のプルリルがいた。
「ちょっ、うわ、離れろ!」
 よくも人が海を堪能しているときに現れたな! もしや先程手を振ってるなと思ってた人たちみんなプルリルか! とおいし影になっててわからなかったわかりたくなかったさっさと離れろ!
 気づかれたからかプルリルは一気に海へと引きずり込もうと力をいれる。水面まではまだ距離はあるが、社畜の体力なめないでほしい。たぶんすぐ引きずり込まれて死ぬ。
「ただでさえ寒いのに寒中水泳するわけないだろ!」
 私の声を聞いたのかヨノワールが指示を待たずにプルリルに向けてシャドーボールを放った。さすがヨノワールでももっと早く気づいてほしかった。私がつかまれる前に気づいてほしかった。見てなかったの? 見ててこれなの?
 人間を引きずり込むのと自分の身の安否を比べてわりに合わないと判断したのだろう。プルリルはシャドーボールが当たる前に手を離し海へと逃げていったため、シャドーボールは地面にぶつかり小さな爆発を生んだ。
 なんか最近ヨノワールには追い払ってもらってばかりな気がする。
 最後にプルリルが何かうらみ言を吐いていったような気がするが、残念ながらなにを言っているのかわからなかった。でもなんかムカついたので、ヨノワールにシャドーボールのアンコールをしたが拒否される。
「へへっ、ヨノワールに勝てると思うなよ」
 さすがにこんなことがあった後に海を眺めていられるほど図太くはないので、離れようとしたのだが何故だか足が動かない。
 痛みはない、ただ、しびれている。
「まひじゃん!」
 プルリルのやつ! モモンの実は持っててもクラボの実は持ってないのに!
 しかしこのままここに立っているわけにもいかない。相手は私がまひ状態で動けないことを知っているわけだから、また現れる可能性だってある。
 さいわいなことにスパイクタウンまでとおくはない、坂をのぼってすぐそこだ。ポケモンセンターで治療してもらえればどうにかなるだろう。ジョーイさんからの説教からは逃れられないだろうが。
 それで、あとはそこまでどうやっていくかだ。方法なんてひとつしかないけど。
「ヨノワール運んで」
 ヨノワールに向けて両腕を伸ばすが、ただじっとこちらを見ているだけで動こうとはしない。
 なんで表情変わらないのにそんなに嫌そうな表情に見えるの?
 いやちょっと違う、これは哀れみだ。なんで急に哀れんだの?

 ***

 ゴーストタイプはなんかこわいから連れて来たらダメ置いてきて。
 ピカチュウちゃんはかわいいから連れて来てもいいし自由にしていいよ。デスクの上を走っても書類にコーヒーをこぼしてもいいよよくないなにもよくないでも許されたかわいいからという理由で許された。
 なんだよゴーストタイプなんかこわいって、ヨノワールだってかわ……いいかはわからないけどかっこいいし体はなぞの弾力があるし基本的に浮かんでいるから書類にコーヒーをこぼさない。書類にコーヒーをこぼさない! でもボールがないから連れてけない。
 こぼしたのはデスクの整理をしていないのが悪いとしかられたし、ピカチュウはなにもおとがめなしだった。ただ反省しているそぶりは見せてたので許す。上司は許さない。
 すこぶる機嫌が悪くなった上司に仕事を押し付けられ、結局退社したのは日付が変わってからだった。ピカチュウがコーヒーこぼさなければなあ! もう少し早く帰れたんだけどなあ!
  いや、それは関係ないか。私の帰宅時間は上司の気分次第だし、どちらにせよ増やされた仕事を終えることはできなかっただろう。
 相変わらず帰り道は街灯が少なく暗い。
「ミミッキュじゃん!」
その中で小さなミミッキュを見つけられたのは偶然だ。それにしてもこんな街中にいるなんて珍しい。今は夜だが昼間に陽の光から逃れられるところが少ないため、あまり見かけることはないのに。
 ミミッキュはなにかを探しているようにきょろきょろと辺りを見回していたが、こちらに気が付くとゆっくりとだが近づいてくる。動くたびにゆらゆらと揺れるつくり物の頭がかわいらしい。
「君かわいいねぇ」
「キュ、ギュギ、ギュイ……」
「わー」
 不気味な鳴き声をあげながら足元にすり寄るのは、ピカチュウの真似なのかもしれない。あのコーヒーをこぼしたピカチュウもよく自分のトレーナーにやっているのを見かけた。人から好かれるように見た目だけでなく仕草も学んで生かそうとしているのだろうが、生かせていないからここにいるのだ。そうでなければここにはおらず、トレーナーのもとで暮らしているのだから。
 しゃがんで布で作られたピカチュウを模した頭の部分ではなく、ミミッキュ本人の顔だと思われる部分を指先でつつくと身をよじらせる。しかし嫌ではないようで離れていくことも、手を払いのけることもしないですり寄ってくる。
 いやーいいなーかわいいなー。最近ずっとつかれているからいやしがほしい。決してヨノワールにいやしがないという意味ではないが、つかれているから2倍いやしが欲しいだけだ。そうしたら手足のしびれや頭痛や身体の重さから楽になれるかもしれない。ストレスが原因だからなのかがわからないからびみょうなところだけど。
「ヨノワールいるけど遊び来る? コーヒーこぼさないなら歓迎するよ」
 その言葉にミミッキュは、ピカチュウの顔が描かれた部分をかくんと揺らすようにしてうなずいた。人なれしているのか、抱き上げてもミミッキュは嫌がるそぶりは見せずに大人しくしている。思ったより軽いのは、見た目の半分しか中身が無いからかな。

