小説 | ナノ




『Amethyst』 7話 決着


――1――


今日も今日とて俺はあの男――碧棺左馬刻のことを考えていた。
この前の、彼が助太刀に来てくれた件の頃から、何故か俺は彼の事ばかり考えてしまっている。
ただの悪い人間とは思えない。かといって普通の良い人とも決して呼べない。
そして、あの普段は見せない柔らかい表情を思い出す

俺は碧棺左馬刻という人間のことを、もっともっと知りたくなってしまっていた。


「邪魔すんぞ」
「はーい、いらっしゃい」
最近はすっかりお馴染みになった碧棺左馬刻の不法侵入と言う名の来訪も、正直今の俺には心臓に悪い。
何故って、目の前のこの男をガン見してしまうからだ。
案の定、専用マグカップで雑誌を読んでいたこの男と目が合ってしまい、酷く不機嫌そうな顔をされた。

「んだよ。人の顔ジロジロ見てんじゃねぇ。気色悪ぃ」
「あー、ごめん。何でもない!何も考えてません。たまたま目線が合っただけです!」
「その割には熱心に俺様を見てたけどな。……なぁ、なんか俺様に用があんのか雨塚チャン?」
何、割と最初から見ていたのを気づかれていただと!?

「べ、べべ別に何もないです。用もないです。」
「ほぉーう。まぁ喋りたくなったら聞いてやらないこともないぜ。気が向けば、な」
碧棺左馬刻は、それ以上追求する気は無いようで、また雑誌に意識を移した。
俺はと言うと助かった、と内心息をついた。
何故、俺はこの男ことをこんな真面目に考えているのか、その答えはまだ分からなかった。



碧棺左馬刻。
数年前にヨコハマ・ディビジョンでラップバトルをして(強制的に)引き分けた。
それ以来、決着を着けるべく、俺のとのラップバトルを熱心に望んでいる。
繰り出すラップは無秩序で暴力的、まるで嵐のようなものだ。ここは本人の性格がよく出ていると思う。
ヨコハマ内では、挑まれた挑まれなかったに関わらずラップバトルを繰り返し相手を半殺しにして、多くのラッパーに恐れられている。
伝説のラッパー集団、元The Dirty Dawgのメンバーということも恐れられる一因となっている。
ラップバトルとなると相手には一切の容赦をせず、大体の相手は泡を吹いて地面に沈む。
しかし、女性には決して手を出さずに意外と紳士的。
ヘビースモーカーでよく煙草吸ってる(そのため俺は非喫煙者であるにも関わらずこの部屋に灰皿を用意することになった)
最近俺の部屋に入り浸ってる。
よく人の胸ぐらを掴む。


うーん、意外と碧棺左馬刻のこと知らないな。
普段何してるのか、とか年齢とか、何が好きで何が嫌いかとか。

いつの間か俺は碧棺左馬刻のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
ていうか……その……できれば友達と言えるぐらいには親しくなりたい。
あー。俺何考えてるんだろう。仮にも一回9割殺しされた相手に。
しかし気持ちは止まらない。どうしたらいいのか。助けてください師匠。

そのとき、ふと師匠の言葉を思い出す。これが啓示か!?
『相手のことを知りたいならラップバトルも一つの手だよ。お互い本気で心を剥き出しにして挑むものだからね。
 それに音楽は人々の心を繋げてくれるものだから。
 特に紫朗チャンは相手の"波"を掴むのが上手いからね。
 キミのヒプノシスマイクの力を人助けの為にしか使わないって信条も覚悟もその重さもよく理解してるつもりだけど、もしこれから先紫朗チャンが本気で友達になりたいって子が出てきたら、ラップを通して心を通わせてごらん。
 きっと良い友達になれるさ』
そう、笑って俺の頭を優しく撫でる師匠を心の中で思い起こす。

