2018/05/06 22:39

召喚サークルから出てきたそれは、異質な存在だった。
騎士のようなマントに先のとんがった帽子、そして足元には《長靴》。召喚サークルの真ん中に立つそれは、猫であった。
どこかで見たことがあるような、近所にいたような気がするその模様に親しみを覚えるがそれどころではない。1メートルほどの猫が、2本足で立ち、マントを翻し、格好つけるように帽子をくいと上げてこちらを見る。その目は金色に輝いており瞳孔は細く鋭い。

「サーヴァント、セイバー。あなたが召喚したものがそんなに悪いもんでもないことが近いうちにわかるでしょう」

「長靴をはいた猫だ!」

新たなサーヴァントの名乗りに藤丸立香はそう叫んだ。幼い頃の記憶が立香の脳内に広がる。母にねだって絵本を読んでもらったこと、家にいた猫に長靴をはかせようとしたこと、そして嫌がられたこと。それはもはや遠い過去の記憶であり、失った平穏でもある。
立香の叫び声に、召喚に立ち会っていたマシュ・キリエライトは驚き肩が跳ねた。恐る恐る立香の顔を覗きこむと立香が泣きそうな顔をしていることに目を丸くする。
人類最後のマスター、その重圧に耐え人前では涙を見せずに気丈に振る舞っていた姿を何度も見てきた。その、マスターが泣きそうである。
どうすればいいのかわからず、ただ何度も先輩と声をかけるが鼻を啜る音がするだけで返事がない。

「主人は元気がないようだな。どれ、私に大きな袋をひとつ下さい」

軽い足音をたてながら近づいてきた猫はそうマシュに声をかける。マシュは突然の申し出に驚きを隠せないが、その言葉の通り袋を準備するために召喚ルームを後にした。
数分後、マシュが可能な限り早く袋を手にして戻ると事態が悪化していた。嫌そうな表情を浮かべる猫の肉球を、床に座り込みながらひたすらに揉み続ける人類最後のマスターがそこにいたのだ。
ひええっと思わず声をあげてしまったのは仕方がない。そしていつもとは違う様子で袋を探すマシュに何事だとついて来た面倒見の良いサーヴァント達が絶句したのも仕方がないことだ。

「せ、先輩! どうしたんですか、先輩!」

「猫ちゃん肉球ふかふか…」

「先輩!」

異常な事態に引き離そうとするも嫌だ嫌だと駄々をこねて離れようとせず、マシュを困惑させるだけだ。
サーヴァント達も異常な光景ではあるが立香に何か害があるようには見えず、むしろただ猫の肉球をさわっているようにしか見えず手出しはせずにいる。…猫が2本足で立っていることが気になるが。

「お嬢さん、袋をいただいてもいいかな」

「は、はい」

「ありがとう。ではちょっと行ってくるとしよう」

空いている方の手で袋を受けとると、そっと立香の手をほどく。そしてサーヴァント達に失礼、と声をかけながら扉から出ていく。
部屋に残されたマシュとサーヴァント達は呆然としていたが、立香だけは違った。ほどかれたその手に肉球の感触が残っているのか何度も握ったりひらいたりを繰り返している。
そして立ち上がると今まで何もなかったかのように、召喚に立ち会っていないはずのサーヴァント達がいることに不思議そうに首を傾げる。

「あれ、みんなどうしたの?」

その言葉にいち早く動いたのは、冬木から行動を共にしているキャスターのクー・フーリンだった。大きな足音を立てながら立香に近づくと、呑気な笑みを浮かべているその顔を片手で掴んだ。力加減はされているだろうが、その乱暴な扱いを痛がり抗議の声をあげる。

「いた、痛い痛い痛い! 何、痛いやめて!」

立香の声を無視してクー・フーリンは手の力を抜くことはなく、その大きな手で顔を掴み続ける。

「どうしたの、だあ? 嬢ちゃんの様子がおかしいから付いてきてみれば…」

クー・フーリンはそれ以上言葉を続けることはなかったが、かわりに大きなため息をつく。マシュの様子にマスターの身に何か起きたのかと思えば、ただ獣と戯れているだけだった話だ。心配した自分が恥ずかしい。
顔を掴んでいた手を離すと、立香は大袈裟に自分の両手で顔を守るように包み込んだ。しかし、クー・フーリンが離したとたんに他のサーヴァント達が近寄ってくる。

「何ですかあのサーヴァントは。いくらなんでも異色すぎやしませんか」

「こーら、見た目で判断しちゃ駄目でしょう。ここには狼だっているんだから」

「そうよ、見た目で判断するのは良くないことだわ」

ロビンフッドの言葉にブーディカとマルタが反応する。二人もあの猫についてマスターを問いただそうと思っていたが、子供(マスター)の前での差別的とも捉えられる発言は保護者として見逃せなかった。
詰め寄ってくるさすがに彼女らの言葉に反抗もできないのか、ロビンフッドをお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。たしかにこのカルデアには男性を余裕で乗せることができるほど巨大な狼がいる。それに比べれば二足歩行の猫なんてかわいいものだ。
そういえばあの他者を受け入れない狼は猫を食べたりはしないだろうか。例えば今、何も知らない猫が狼に近づいてしまった場合…どうなるのだろうか。

「主人」

ぞっとしない想像をしているとずいぶんとしたの方から声がかかる。

「うわ、早い」

想像しているよりも早く戻ってきた猫に立香は驚きを隠せない。何処に、何をしに行ったのかはわからないが1分もたっていないだろう。それなのに先程マシュに渡された袋は膨らんでおり何かが入っているのかがわかる。
猫は担いでいたその袋を降ろすと、中からなにか取り出した。
猫の手にあったのは兎。ここがレイシフト先の何処かの森だったらそれもおかしくはないだろうが、ここはカルデアである。外も雪があるのみであの吹雪のなか兎がいるとは考えられない。それならばこの兎は何処で狩ってきたのだろうか。
その場にいたサーヴァント達の頭には疑問しかなかったが、立香は違った。レイシフト先で様々な人と出会い、そして試練を乗り越えてきた立香にとってはそんなことは些細なものだ。

「ああ〜〜猫ちゃん偉いね〜〜」

…ただ単に餌をとってきた猫を誉めたいだけなのかもしれない。
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