 連れて帰ってきたミミッキュを見たヨノワールの表情は変わらないものの、嫌そうな雰囲気を出していた。
「仲良くしてあげてね」
「ギュ、ギギィ」
 床に降ろしたミミッキュはヨノワールに近づくと握手をしようとしているのか、布の下から手のような黒いものを差し出している。私より同種族に対して社交的な性格している。しかしヨノワールはその手を取ることはなくただじっと見下ろすだけだ。
「……嫌なの? コーヒーこぼさないから大丈夫だよ」
 こちらに向けられた目からは相変わらず表情を読み取れないが、なんかまたあわれんでる気がする。表情が変わらないくせに表情ゆたかだ。うれしいとか楽しいとかそういった表情は見たことないけど。
 ヨノワールが手をとらないので代わりに私が握手しておく。ミミッキュの手はひどく冷たく、硬いようなそうでないような不思議な感触だ。
「ほらヨノワールも」
 うながしてはみたがやはり反応はなく、じっとこちらを見下ろしているだけだ。まあいいや。攻撃するわけでもないから、別にいても良いのだろう。
 ミミッキュもそう判断したようで部屋の探検を始めた。そう面白いものがあるわけではないし、見られたくないものがあるわけでもないので自由にさせておく。初めて人間のすみかに入るのだろうし、警戒しているのもかもしれない。
 動きを観察していると、最初は部屋に置かれているものをただ見ているだけだったのがだんだんと大胆になっていく。手の届く範囲の引き出しを開けてのぞき込んでみたり、ふたがされている箱を開けてのぞき込んでみたりとなにかを探しているようだ。
「面白いものあった?」
「ギュイ……」
「無いでしょ? この部屋なにもないからね」
 あるのはゴミと、片付けられていないままになっている衣服ぐらいだ。面白いものや価値のあるものなどなにひとつとしてありはしない。
 ピカチュウを模した頭が探検前よりもうなだれており、ミミッキュ自身がしょんぼりとしているように見える。今度なにか仕込んでおいてあげようかな。なにがいいだろうか。よくわからない。なにも思いつかない。
 探検をあきらめたミミッキュは、ヨノワールをじっと見つめてから布の下からずるりと手を出した。そしてかりかりと床に爪の先で何かを描こうとしているのだが、床が傷ついたらいけないのでやめてほしい。
「ペンあるからこれで描いてみてよ」
 ミミッキュに近くに落ちていた紙とペンを渡すと、器用に絵を描き始めた。この被っている布も自分で作っているのだから、簡単な絵を描くことくらいはできるのだろう。
 そうしてできあがったのが、少し線がよれているモンスターボールの絵だ。
「ミミッキュ絵が上手だね」
 なんで急にモンスターボールの絵を描いたのかはわからないが、とりあえずほめてみると嬉しいのかその場でぴょんと跳ねた。それからこちらを見ながら、ぐりぐりとただ乱雑にぬりつぶしただけの黒い丸のようなものを描き始める。
 なんで急に下手になった? それともミミッキュには人間がこのように見えているのだろうか。こわい。