……俺は、一体どうしたいんだろう。


――2――


俺の、私闘にはヒプノシスマイクを使わないという信条は、ヒプノシスマイクが普及し始めて、そこいらが喧嘩の無法地帯になったときから生まれたものだ。
当時の俺はヒプノシスマイクなんてもってなくて、ラップも全く出来なくて、ただただ搾取されるだけの人間だった。
……なんで、大きな力を持っているのに悪いことに使うんだろう。どうして誰も良いことに使おうとしないんだろう。
それだけが不思議で、言の葉党の人達が、俺達男のことを『愚かな男共』というのか少しだけ分かった気がした。

弱かった俺は、マイクを持った男に襲われている、好きな女の子を助ける事も出来なくて、ただただ盾にになって嬲られるしか出来なかった。
どうして、俺は弱いんだろう。何よりも大好きだった家族も、好きになった子も誰も助ける事も出来なくて、何でこの世に生きているんだろう。


もう、こんな弱者が暴力によって、何もかも奪われる世界は嫌だ。
俺のいられる場所ではない。
そう、何もかも嫌になって歩道橋から身を投げようとした時。
そんな時に師匠に出会った。


その時の師匠は俺の腕をがっちりと掴み、俺の目をじっと見てみた。
「なん、何だよアンタ。俺に何か用か」
「ん〜。うら若き少年が世を儚もうとしているのが見えたので、つい」
「アンタには関係無いだろ、離せよ!」
「……何で死のうとしたか聞いて良いかい?」

師匠の力は強く、全く手を振りほどけなかった。
「こんな暴力で失ってばかりの人生が嫌になっただけだっ!H法が施行されても結局力が全てだ……」
「キミは力が欲しい?誰にも負けない力が」
「ハッ、力?そんなものそこらに溢れかえってるだろうが!だがそんなもの持っていても世の中は何も変わっちゃいない!」

唯一、世界から戦争がほぼ根絶された事だけは、言の葉党には心の底から感謝しているが、結局は世界は大きくは変わっていない。
むしろ領土バトルなどの小競り合いが増えて、より治安は悪化している。
気づけば俺は泣いていた。こんな妙な風貌な男の前で泣くなんて恥だ。
しかし涙はまったく止まらなかった。もう、何に泣いているのかすらも分からなかった。

「俺ならキミの望むカタチの力を上げられるよ、勿論キミの強い強い意志も必要になるけどね。ねぇ、興味ないかい?困っている人を助けられる正義の味方、みたいな力にね」
「……アンタは一体何者なんだ?なんで俺にこんなにも構う?」
「俺は世界を少しでも煌めかせたいだけさ。一昨日よりも、昨日よりもね。キミとならそれが出来そうだなって思っただけ」
「……悪いがあんたが何を言っているか分からない」
「今は分からなくてもいずれ分かるさ」

そして師匠が微笑む。


「さぁ、キミの世界を変えてみないか」


そして、俺は悩みに悩んで師匠の手を取った。師匠の笑みに嘘を感じなかったからだ。
そこからはひたすらヒプノシスマイクとラップの修行、修行、修行……。
一生分の地獄を見た気がした。何度も死にかけたし、失神するのなんて日常茶飯事だった。



ある日師匠が俺を見つめて、真面目な顔をした。
「ねぇ、今の紫朗チャンならその辺のラッパーなんてボコのボコに出来るけど、暇つぶしに喧嘩に行かない?」
「は?師匠何冗談言ってるんですか……?」
「冗談じゃないよ。そろそろ紫朗チャンの実力も把握して起きたいしね。今のキミにはそれが出来る力がある」
ふと昔の事を思い出す。力を持って無くてひたすら暴力に耐えるしかなかった日々を。
今の俺ならあいつらを簡単に蹴散らすことが出来るんだろうか……。

「ね。昔の恨みを晴らすと思ってちょちょいと、ラップバトルに行こ……」
「お断りします」

俺は考えるよりも先に口から言葉を出していた。師匠が少し驚いた顔をしている。
「いいの?折角力を手に入れたのに」
「いいんです。俺は、暴力で弱者を虐げるあいつらみたいになりたくて地獄の修行をしている訳じゃないですから。それに師匠が言ったんでしょ。俺に、『困っている人を助けられる正義の味方』みたいな力を俺にくれるって。」
俺はまっすぐに師匠を見やる。


