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『Amethyst』 4話 共闘


ヨコハマ・ディビジョンに住み始めてから、早数週間。
相変わらず治安は悪いが、自分の住むアパートの近くを朝と晩にジョギングがてらパトロールするようになってから、アパートの周りだけは、物騒な空気がちょっとだけマシになった気がする。
住み始めた頃は、こんな治安の場所で大丈夫かいなと思ったが、住めば都ってやつですね師匠!

意外と自然も多いし、耳を澄ませば鳥のさえずりg「てめぇ左馬刻!覚悟しやがれ!」

嫌な鳴き声の鳥も生息してるんだな。この辺。




……止せばいいのに声の方向まで来てしまった。
いや、万が一だけど『さまとき』という同名の人の可能性もあるし。仮に碧棺左馬刻だとしても放っておくのは寝覚め悪いし!
それに一応ジョギングコースだしね!

声と喧噪が聞こえてきたのは、とある大きな倉庫群のうちのひとつだった。
倉庫はとても大きく、声がよく響く。
こっそりと窓から中の様子を除くと、見覚えのある銀髪と赤い瞳。
と!それをそれを取り囲む大体30人くらいの怖そうな男達!
これはもしかしてリンチって奴ではないのか?しかし碧棺左馬刻はいつも通りの不遜な態度を崩さない。ヒプノシスマイクを持っているからだろう。

しかし、いくら何でも1人に対して人数が多すぎる。
あの碧棺左馬刻のヒプノシスマイクといえども、一度のマイク効果範囲は大体15人って所なのではないだろうか。
あれ?これって実は意外とピンチなのでは?

そうこう考えている間に碧棺左馬刻と男達は話し出す。
「おう、よくもまぁテメェ、こんな頭数集められたもんだな」
「ふん、それだけ貴様に消えて欲しい人間が多いということだ、左馬刻」
「タイマン張る気概もねぇくせに、群がるのはいっちょ前とか虫けらみてーだな。おっと虫けらに失礼か」
「左馬刻ィっ!貴様!」

うわー、煽る煽る。なんであの人こんな状況下で、あんな挑発がポンポン出てくるんだろう。ある意味尊敬する。
「まぁまぁ、この人数を前にしてんだ。ブルっちまって饒舌になる気持ちも分かるぜ」
「あ゙ぁ!?俺様がいつテメェらにビビったっつーんだよ。ぶっ殺すぞ」
碧棺左馬刻は早速マイクを構える。もう話す価値もないということだろう。
「左馬刻、テメェのそのマイク1本で何処までやれるか見物だな」

男達もマイクを取り出す。が、流石に30本もマイクがあるのはおかしすぎる。
しかもよく見ればマイクの形状が俺や碧棺左馬刻のものとは異なる。
「違法マイクか……。つまんねぇもん持ち出しやがって」
「何とでも言え。違法改造されたもんだけあって威力は通常のマイクの数倍だぜ。そしてこの人数だ。てめぇの無様な姿が目に浮かぶようだぜ」
こここ、これは本当にあの碧棺左馬刻といえども分が悪いのでは!?


「そろそろお喋りは終わりだ左馬刻ィ!虫のようにのたうち回ってるとこをよく見てやるよ!」
「んじゃ、俺はテメェらの死体を眺めてやんよ!くたばりやがれ!」
お互い、ヒプノシスマイクとスピーカーを起動する。広い倉庫とはいえ、31人のスピーカーが起動する様は圧巻だ。
と、こんな事を考えている場合ではなかった。

俺は覗いていた窓を蹴破ると、今まさにラップバトルをしようとしている中に堂々と侵入した。
「な、なんだ!てめぇは左馬刻の仲間か!」
突然の闖入者に目を白黒させている男達と、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨む碧棺左馬刻。
いや、感謝しろとは言わないけど、もっとこう……表情があるだろう……?

「俺は決して!碧棺左馬刻の仲間ではない!!しかし、違法マイクの使用は文字通り違法だ!俺はそれを諫めにきた通りすがりのランナーだ!」
自分でも、何を言ってんのか分からなくなってきたが、言いたいことは全部言ったつもりだ。
「は、正義の味方気取りかよ。邪魔するならてめぇもまとめて始末してやる」
「どうとって貰っても構わないよ。ただ俺のジョギングコースでこういう物騒なことはやめ「オイ、雨塚テメェ何しに来やがった。うぜぇからさっさと失せろ」

男達と話している俺の胸ぐらを、碧棺左馬刻が掴んで無理矢理目を合わせる。その目にはありありと不機嫌ですという文字が浮かんでいた。
てかこの人俺と話している時に胸ぐら掴むの止めてほしいんだよね。首の所が伸びちゃう。

