小説 | ナノ




『Amethyst』 6話 意外


「おう、お前が最近ここらで暴れてる『Amethyst』だな?」

拝啓、最近知らない人から声をかけられることが増えました。しかも大体怖めの兄ちゃん達です。
しかし、『Amethyst』って何?紫水晶?俺のヒプノシススピーカーと関係あるっちゃあるけども。

「すいません、俺その『Amethyst』?って人?じゃないと思うんですけど」
「嘘をつくな!さっきお前が起動させたヒプノシススピーカーを見たぞ!あれは『Amethyst』のものだ!」
「ごめんなさい、本っ当に分からないんですけど『Amethyst』って何ですか?」


「……『Amethyst』っつーのは、ここ最近勢い付いてきたラッパーのMCネームだ。どうやら名のあるラッパーを次々と倒して回っているらしい。風貌は地味だが、紫水晶のヒプノシススピーカーを持っているらしい。……つまりお前だ!」

あー。『Amethyst』ってMC ネームなのね。俺ディビジョンバトルしないからそういえばMCネームというものを持っていなかった。
師匠との修行中もMCネーム『師匠』と『弟子』って簡素なものだったし。
てかスピーカーが紫水晶だから『Amethyst』って……。
まんまじゃないか。個人的にはもっと捻ったものにして欲しかった。

「話はよく分かりました。どうやら『Amethyst』は俺みたいですね。で、俺に一体何の用でしょうか?」
まぁ聞かなくても大体分かっちゃうんだよなー。これが。
「決まっているだろう!俺とラップバトルをしろ!」
ほらきた。きましたよ!こうなるって知ってました!

「すまないけど、俺は人助け以外でヒプノシスマイクを使うことはしない。
 キミもさっき俺が女の人を助けるために、マイクを起動したのを見ていただろう?
 馬鹿な信条と笑われるかもしれないが、こればかりは譲れないものなんだ。ラップバトルをしたいなら他所を当たってくれ」
「テメェ何生温いこと言ってんだコラァ!そんなくだらねぇ信条は犬にでも喰わせておけ!良いからバトルだ!」

ちょっとカチンと来てしまった。いかんいかん、心頭滅却、心頭滅却……。
「犬に喰わせたら消化不良起こすほどの、重い誓いなんですよ。少なくとも俺にとっては……。」
というか碧棺左馬刻を差し置いてラップバトルなんてしたら俺殺されるんじゃなかろうか。

「ガタガタうるせぇ奴だ!この俺のリリックを喰らってからどうするか決めるんだな!」
男がヒプノシスマイクを起動し、ライムを刻む。が、例によって全然効かない。碧棺左馬刻1/100以下って感じ。
「くそッ効いてねぇのか!?」
「はい!効いてません!なので逃げます!さらばだ!!」
自慢ではないが、俺は不意を突かれない限り逃げ足が速い。あの碧棺左馬刻も追いつけないくらいだしね!

「Amethyst!待て!待ちやがれ!」
古今東西、待てと言われて待つ奴はいないのだ。ってことで無事に戦闘離脱できた。



しかし最近の俺の活動は目立ちすぎなのだろうか。
まぁ原因はヨコハマの治安が悪いって事なんですけどね。
目に付いた困ってた人を助けていたら、AmethystだなんてMCネーム貰っちゃう事になったし。
しかし控えようとは決して思わない。俺は『やれる偽善者』だからだ。

『やらない偽善より、やる偽善。そして紫朗チャンは『やれる偽善者』になるようにね』そう交わした、師匠との誓いを破るわけには行かなかった。
しかし悪目立ちするのも困りものだ。幸いにして、姿格好については特に印象に残ってないようだし、問題はスピーカーだ。
ヒプノシススピーカーって、形状勝手に変えられないのかなとマイクを弄っていると、突然女性の鋭い悲鳴が聞こえた。
俺は後先考えず、その場を飛び出していた。


声の方向を頼りに、埠頭の近くを走っていると、今まさに男にナイフを突きつけられた女の人を発見した。
「嫌っ……助けて!」
「うるせぇ、ぶっ殺されたくなかったら有り金全部寄越せや!」
「待て!その女の人から離れろ!」
ヨコハマ、カツアゲ率高いなーなんて思いながら、男に詰め寄る。

「何だテメェ……。テメェもぶっ殺されてぇのか!」
「殺されるのはゴメンだ。俺も、その人も。いいからナイフから手を離せ!」
「ふざけてんじゃねぇよ!まずはてめぇから殺してやる!」
逆上した男が、ナイフを手に突進してきた。それを間一髪で躱すと、バッグからヒプノシスマイクを取り出し起動させる。