「俺は誰彼構わず暴力を振るう、あいつらみたくなりたくない。俺がこの力を使うのは誰かが困っている時と、何か、使う必要のあるトラブルがある時だけです。師匠、貴方に誓います。これが俺のこの力に対する信念です。」

そういうと師匠は、蕩けそうな笑顔を見せて、俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと師匠!!」
「も〜!俺、紫朗チャンのそういう所好き!……やっぱりあの日キミを選んだのは間違いではなかった」
「……?師匠?」
「なんでもないよ、なんでも……」


それ以来俺は人助け意外にはヒプノシスマイクの力を使わないと宣言しだした。師匠との固い誓いだ。

しかし、俺は今その誓いを破ろうとしている。
いくら師匠の「YOU友達になりたくなっちゃったらラップバトルしちゃいなYO」という教えがあっても躊躇われることだ。
なんせ、何年も堅く守ってきた信条だ。どんなに理不尽な(主に碧棺左馬刻関連)目に遭ってもその信念を胸に耐えてきた。
それを、碧棺左馬刻という男が気になる……出来れば友達になりたいなんて不埒な理由で破っていいのだろうか。



――3――


あ〜。もうどうしたらいいのかわからん。
頭を抱えていると、碧棺左馬刻がこちらをじっと見つめていることに気づいた。
そのまま無言で、テーブルの向こう側から俺の方にきて、胸ぐらを掴んだ。
綺麗な紅玉の瞳と目が合う。顔が近づいてきて鼻がくっつきそうだ。

「テメェ今何を考えてやがる」
「い、嫌、違う、何も考えてませんよ??」
「……テメェは詐欺師には向いてねぇな。……もう一度だけ聞くテメェ、何考えていた?」

うぁー。キミの事が知りたくて、出来れば友達になりたくて、自分の信条を破って、キミにラップバトルを挑もうとか考えていましたとか言えないでしょ!?
今までのキミの苦労を簡単に水の泡にすることだし、テメェこの前と言ってること違げぇじゃねぇかとか詰られたらもう目も当てられない!
百面相している俺を見て、碧棺左馬刻の機嫌がどんどん急降下している。
「うぜぇな……言いてぇことあんならさっさと言えコラ」
「言いたいけど、言いたくないっていうか……あー!!」


もうやけくそだ!急いで碧棺左馬刻の胸ぐらを掴む手を外して、テーブルを挟んで対峙する。
「碧棺左馬刻!ジャンケンしよう!」
「はぁ?」
「はい!最初はグー!ジャンケン!」
「待てコラテメェ、勝敗の条件を聞いてねぇだろ。フェアじゃねぇぞ」
俺が振り上げた腕を、碧棺左馬刻がぎりぎりと掴む。結構痛い。
「……俺が勝ったらキミに秘蔵のお菓子をあげる。負けたら俺はキミに一つ告白する」
「……フン、俺様のメリットが少ないが、まあ良い。マジの勝負みてぇだしな」
俺の顔を見て不適に笑う碧棺左馬刻。俺が真剣なのは理解してくれたようだ。

「それじゃいくぞ!最初はグー!」
「「ジャンケンホイ!!!」」

結果。
「テメェの負けだな。……さてなんの告白をしてくれんだ雨塚チャン?」
勝利の煙草をふかしながら、楽しそうに俺を眺める碧棺左馬刻。


「告白することは……キミに…………今日、今、キミにラップバトルを申し込む」
「……は?」
碧棺左馬刻の目が丸くなる。そりゃ死ぬほど拒否された相手に言われたら驚くよね。