 ***

 ミミッキュがコーヒーをこぼしてできあがった水たまりを三人でみつめる。
 ヨノワールはたぶんなんにも考えてないし、ミミッキュは予想していないできごとにただフリーズしているだけだと思う。私もよくする。おもに職場で。だから上司に要領が悪いって言われるんだろうな。
 ミミッキュはフリーズしててもかわいいから無罪だけど、私は有罪許されない。今日も許されなかった。
 ぼんやりとじわじわと広がっていく水たまりをながめる。ながめていないで早くふかないといけないのは理解しているけど動けない。立ち上がって、タオルを持ってきて、これをふく。ただそれだけの動作なのに。指の先からつまさきまで、動かすのがだるくて重くて仕方がない。前にひどいカゼをひいて動けなくなったときのように似ている。
 あの水たまりにひたっている雑誌はもうだめだろうなぁ。まだ読んでないけど床にコーヒーがはいっているマグを置いていた私が悪いから仕方ないね。
 三人でぼんやりと水たまりをみつめているなか、最初に動いたのはミミッキュだった。自分の届く範囲にタオルが無いと判断したのか、あせっていたのかはわからないけど、被っているあのピカチュウを模した布でふこうとし始めた。
「ミミッキュ!」
 さすがに体がだるくても重くてもそれは止めないといけない。しかしミミッキュは急に大声をはりあげたせいか、叱られたと思ったようでびくりと体をふるわせてからこちらを見ている。布を被っているからその表情を正確に読み取ることは難しいけど怯えているようだ。
 じわじわとコーヒーが布にしみこんでいき裾から汚れていく。しかしミミッキュはそれを気にしていないのか、再びフリーズしてしまったのか水たまりに裾をふれさせたまま動かない。動けないでいる。
 あの布はミミッキュにとって大事なもののはずだ。このあいだちいさなシミをつくったときにはずっと気にしていて、でも私がいるから脱げなくてずっとそわそわしていた。今だってすぐにでも洗いたくて、そもそも汚したくないはずなのに。
 ……あ、そういえばミミッキュを連れてくるときにコーヒーはこぼさないでって言ったんだっけ。怒られる、それか追い出されると思っているのかもしれない、そんなことするつもりはないんだけどな。でも今のミミッキュには何を言っても聞き入れてくれなさそうだ。とりあえずへたなことを言わないで落ち着かせた方がよさそう。
「タオル持ってくるから大丈夫だよ」
 そう声をかけてもミミッキュは水たまりからどこうとはしないのでシミはだんだんと広がっていく。うーん、ピカチュウの黄色がコーヒー染めされていってしまって、なんだか汚い色になってしまった。
 ピカチュウの真似をしたいはずなのに、それじゃ真似できなくなっちゃうよ。私はしなくてもいいと思うけどミミッキュはしたいんだろうから、それをちゃんと大事にしてあげないといけないのに。
「怒ってないし、ミミッキュは悪くないから」
 動かないミミッキュを抱き上げ、水たまりから少し離れたところにおろす。ピカチュウを模した頭が、がくんと揺れてからうなだれた。ミミッキュ自身の頭ではないけど、今のミミッキュ自身の今の心情をあらわしているように見える。
 なぐさめるように頭なのか顔なのかはわからないけど、ミミッキュ自身の部分を撫でてからタオルを取りに行く。
「ギュ……ギュ……」
「大丈夫だよー」
 聞こえてきた鳴き声に返事をしたけど、声に元気が無いので謝罪だったのかも。
 タオルを2枚持って戻ってくると、ヨノワールとともにじっと水たまりを見つめていた。ヨノワールがなぐさめてあげてるのかも、と思ったけどそんなことはないな。なにも考えていない、ということはなさそうだけど責めてもいないけどなぐさめてもいない。ある意味ヨノワールらしい。
 タオルを水たまりの上に置くとみるみるコーヒーを吸い取っていき、あっという間にタオルはコーヒー色になった。広範囲に広がったりはしていなかったし、ある程度は吸い取れたからとりあえず今はこれでいいか。
 そう思ったけどミミッキュはちがうようだった。近づいてきたかと思ったら、布の下からずるりと黒い腕を伸ばし器用にタオルで床をふき始める。ちゃんとふいてるから私よりえらい。
 しかしコーヒーを吸い取りびちゃびちゃになってしまったタオルできれいにふくには限界がある。床に残る水滴がミミッキュは気になるようで、ピカチュウの頭を首をかしげるように左右にゆらす。今はだいたいふき取れていればいいんだけどな。私が持っているまだぬれていないタオルを欲しがるミミッキュにどうしようかと考える。
 使い終わったら捨てるつもりだったので、汚すことは気にしていないからべつにこのタオルが惜しいわけではない。ただ他のことに使う予定があるだけだ。ただ、それをするにはミミッキュにこのタオルをあきらめてもらわないと……まあいいか。
「おいでミミッキュ」
 手招くとふるりと一度身を震わせてから、恐る恐るといった様子で近づいてくる。上司に呼ばれたときに怒られると理解している私はこのように他人の目には映っているのかもしれない。ミミッキュの様子を見ていてふとそう思う。
 それでもミミッキュと私には大きなちがいがある。やっぱりかわいいかかわいくないか、好かれているか嫌われているかってすごい重要なんだな。……怒られるとわかっていて会社行きたくないなあ。
 近づいてきたミミッキュがかぶっている布の、コーヒーでぬれてしまっている部分をタオルではさんで軽く叩くようにしてふく。うーん、あまり落ちないな。ミミッキュの布が何でできているのかはよくわからないけど、もうシミになってしまっているのかも。洗剤でちゃんと洗えば落ちるかな。
「ちょっとそれ脱いで」
 脱がせようと布をぐいとめくると驚いたのかミミッキュがびょんと跳ね……
「あ」
 そういえば、ミミッキュのなかみって見たらいけないんだっけ。
 