「てめぇ、そのマイク、そのスピーカー、Amethystか!」
ちょっと待って。何処まで俺のMCネームは広まっているんだろうか。ヨコハマの情報網早くて怖いなー。

「残念だが、ナイフを手放さない以上、情状酌量の余地は無しだ。一撃で決めさせてもらう!!」
男が2撃目を喰らわせる前に、俺のラップが男の脳を直撃し、男はそのまま倒れ込んだ。ちょっとしか手加減してないからしばらくは動けないだろう。
男を放っておいて、女の人に近づくと、女の人は感激したように大きな声で話し出した。

「ありがとうございます……っ!貴方がこの近辺で有名なAmethystなのですね!噂に違わず凄いラップスキルでした!」
なんだろうか。この人ラップ好きなのかな。テンションが高くてちょっと怖い。
「あ、いや、俺のことは放っておいていいですから、怪我はとかはありませんか?」
「はい、お陰様で無傷です。ああ、でも怖かった!」

そう言って俺にしがみついてくる女の人。きゃぁ、ちょっとこれは!柔らかいものが!!
女性にそういったスキンシップをされた事が滅多に無いため焦る焦る。
「(めっちゃ良い香りする……じゃなくて!)怖かったですね。すぐ警察を呼びますから、安心してください」
「はい。ありがとうございます。……ああでも良かった。Amethystに会えて。……ずっと探していたんです」

……?それは、どういうことだと問う前に、女性の手からスタンガンが見えた。
危ない、と思ったときにはもう遅かった。俺はスタンガンを喰らい、気絶一歩手前までダメージを喰らった。
てかアレ違法改造スタンガンだな。普通のスタンガンじゃ、この程度までダメージを喰らわない。
違法改造マイクも違法改造スタンガンもあるなんてどんだけ荒れてるんだヨコハマは。

「あれ、流石に気を失ったりしませんか。もっと威力上げた方がいいのかな」止めてください死んでしまいます。
「い、一体何を……」と女の人に問いかけようとすると、奥からぞろぞろと男達が出てきた。
「Amethystが『人助け』をしてると聞いて罠を張っていたが……。ビンゴだったようだな」
男達の言動に全て納得がいった。
「成る程ね。全部、俺を誘き寄せるための罠ってことか」
つまり女の人の悲鳴も、男のナイフの脅しもみーんな嘘!いやぁ完全に騙された。しかしちょっと大掛かり過ぎやしないか。

「わざわざ俺を呼び出すために一芝居打つなんて……一体何が目的なんだ?」
「『Amethystを倒した』って結果が欲しいだけよ!この辺のラッパーは皆そうだぜ?名のあるラッパーを倒せば自然と知名度も上がるからな。お前みたいなチームも組んでないくせに、知名度はある奴は格好の的って訳だ」
「それでどうするの?俺とラップバトルするのか?」

今回の件は一応私闘に入るから俺マイク使えないのでは?
でもあっちもスタンガン使ってきたしなぁ。
てか、元々騙されてたとはいえ、女の人を助けるのが目的だった訳だし、何とかならないだろうか。
ちょっと俺の鉄の信条が揺らぐ。
どうしたらいいか己の心の中の師匠に問うたが『紫朗チャンのやりたいようにやれば良いんじゃナーイ』と全く当てにならなかった。

一応、牽制の為にヒプノシスマイクを取り出す。
「は、テメェが私闘でマイクを使用しない事は知っているぜ。くだらねぇが今は好都合だ」
どうやらこちらのポリシーはバレているらしい。んじゃ、とマイクを仕舞うことにする。
「それじゃ、マイクを持っていない俺とどうやってラップバトルをするつもりなんだ?俺を倒したという『結果』が欲しいんだろう?」

そう問うと、男達はにやにやと笑いを浮かべた。なんか腹立つ。
「別にラップバトルじゃなくても、てめぇを負かす方法はあるってことさ!」
その言葉と共に男の1人が俺の腹を思いっきり蹴る。思わず息が詰まる。
「がはっ……!お前達!!」
「ああ、ちゃあんと周りには『俺達に負けました』っていうんだぞ?じゃなきゃ意味ねぇからな」

まさかこのH歴3年にラップではなくリアルファイトをすることになるとは。
まずい、スタンガンを喰らっている上にこの人数は明らかに分が悪い!