「俺様とテメェが……!?いや、テメェ信条とやらはどうした。……俺がテメェに何かしたのか」
「違う。キミのことが嫌いだとか、許せないとか、憎いとかじゃないんだ。……ただキミの事をもっと知りたいだけ、なんです」
「……意味が分からねぇ。それがなんでラップバトルに繋がるんだよ」
「別に普通にキミに言葉で色々質問してもいいんだ。でも、それでキミの事を、心を知ることは難しい。
 ……普通の言葉では伝わらない想いも、音楽を、このヒプノシスマイクを通せばきっと伝わる。俺はそう信じているんだ」
笑われるかもしれないけど、と声を繋げれば、碧棺左馬刻は煙草を吸い終わって灰皿に吸い殻を投げ入れた。その表情には何の色もない。

あー。これ呆れられてますね。あんなに拒否ってジャンケンで決めて、理由が訳わかんないんだもんね!?
もういい、拒否してくれ。早く楽になりたい。今まで通りのいまいちよく分からないキミでもまあ良いよもう。
いやもうもしかしたら絶交ってこともあるかもだけど。なんせ自分の信条を簡単に破る男だからね俺は!!

「……いいぜ、テメェとのバトルを受ける」
「……あ、ハイ。今までありがとうございました。ってうぇ!?受けるの??」
「テメェが言い出した事だろうが。今更無しとか言ったら殺す」
「あ、はい。取り消しはしません。俺もそれなりに覚悟もって言ったことですし」

と、ここで碧棺左馬刻が例の悪ーい顔をした。その表情怖いから止めて欲しいんだよね。
「いつテメェと決着着けるか楽しみにしてたんだがな。まさかテメェの方からバトルを申し込んでくるとは……待ってた甲斐があるってもんだぜ」
「アッハイ。当日はよろしくお願いします。」

後日、碧棺左馬刻からバトルの場所と時間がメールで送られてきた。


――4――

ヨコハマ内の廃ビル跡地。時刻は21:00
ギャラリーが居ない方がいいとの碧棺左馬刻の気遣いだろう。辺りには人っ子一人居なかった。

バトル場所に来ると、すでに碧棺左馬刻が着いていた。足下には煙草の吸い殻が数本。それなりに長い間待っていたらしい。
「こんばんは。いい夜だね」
「んなもんどうだっていいんだよ。今日こそテメェと決着つけられるんだからな」

わぁ。もうすっかり臨戦態勢に入っている。かくいう俺も今日に向けて修行をしてきた。すぐにでも始められる。
これからバトルをするというのに、流れている空気は意外にも穏やかなものだった。

「バトル前に言っとくが、ラップバトルした程度で俺様の全てが分かるとか思ってんじゃねーぞ」
「別にキミのすべてを知りたい訳とかじゃないんだ。ただ、今よりも、今までよりも、キミのことをもっと知りたいと思っている」
ひいては俺のことどう感じてるのか。ムカつく偽善者なのか、ちょっとだけ親しい人間なのか、とか。

こう考えると、めっちゃ不純な動機だな……。純粋にラップスキルを競いたいだけの碧棺左馬刻に申し訳ない。
しかし、もうこの場所に来てしまった以上、このバトルを止められるを道理はない。
ビル風が吹いた。この何ともしがたい雰囲気を表したような生ぬるい風だった。



「……んじゃとっとと始めるか。行きつけの病院に話を通してあるから安心して入院して来いや」
碧棺左馬刻がヒプノシスマイクを起動する。連動して現われる恐ろしい髑髏型のスピーカー。いつ見ても圧力がある。
「そうか。けど病院に入院するのはもうこりごりなんでね。キミ一人で行ってきたらいい」
続いて俺もマイクを起動する。そして現われるキラキラと輝くアメシストのヒプノシススピーカー。
碧棺左馬刻のスピーカーほどの圧力はないが、美しさでは負けていないと思う。

「はっ!相変わらずムカつく啖呵切る奴だなテメェは!一撃で潰れてくれるなよ!?」
碧棺左馬刻の先攻から始まったラップバトル。
相変わらず暴力的で、殺人的なリリックだ。

「くっ……!」だが、耐えきれないものではない。
彼のターンが終わった瞬間に、鋭く切り込むようにライムを刻む。
「がァ……!?」
そして互いのターンが終わった頃には2人共片膝を着いていた。