 暗転

 目の前が真っ暗になったかと思ったら、ヨノワールが手で私の目をふさいでいるようだった。背中にどくとくな弾力のある体の感触があるので、後ろから手をまわしているようだ。さきほどまでぼんやりしていたのに、動きが早いなあ。
 ヨノワールに感心していると、ずるずると布をひきずる音が聞こえてきた。ミミッキュが自分でコーヒーのシミを落としに行ったのだろう。たしかに私がやるよりも、自分で脱いでやった方が良さそうだ。ただちょっとなかみが気になる。ヨノワールの手を外してみようとしたが、私の力では退かすことができなかったのであきらめた。
 当分の間は外してくれなさそうなので、ほんとうは汚れを落としてから言うつもりだった言葉をミミッキュに投げかける。
「ミミッキュもいっしょにいて良いんだからね」
「キュイ!」
 すこし離れたところから返ってきた声はいつもよりはずんでいた。そのあと、布がこすれる音が聞こえてきたので脱いでいるのかもしれない。そういえばヨノワールはミミッキュのなかみを見ても大丈夫なんだろうか。それとも自分で目をふさいでいるのか、そうだとしたらちょっとかわいいかも。

 ***

 朝起きたら夕方だった。うける。なにもしてないのに1日の半分終わってるんだけど、なにが起きたんだろう。なにも起きてないからずっとねてたんだろな。休みだからどこかでかけようと思ってたんだけど、これはもう近場にしか行けないや。
 特に用事はないんだけど、なんとなく出かけたい。でも一人はいやだから、のりきではないヨノワールを引きずって近くにあるアーケードへと向かう。ミミッキュもさそってみたけど、沈んできているとはいえまだ陽が出てるので外に出たくないようだったからあきらめた。
 アーケードはまだ人もポケモンも多くにぎやかで、ふだん退社する時間帯には見られない光景。なんかひさしぶりに見た気がしてちょっと楽しくなる。
 ぴったりと横にくっつくようにうかんでいるヨノワールのうでを引っぱると、こちらに目を向けた。今日はまだあわれんでないけど、あいかわらず表情は変わらない。でも今日はあまえてくるなぁ、いつもだったらこんなに近くにはいないのに。うれしい。
「いろいろあるね」
 いろいろあるけど、特に目的もないまま来てしまったので店前に並べられている品ながめることしかできない。最近すごくねむくて朝起きられないから、アロマでも買おうかと思ったけどなにが良いかわからないし、たぶんたくこともできずに寝ることになる未来が見える。ごはんを食べる事すらもおっくうで最近はさぼってるのに、仕事の後にそんなことをする気力もない。
 すれちがう人やポケモンたちはみんな笑顔で、なんというかとても幸せそうだ。いいなあ、私はずっとつかれているのに。
「いいなあ、うらやましいね」
 サーナイトとトレーナーがなかよく手をつないで歩いてる。
 幸せそうに、おたがいのことを見つめ合いながら笑ってる。
 私だってサマヨールも、今は留守番してるけどミミッキュだっているし、さみしくないし。手はつないでくれないけど、うでを引っぱっても怒らないし。いっしょにいてくれるし。
「抱きあげてくれたこともあるもんね。またやってよ」
 返事のないヨノワールに一方的に話しかけながらふらふらと歩き回っているとすこし疲れてきた。なにかをした感じは得られなかったが休みだから出かけようという欲は満たすことが出来たし、もう帰ろうかな。
「そろそろ帰ろうか」
 そう声をかけるとヨノワールはうなずいたけど、一軒の店を指さした。
 そこに行きたい、ということなんだろうけどめずらしい。今まで自らどこかの店に行きたいと意思表示したことなどないのに。
 ヨノワールが指した店は、すこし暗い雰囲気のファンシーショップ。店先のディスプレイには悪タイプやゴーストタイプのぬいぐるみがきれいにかざりつけられているけど、黒やこん色を基調としているからかよそと比べてしまうとあんまり目立たない。なんだかふしぎな雰囲気の店だ。
 アーケードにある店をすべて把握しているわけでもないし、来ないうちに増えた可能性もあるけどこんな店あったかな。どうにも思い出せない。これはたんじゅんに私の記憶力が低下してるだけかもしれない。
「なにがほしいの?」
 ヨノワールが指さしたのはひとつのぬいぐるみ。ヨノワールの進化前であるヨマワルをデフォルメしてかわいらしくしているものだった。ディスプレイにかざられているぬいぐるみのなかでも、それだけはなぜか仲間はずれのようにぽつんとひとつだけ離れたところに置かれている。
 自分の進化前のぬいぐるみをほしがるの。かわいいじゃん。
 めったにないヨノワールのおねだりを拒否することはできない。購入したぬいぐるみをわたすと、大事そうにかかえてよしよしとなではじめた。
 そのついでか私のこともなでてくれたのでうれしい。
 もっとなでて、なにもしてないけど。
 