「しかしてめぇも人助けてこんな目に遭ってるんじゃ可哀想なやつだなぁ。他人なんて踏みつぶすか、無視すりゃいいんじゃねぇの?」
「人助けは只のライフワークだ。キミ達にとやかく言われたくないな。……それに俺は、平穏を望むものに無理矢理力をかざす奴らが大っ嫌いなんだよ!」

俺の叫びに男達はまたニタニタと笑い、俺の首を掴んできた。首が絞められて息が上手く出来ない。
「ピーチクパーチクうるせぇ口だなぁ。……二度と無駄口叩けないようにしてやようか」
喉を締め付ける手に力が籠もる。俺の商売道具なんだから大事に扱って欲しい!
とりあえず目の前の男の手を振り解こうと、もがいていたそのとき、

「テメェら何やってんだ」

路地裏に聞き覚えのある、鋭い、威厳のある声が響いた。
声の方向を振り向こうとした途端、俺の喉を掴んでいた男が吹っ飛んだ。ついでに吹っ飛ぶ俺。そして受け身を取る俺。
闖入者――言うまでもなく碧棺左馬刻が男を殴り飛ばしたらしい。

「あ、碧棺左馬刻……。」
「おい、テメェ喉は無事か?」
喉、喉、まぁ再戦を望む身としては大事なことだよね。いくつか発声を行い、状態を確かめる。
「あ、あ〜、大丈夫だ。ありがとう碧棺左馬刻」

無事を告げた時、碧棺左馬刻が一瞬ホッとしたような安心したような顔をした。何だその顔。今まで一回も見たことない。

「さて、俺様のシマで何勝手なコトしてんだぁ?」
その言葉と共にいつもの怖い顔に戻ってしまった。何故か勿体ないと感じてしまう。
「ひっ……あいつは碧棺左馬刻っ!」
「くそ、逃げるぞ!」
一斉に走り出す男達を余裕の表情を浮かべながら、碧棺左馬刻がマイクを起動させる。

「この俺様から逃げられると思ってんじゃねぇぞボケがァ!!」
碧棺左馬刻のラップが路地裏に響き渡り、果たして、男達は数秒もしないうちに全員に伏せっていた。

俺にスタンガン喰らわせた女の人は青ざめて、呆然と目の前の光景を見ていた。
碧棺左馬刻が女の人の近づく。まさか手を上げるつもりじゃないだろうか。
流石にそれはヤバイと声を上げようとすると、碧棺左馬刻は静かな声で話しかけた。

「こいつらに何唆されたのかは知らねぇが……次は、ねぇぞ。とっとと失せろ」
声は静かだが、眼光は殺さんとする鋭いものだった。女の人は短い悲鳴を上げると一目散に逃げ出した。


そうして、俺と碧棺左馬刻がこの場に残った。
助けて貰った……ってことで良いんだよな!?これは俺殺害未遂事件からすると大きな進歩ではないろうか!
今!俺とこの男の間に決して生まれる筈のない友情が育まれる音がしました!

「あ、碧棺左馬刻ありがt……」
とお礼を言うより先に、碧棺左馬刻は俺の横腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「ぎゃぁ!!痛ッ痛ッ!肝臓は一番痛いんだぞ何してくれる!!」

文句をいう俺を碧棺左馬刻は無表情な顔で見つめている。
そして痛みにのたうつ俺の目の前にしゃがむと、俺の髪を掴んで無理矢理目線を合わせる。
「っ痛……」
やはりその目は無表情で綺麗なガラス玉のようだった。

「テメェがテメェの正義に則ってどこで、何をしてても、俺は一切関与しねぇ。興味もねぇ」
「だがな」
「テメェがどんな状況であれ、俺様以外に負けるだきゃ許さねぇ。次こんなことあってみろ本気でテメェを殺す」

碧棺左馬刻の赤い目は爛々と輝いていて、その言葉が本気だとありありと示していた。
確かに、俺とのラップバトル再戦を熱望する彼としては、自分以外の人間に負けるのは面白くないだろう。
彼の本気を正面から受け止め、俺は答える。

「……わかった。いつ、如何なる状況であっても俺はキミ以外には負けない。必ずだ。俺の信条に賭けて誓うよ」

その言葉を聞いた碧棺左馬刻が、一瞬、本当に一瞬だけど、フ、と笑った。すぐいつもの不機嫌そうな表情になってしまったけど。
え、キミってそんな表情出来るんだ……!?なんか意外というか綺麗というか、妙にドキドキしてしまう。

喉を心配してきた時のホッとしたような表情、今の笑顔、そしてピンチの時に助けてくれた事実。

実は、碧棺左馬刻って思ったほど悪い人間ではないのでは……!?言動はどうかと思うくらい荒いが、なんだかんだ言って俺を結局殺さなかったし、女性には手を出さないし、心の中は情に厚い漢なのでは。
いや、全部俺の気のせいってこともあるわけだけど!
いつの間にか消えていた碧棺左馬刻にも気づかず、俺は一人『碧棺左馬刻』という男について考えていた。


To Be Continued





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