碧棺左馬刻を見るとニヤリと笑っていた。俺のライムを喰らって笑っていられるなんて、やはりこの男は強い。
今までバトルしてきたラッパーの中なら、師匠を除いて一番強いのではないか。

「ハハハッ!最高だぜ!やっぱラップバトルはこうじゃなきゃ面白くねぇよな!!!」
完全に瞳孔が開いていらっしゃる……。正直怖い。

「キミは本当に好戦的だな。だが、次のターンからは俺も積極的に切り込む。キミの心を読ませてもらおうか!」
俺は基本的には攻撃を受けて切り返すカウンター型だが、当初の目的、『碧棺左馬刻のことをもっと知る』ために初めてこっちから仕掛ける。

俺には師匠との修行で身につけた、
あるラップスタイルがある。それは『相手の心が読める』というもの。
師匠に言われたことだが、俺は相手のラップの"波"を読み取り、掴むのが上手いらしい。
その能力を応用して生み出したスタイルだ。

今相手が何を考えているのか、さらに深く読めば過去のことも少しは読める。
せいぜい2〜3日間のことくらいが限度だけど。

このスキルを使えば、碧棺左馬刻が今何を考えているのが、言葉にしないことも読み取れる。
そして俺ばかりが心を読むばかりではフェアではない。俺も自分の心を曝け出す。
そうしてようやく、師匠の言っていた『ラップを通して心を通わせる』状況が完成する。

「ハッ!何をすんのか知らねぇがやってみろや!つまんねぇ攻撃だったらすぐぶっ潰してやんよ!」
碧棺左馬刻が吠える。俺は心を落ち着け、彼の目を見つめる。
そしてリリックを叫ぶ。すると彼の心が頭の中に響いてくる。
『楽しい』『この時を待っていた』『こいつは何をしている?』どうやらこの状況を楽しんでいるようで何よりです。

ちなみにこのスキルの良いところは、相手が次に紡ぐリリックがなんとなく分かるので防御にも応用できる点だ。
俺のターンが終わり、碧棺左馬刻のリリックが紡がれる。あらかじめ内容を知っていたので精神的に対処も出来る。
先程よりも明らかに自分のリリックが効いてないのを見て、驚いた顔をしている。

「テメェ……何しやがった」
「さっき言ったとおりだ。俺は今、キミの心の中を浅く覗いている『何故俺様のリリックが届いていない』『先程までは少なくとも相打ちだったはずだ』『コイツ何をしやがった』……キミの心の中は忙しいな」
「!!随分と「……悪趣味なスタイルじゃねぇか。意外だな、か失礼な奴だなキミは。コレも立派なラップスタイルだ」「……チッ」

どうやら俺のスキルを理解した碧棺左馬刻は短く舌打ちをした。
『リリックは読まれてんのは厄介だな』『奴の読心よりも先にリリックを紡がなくては』『もしくは奴のスキルが切れるのを待つか。相手の心の中を読むなんてスキル長く使える筈はねぇ。奴の脳に負担が掛かる』

色々と考えているのが手に取るように分かる。しかし、このスキルの弱点をすぐ看破されたのは驚いた。
確かにこのスキルは俺の脳に負担が掛かる。連続して使えて5〜6分ってとこかな。

普通、自分の心の中を読まれたら軽くパニックになる。
しかしこの男はあくまで冷静に現状の確認、対処方法、弱点の仮説をも行ってみせた。
やはり元The Dirty Dawgのメンバー。只の人間ではない。スキル切れになるまでに、気合いを入れて叩き潰さないとならない。

「碧棺左馬刻!俺はこれから俺の全てをリリックに刻む!……もし耐えられたらお前の勝ちだ」
「面白え!やってみろ!テメェの存在くらい受けきってやんよ!」

俺は必殺の意思を込めたラップを刻む。
俺の魂のすべてを曝け出すようなリリック。俺という存在全てを、弾丸にして打ち込むような行動だ。


互いの存在をビートに乗せ、リリックに刻む。そして精神に直結するヒプノシスマイクの力で、俺達の心はようやく繋がる。


「はぁ……はぁ……どうだ……」
俺のターンが終わった。碧棺左馬刻は両膝を地面に着いていた。
今のは俺の全力を乗せたラップ……だった筈だ。流石に立ち上がれまい。
気絶でもしているのか、と近づくと気づいてしまった。この男は両膝を着いた状態のまま、未だ立ち上がろうとしている。
満身創痍で血まみれになってもなお、この男は決して諦めようとしていない!