 大事そうにぬいぐるをかかえたヨノワールと家に帰るとちゅう、いつものろじうらにむらさき色に光るものがいた。なんだろうと気になりじっと見つめると、ヨノワールに目をふさがれてしまう。
このあいだもふさがれたばかりだ。でも今回はミミッキュのなかみのように危険なものではなさそうだし、見るなという意味だろうけど気になるので、その手をどかそうとすると思ったよりかんたんに動いた。
「あ」
 こちらを見ながらなき声をあげているのはランプラーだったけど、知り合いにランプラーはいない。いるのは進化前のヒトモシだし、知り合いではなくて食う食われるの関係だし。私は食われる方。
 食われたくないのでヨノワールにおいはらってと言う前に、ランプラーはひとつなき声をあげるとどこかに行ってしまった。ただ顔を見に来ただけのように思えるような行動だったが、よくわからない。
「なにがしたかったんだろうね」
 ヨノワールはその言葉にこたえなかったけど、頭をなでてくれた。ぬいぐるみをなでたり、私をなでたりいそがしいなぁ。でももっとなでてほしい。
 ずっとつかれてる。


***

 朝おきたら夜だった。もうまじむり。むだんけっきんじゃん……ちこくよりひどい。まじむり。アラームも電話も鳴らなかった。気づかなかっただけかもしれないけど、たぶん鳴らなかった聞こえなかったし。……鳴ったんだろうなあ!
 ずっとつかれていて眠いとはいえ、アラームに気づかないほどだとは思わなかった。でも、昨日は夕方までねていたのだし、ありえなくはない。ありえないでほしかったな。
 おきあがる気力がわかずにベッドにしずんだまま天井を見上げる。はじめて無断欠勤したなぁ、明日なのか今日なのかわからないけど、次に出勤したときにはめちゃくちゃおこられそう。いやだおこられたくない。
 上司のおこる姿も、机の上に山積みになった書類も、あわれみの視線をむけるだけで手伝ってはくてない同僚たちの姿もかんたんに想像できる。いやだなあ、会社いきたくないなぁ。
 いつのまにかベッド上までのぼっていたミミッキュがなぐさめるように頭をなでてくれる。布の下からのびているくろい手はあいかわらずひどく冷たいが、いやではない。でもひんやりするのを通りこしてちょっと寒くなる。頭をさわられただけで、しかも毛布かぶったままでいるのにふしぎだ。
 おれいの意味をこめてミミッキュの頭をなでたが、なでた部分が気に入らないようで軽くはたかれる。ああそっか、そこはミミッキュ自身の頭じゃないもんな。前はまちがえなかったのにどうしてだろう。
 最近、前よりもうまく頭がまわらなくなってきた。今度はちゃんとミミッキュ自身をなでるとうれしそうにすりよってくる。かわいい。いやされるけど、それはそれとして会社にはいきたくない。
 このままずっとねていたいな。それかここにずっといたい。ヨノワールとミミッキュと、とくになにごともなく平穏な日々をおくりたいだけなのにどうしてこうなるのか。
 無断欠勤したからだね。よくわかる。いやでも今回の無断欠勤がきっかけになっただけで、おそかれ早かれいきたくなくなっていただろう。むしろおそいくらいだ。
 ミミッキュの布をかるくひっぱると嫌そうに身をよじらせる。ふつうは嫌だったら嫌って表現してもいいんだよなあ。今までやったことはないけどもしかしたら表現することですこしは気が楽になるのかもしれない。
 