「テメェ、加勢しにきたとか、クソみてぇな事抜かしたら、まずテメェから殺す」
「といってもこの人数の違法マイクの相手を1人でするのを、見逃せる訳ないだろう。加勢じゃない。たまたま同じ所に居ただけだと思ってくれ」
「……チッ、俺様はそういうテメェみてぇな『偽善者』が大ッ嫌えなんだよ。ぶっ殺したくなるから失せろ」
「なんとでも言ってくれ。やらない偽善よりやる偽善。そして俺は『やれる偽善者』だ!!」

そう、碧棺左馬刻に啖呵を切る。それに、俺の偽善者ぶりはもうキミは嫌ってほど知っているだろ、と話す。
彼は一瞬驚いた顔をした。その隙に俺は胸ぐらを掴まれていた手を剥がして、碧棺左馬刻と背中合わせになるように陣取る。

「……俺は俺の正義に則って行動するだけだ。……だからキミも好きにしてくれていい」
「……聞けば聞くほど反吐が出るなテメェの意見は。ちょうど良い。こいつらと一緒にのしてやる」
「何が何だか分からんが、邪魔するならお前も殺す!2人纏めて冥土に逝きなぁ!!」

そうして、広い倉庫に碧棺左馬刻のビートが響いた。
流石、最初からトップスピードが出せる男だ。30人のうち、10人が卒倒した。
さらに俺がそれに続けてリリックを刻む。碧棺左馬刻の無秩序なラップの中から何とか"波"を読み取り、威力の増幅を狙う。さらに10人が卒倒した。

残り10人は顔を青くして、あり得ない、と呟いていた。しかしあり得るんだなこの男と俺ならば!
「これで最後だ!くたばっちまえ!」「喧嘩を売った相手と場所が悪かったな。これに懲りたら、もうこんな事をしないように」
「「喰らえヒプノシス!!」」

最後の一撃で残りの10人も卒倒した。30人を倒せた安心感と共に、頭と身体に痛みが走る。
別に30人の男達にやられた訳じゃない。
犯人は俺の隣で煙草ふかしている碧棺左馬刻くんです。
確かに、「お前ごとのす」とか言ってたし、俺も「たまたま同じ所に居ただけだと思ってくれ」とは言ったけど、本当に攻撃するかな普通!!仮にも加勢に来た相手に対して!!
想像して欲しい。マラソン大会で一緒に走ろうねって言ってきた子が、スタートした途端にいきなり凶暴化して走りながら殴りかかってくるのを。
俺の今の心はそんな裏切りを受けた気分でいっぱいだった。

本当になんなのこの人……。俺本当にこの男のことが分からん。
しかし、おそらく一生掛かっても分からんだろうから早々に考えるのを止めて、警察に違法マイクの大量所持および使用の件で通報をした。
十数分で応援が来てくれるとの事で安心した。30人の男達もしばらくは目を覚まさないだろう。

さて、警察の人が来るまで手持ち無沙汰だな。てか碧棺左馬刻と同じ空間にいるのが気まずい。
碧棺左馬刻は煙草を吸い終えると、吸い殻を足下に落とし踏みつぶした。
こんな些細な行動も絵になる男だ。普通の顔してれば超美人なのに、なんで俺の前だとあんな凄んだ表情しか出来ないんだろう。

思わず碧棺左馬刻を見つめていたら、こちらの視線に気づいた彼に睨み付けられる。
「んだ、じっと見やがって気色わりぃ」目つきも悪いが口も悪いなー。しかし見つめていたのは事実なので大人しく謝る。
「いや……何でも無い。悪かったよじろじろ見て」
「フン……まぁちょうど良い。俺様もテメェに話があるからな」
あれ、なんか嫌な予感がする。

「何のご用件でしょうか」
「こんな雑魚共相手じゃ、お互い不完全燃焼だろ。ラップバトルすんぞ」
ほらぁー!なんか殺気のこもった目で見てくるから嫌な予感がしたんだよ!!
「絶っっっ対嫌だ。」
「……チッ駄目か。」
「駄目に決まってるだろう!キミこの前の俺の決死のガッツ覚えてないのか!」
「んなもん忘れたわ。バトル後の高揚感ってやつがオメーにはねぇのか不感症が」
「だ、だ、誰が不感症だ!俺はキミと違って好戦的じゃないんだ!一緒にしないでくれ!」

と、近くからサイレンの音が聞こえてくる。警察が到着したらしい。
碧棺左馬刻の視線から逃げるように、倉庫の入り口に走り寄った。

警官の人に30人が違法マイクを所持していること、さらには使用しようとしたことなど詳細をできる限り伝えた。
30人は拘束、違法マイクは没収となった。
最後に警官の人に「ご協力ありがとうございます」と言葉を貰い、別れた。
気づくと、碧棺左馬刻はもうとっくに倉庫から抜け出していたようだ。つくづく面倒ごとを嫌う彼らしい。