思わず恐怖で青ざめる。もし立ち上がられたら俺は同じ攻撃に耐えきれるだろうか。
「……良い攻撃『だった』ぜ。俺様じゃなきゃぶっ飛んでたろうになァ」
碧棺左馬刻が立ち上がる。全身血まみれで。しかし表情は軽やかに。思わず『綺麗だ』と思ってしまった。

「今度は俺の番だ!喰らいやがれェ!!」
俺の攻撃と同じように、碧棺左馬刻の魂を感じるリリックだった。
相変わらず暴力的で破壊的なラップだが、どこか『心』を感じるラップだった。

碧棺左馬刻という存在をのせたラップが脳を蹂躙していく。身体のあちこちから血が止まらない。三半規管がおかしくなり足が震え、両膝を着く。
『心を読む』スキルがなければ、確実にやられていた。
ちょうど先程の碧棺左馬刻のようだった。意識はまだぎりぎり残っている。
あとは立ち上がるだけだ。だが足の震えが止まらない。

「おうおう……足にガタきてんじゃねーか。そのまま……おねんねしてれば直に楽に、なるぜ?」
「それはキミも同じ、だろう。まだ意識がある以上倒れる、訳にはいかないな……」
「……チッ、相変わらず、無駄にタフなヤローだぜ……」
何とか立ち上がれた。こういうとき、碧棺左馬刻のような柄の長いヒプノシスマイクだと立ち上がるの楽そうでいいなと思う。


そこからは、まるで数年前の再演だった。
ただ一つ違うのは、今回のラップバトルは不思議な感覚があった。
数年前のバトルは、いかに効率良く相手をダウンさせることしか考えていなかった、完全に『勝つ』ための戦いだった。

今回は違う。勿論、今回も白黒つける為のバトルだが、ターンを交代する度に『心が通じ合っている』気がする。
ずっとバトルをしていたくなるような不思議な感情を抱いた。
まだ、まだ終わらせたくない。


しかし、どんな物事にも終わりが来る。俺のスキルの時間が切れたのだ。
「ぐぁああああっ!」頭の芯に激痛が走る。思わず片膝を着いてしまう。
「おー……ようやく時間切れか、オメーの目的は……十分、達成したろ。好い加減、ぶっ倒れてろ」
「まだ、まだ終わらせない!……まだやれる!」
「だだっ子かテメーは……、ほれ良い子はおねんねちまちょうね〜。……喰らいやがれェこれがラストだァ!!!」


碧棺左馬刻の渾身のリリックが脳を揺らす。今までのダメージも相まって、脳の一番深い所に攻撃が直撃する。
身体のコントロールが一瞬に失われる。後ろでヒプノシススピーカーの紫水晶が粉々に砕けたのが見えた。
あぁ、俺負けるのか……。そのまま俺は意識を手放した。


――5――

はっと目が覚めると、まだあの廃ビル跡だった。
横をみると、碧棺左馬刻が煙草を吸っていた。
そのまま何も言わずに俺を見た。
「……俺どれくらい気絶してた?」
「あー……30分くらいか?覚えてねぇ」
碧棺左馬刻の足下を見ると、煙草の吸い殻が多く転がっていた。……目が覚めるのを待っていてくれたってことだろうか。

「30分もか……。これはもう完敗だな。あー。すっごい悔しい。師匠以外に負けたのなんて本当の本当に久しぶりだ」
師匠と修行し始めて、これだけ悔しい敗北はない。あ、やばいちょっと涙が出てきた。
でも、悔しいだけではないこと、も分かる。