 「いきたくないな」
 
 静かな部屋にやけにひびいた。
ただそれだけで気が楽になるとかそういうこともなく、むしろいきたくないことを改めて実感した。
 どうしようかな。おきたくないし、もういちどねようかな。今ならまたねられる気がする。おきてミミッキュやヨノワールとあそぶのもいいけど……そういえばヨノワールどこ?
 視線をうごかすと、いつからいたのか部屋のすみで昨日買ったぬいぐるみを大事そうにかかえてうかんでいた。なんでそんなとこにいるの? わたしを見つめる赤い眼はなにを考えているのかわからない。
 声をかける前にヨノワールはこちらに近づいてくると、ふわりとベッドにねたままの私のうえに浮かんだ。そして私を見下ろしているかと思うと、ぬいぐるみを片方のうでで抱えなおし、もう片方のうでを差し出してくる。おきろ、という意味だろうか。前にたおれたときは手を差し出してはくれなかったのに。
「ギュ、ギギィ」
 ミミッキュがうながしているのか、鳴き声をあげる。よしよし、そうせかすなよ。
 会社にはいきたくないけど、ヨノワールの手をつかんでおきあがるくらいの気力はあるから。すこし体をおこして差し出されているヨノワールの手を掴み……ずるりと、なにかがぬけていくようなかんかくがした。
 
 「あ」
 
 どこからまちがえてたんだろう。

 ***

 哀れな生き物。
 同種族である人間の社会にうまく馴染むことができず、とくべつ賢いわけでもなく身体が丈夫でもなく、劣っている部分が多過ぎて秀でたものがひとつもない。
 野生のポケモンから気軽に命を狙われるほど愚鈍で自分が助けてやらなくては生きていくことができない、そんなところが可愛いのだとヨノワールは彼女を愛していた。愛していなければ早々に去っているし、そもそも彼女についていこうとは思わないだろう。
 愛しているから願いを叶えた。もともと、上手に生きることのできない彼女をこのままの姿で生かしておくのは可哀想だと思っていたので、ヨノワールにとってはちょうどいい機会だったのだ。自ら生きたくないとそう望んだのだから。
 魂を肉体から抜き取るなんて自分にとっては造作もないことだ。そして抜き取ったそれをあつかうことだって。
 このちいさいいれものに入れてしまえば、自分が簡単に守ることができる。人間はポケモンをモンスターボールにいれるというが、これがそういうことなのだろう。人間たちが好きなようにポケモンを持ち運ぶのだから、ポケモンが人間を好きなように持ち運んだって良いはずだ。
 我々は愛し合っているのだから。

 ***

 ヨノワールは抱えているぬいぐるみを撫でると、外へと向かっていく。その後ろをミミッキュが追いかけていくのだが、体格の差は大きく追いつけそうにもなくだんだんと遠ざかっていく背中に向けて寂しそうな鳴き声をあげた。
 その声に反応してぬいぐるみがふるりと体を震わせたが、それの意味をヨノワールが理解する事は出来ない。だが、きっと彼女ならそうするだろうと今まで見てきた行動を真似することはできる。
 ヨノワールはミミッキュのもとへ行くと、その小さな体をぬいぐるみと同じように抱き上げた。ふたりきりが良かったが彼女が気に入っていたし、自分もそう嫌っているわけではない。ミミッキュは御礼を言うかのように鳴き声をあげてから、ぬいぐるみにすり寄る。その様子をしばし眺めたからヨノワールは部屋を後にした。
 残されたのは不必要となった抜け殻だけ。
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