俺はというと、途中で終わっていたジョギング兼パトロールを再開しようと、シューズの紐を結び直したのだった。



――Addiction story――


碧棺左馬刻は海を見ながら煙草を吸っていた。
暇を持てあまし、自らの組の事務所を飛び出し、当てもなく町を歩いていた所だ。
(チッ暇だな……)
先ほどまで絡んできた輩をヒプノシスマイクで半殺しにし、一息つく。
正直、先ほどの相手ではウォーミングアップにもなりはしない。
完全に不完全燃焼だ。しかし、こういう時に限って、いつも嫌になるほど来る、絡んでくる輩が来ない。
つまらねぇ、仕方ねぇ、煙草を吸ったら事務所に戻るかと考えていた時だった。

目の前を黒髪紫眼の男――雨塚紫朗が通りかかった。
ジョギングをしているようで、前をまっすぐ見つめており、こちらには全く気づいていないようだった。
(こんな町中で会うなんて珍しいな……)

雨塚紫朗は数年前からの因縁ある相手である。
左馬刻としては早々にラップバトルの再戦を果たし、過去の勝負にきっちり決着をつけたいところだった。
しかし、紫朗は人助け以外には、ヒプノシスマイクを使用しないという独自の信条を持っているようで、数週間前に脅しも込めて再戦を迫ったら、文字通り命がけで拒否され、結局未だ勝敗はついていない。

口だけの偽善者は嫌という程見てきたが、紫朗の『偽善』は本物に迫る勢いのあるものだった。
左馬刻は、決して口にも態度にも出さないが、その紫朗の『偽善』をほんの少しだけ気に入っている。馬鹿もあそこまで行けば本物だと考えているのだ。

しかし、それはそれとしていつかは必ず決着をつけるつもりでいる。
紫朗の信念が偽善だろうがそうでなかろうが、あの男とは必ず雌雄を決する必要があると考えているからだ。

(暇だし、後つけてみるか……)
もしかしたら、何かしら弱みなり、何なりを握れるかもしれない。
いくら偽善者の馬鹿といえ、叩けばホコリが出てくるもんだ。特にこのヨコハマに住んでる人間は。
そして、その弱みが再戦の切っ掛けになるかもしれない。
我ながら良い考えだと考え、煙草を踏みつぶし、急いで紫朗の後を追った。


******


「こら!こんなところでカツアゲをするな!」
「その女の人が嫌がっているだろう!その手を離せ!」
「女の子をどこに連れて行くつもりだ?アンタその子の親じゃないよな?」
「それは違法マイクだな?悪いことは言わないからそれを俺に渡してくれ」

左馬刻は紫朗の後を付いていって数分で後悔した。
紫朗はこの治安が悪いヨコハマにおいて、目に付く全てのトラブルに首を突っ込んでいたのである。
流石に1時間に4件は、やり過ぎである。サツかよ、と左馬刻は1人呟いた。

そしてその全てを、手にしたヒプノシスマイクで事も無くねじ伏せ、解決する。
いつ見ても紫朗のヒプノシスマイクを構える姿を見ると心が妙にざわめく。

あの見事な紫水晶のスピーカー、普段のふにゃふにゃした顔とは全く違う鋭い眼光、透き通った声、決して折れない心、その全てを変な意味ではなく『綺麗だ』と感じている自分がいる。
そして、できれば対峙する相手が自分であったら、とも。

というか紫朗の『パトロール活動』を見てきたら妙に腹が立ってきた。
何故、あんな雑魚とはラップバトルをするのに、俺様とはしないのか、と。
勿論、紫朗の信条も言い分も理解しているが、それがなんだというのだ。
俺様が再戦したいと言ってるのならばそれに答えるのが当たり前ではないのか。


イライラしながら紫朗を見ていたら、目が合ってしまった。
紫朗は目が合った瞬間、「げっ」という顔をして、すぐに逃げの体制に移った。
その行動さえもイラつきを加速させ、紫朗の逃げ足がトップスピードに入る前に素早く駆け寄り、その胸ぐらを掴んだ。
呆気なく捕まった紫朗は大声で叫んだ。

「何だよ碧棺左馬刻!だからキミ、胸ぐら掴むのは止めてって言ってるだろ!!」
「うるっせぇ!テメェ雑魚とばかりバトルしやがって!俺とバトルヤるのはそんなに嫌か!?この野郎がぁ!!」
「何々!?何の話!?全然話が見えないんだけど!!」
「黙れ!このクソ野郎がぁああ!!!」
「止めて止めて!揺さぶらないで!?」

左馬刻が紫朗を尾行して約1時間半。
結局、紫朗の弱みは見つけられませんでしたとさ。


To Be Continued





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