「……俺、キミに負けて滅茶苦茶死ぬほど悔しいけど、嬉しくもあるんだ。ラップバトル前よりキミのことを知れた気がする。それが嬉しい」
「……そうかよ」碧棺左馬刻は目を逸らした。意外と照れてるのかもしれない。


「なぁ……碧棺左馬刻」
「んだよ」
「お、お、お、俺と友達になってくれませんか!!??うぇ……ゴホゴホッ!!」
「んな満身創痍で叫ぶな!………………良いぜダチになってやっても」
「え、マジで!?」
「まぁ、テメー俺様に負けたからダチっつーか舎弟な」

俺、舎弟にランクアップしたの?ダウンしたの?まぁここは友達になってもらったとポジティブに考えよう。
「それじゃ……これからよろしく、えっと左馬刻、くん」
「くん付けとかうぜぇから止めろや」
「それ、じゃあ、左馬刻。これからよろしくね」

俺から右手を差し出して握手をした。左馬刻はちょっと恥ずかしそうな、嫌な顔してその手を握り返した。
が!その瞬間にお互いの腕に響く激痛!ちょっと良い空気で忘れてたけど、俺達全身血まみれのボロボロなのよね。


「どうしよう病院……。行きつけの病院あるんだよね」
「……こっから少し歩く」
立ち上がることすら困難な俺達には苦行じゃないですかやだー。

「……仕方ない、気が引けるけど救急車呼ぼう」
夜更けに二人で全力ラップバトルやってましたとか、病院にとって迷惑以外の何物でもないんだろうけど。
「銃兎でも良いんじゃねぇか」この人同じチームとは言え警察官を足に使おうとしてるよ。

「いや、入間さんだと確実に怒られるからヤダ」
数ヶ月前の時も、言葉尻柔らかにもうこんな(馬鹿げた)ことしないでくださいねって言われたし。
と、俺が何とかバッグからスマホを取り出すより早く、左馬刻がポケットから素早くスマホを取り出していた。
いや、あのバトルに耐えきれるとかどんなスマホなんだよ。

「おい、銃兎、今から言うとこに車で来いや。理由?んなもんどうだっていいだろ。早くしろよ」
「ああああああっ!遅かった!入間さん今のは気にしないで、ゴホゴホッ、おえええええ」
「テメェ一回で懲りろよ」
『……なんとなくですが、理由が分かりました。すぐ向かいますから、くれぐれも大人しくお願いします』
『くれぐれも』の所に圧を感じた。入間さんかー。また怒られそうだなー。やだなー。

その後数分で来てくれた入間さんに、俺と左馬刻はこってり絞られました。
確かにディビジョンバトル控えてるチームのリーダーに無理させたことになるのだから、これは怒られても仕方ない。
しかし左馬刻はまったく悪びれずに「機会があったからやっただけだ。文句あるか」と宣った。
なんでそこまで俺様になれるんだろう。ちょっとだけそのメンタルが羨ましい。

「ったく。テメェら次はねぇからな!本当に好い加減にしろよ!!」
と、切れ気味の入間さんに怒られてしまった。ちょっとレアなものを見た気分。てか実はこっちが本性だったりして。それはないかー。


俺と左馬刻は入間さんの車で、仲良く病院に向かう。
途中、ヨコハマの夜空に月が見えた。
見上げた月は満月で、まるで今の俺の気分のように明るかった。



――Next story――

「今までお世話になりました。治安悪きヨコハマ・ディビジョンよ……」
「いやまてまて、紫朗テメェ何勝手に荷造りしてやがんだ」

いつもの通り無断で入ってきた左馬刻は、俺の部屋の有様を見て珍しく、驚いた声を上げた。
それもそのはず、今この部屋は引っ越しの準備の真っ最中なのだ。

「なんだ?ヨコハマのどっかで良い物件見つけたのか?」
「違うんだなぁこれが。俺はこれからシズオカに引っ越しです」
「……は?シズオカ・ディビジョン?なんでテメェがんなトコ行かなきゃなんねーんだよ!」
俺は黙って師匠から昨日届いた手紙を左馬刻に渡した。

『紫朗チャンお久しぶりコレは内緒だったんだけど、実は紫朗チャンには2人の弟弟子がいたの!
 この前最後の修行が完了したから、兄弟子として2人に是非あって欲しいなって
 2人は今シズオカで一緒に住んでます。ちゃんと会ってあげてね?
 そして『出来れば』俺の弟子3人でチームを組んでほしいなって。理由はあとで話すから、よろしく!
   p.s 住む場所もちゃぁんと用意してるから安心してね 2人共、紫朗チャンに似てとっても良い子です』

「……なんだこの怪文書」
「俺もそう思う!しかし要約すると弟弟子が2人シズオカにいるから、会ってチーム組めってことなんだよぉ!!」
「いくら何でも横暴すきんだろ。断れよ。テメェも仕事あるんだし」
「左馬刻……キミの口から『横暴』って言葉が出るとは思わなかったよ」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
「そんなの売る元気もない」

というか!ですよ!?
「俺も出来れば断りたいよ!俺の通勤時間倍になっちゃうし!?でも……知ってるかい、弟子にとって師匠の命は何よりも重く、優先すべきものなんだ」

そういって左馬刻専用マグカップを新聞紙で包む。
「……それ、持ってくのか」
「きっとキミ、シズオカにも来てくれるだろ。それともキミが持っておく?」
「……いらねぇ」
「んじゃ持ってくね。向こうで落ち着いたらすぐに呼ぶよ」
元々ヨコハマ・ディビジョンには数ヶ月しか住んでいないから荷物が少ない。荷造りはあっという間に終わった。

「左馬刻」
「ンだよ」
「今までお世話に(?)なりました!」
「何で疑問系なんだよぶっ殺すぞ」
「いや、キミには純粋に世話になったと言い辛いから……」
「殺すわ」
「まてまてまてまて、ヒプノシスマイクを取り出すな!家の中では禁止だ!他の部屋の迷惑になるだろ!」
「心配事はそこかよ……オイ、シズオカ行っても俺以外に負けるんじゃねぇぞ」
「勿論だよ。というかもう、俺は誰にも負ける気はないよ。……キミにもね」
「ハッ言うじゃねぇか。」

左馬刻はどこか満足そうに笑った。
あの2回目のラップバトルから、左馬刻は結構笑うようになった。それが実は嬉しいのは秘密だ。
あのバトルから他にも分かった事がある。左馬刻は結構俺の声が好きってこと。俺の瞳の色が好きなこと。ラップバトルしてる俺が好きってこと。
俺も左馬刻の同じトコ気に入ってる……いや、好きだから、意外と俺達は似たもの同士なのだろうか。

「左馬刻、師匠が何を考えてるのか分からないが、3人でチームを組めって事は、師匠命令で俺達もディビジョンバトルに出ることになるかも知れない。
もしチームで戦うことになったら、また、全力で戦おう。楽しみにしてる」
「おう、まぁテメェのチームメイトがどんなやつらだろうが、俺達MAD TRIGGER CREWの敵じゃねぇがな。完全に叩き潰してやるよ」
そういって不適に笑う。その笑顔が結構好きだ。自信が前に溢れてキラキラとしている。絶対に言わないけど。

右手を差し出す。左馬刻がその手をじっと見つめる。
「お互い、次会うときまで切磋琢磨しよう。……次は負けないからな!」
左馬刻がその手を取る。ちょ、痛い。痛い!
「当然だ。シズオカ行って腑抜けてたら即ぶっ殺すからな。」
握手(痛い)をしあって、手が離れる。一生の別れではないと分かっているがなんか寂しいと感じてしまうのは、この数ヶ月彼とずっと一緒に過ごしてきたからだろうか。

「んじゃ、俺帰るわ。……シズオカ着いたら連絡しろよ」
左馬刻がドアに向かって歩き出す。その後ろ姿もしばらく見ることはないんだろうと思うと少し涙腺が緩む。
「ああ、勿論。また、近いうちに会おう」

そして俺はヨコハマで出来た大切な友人と別れた。
きっと再会の日は、近い。


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