小説 | ナノ




『Amethyst』 3話 共鳴


――1――


「それでは、雨塚さんご協力ありがとうございました。お帰りには気をつけて」
「いえ……あまり力になれなくてすいませんでした。……それじゃ」

ヨコハマ署の入り口で怖いお巡りさんこと入間さんと挨拶を交わす。
今日は先日起きた碧棺左馬刻による、俺殺害未遂事件についての任意事情聴取を受けていた。

あの後、病院に入院して3日経った頃、病室に入間さんがお見舞いに来てくれた。
調子はいかがですか、と聞かれタフさが取り柄な俺はちょっと見栄を張って、もう全く問題ありません!と答えてしまった。

すると、入間さんは笑みを深めて(ちょっと怖い笑顔だった)、「それを聞いて安心しました。それでは早速明後日、ヨコハマ署に来て頂きたいのですが……よろしいですね?」と宣った。ちなみに「よろしいですね?」と口で言ってはいるが目は「来いよコラ」って感じだった。

そして今日!俺は晴れてヨコハマ署を訪れることになったのだった。
事情聴取の前にお互いに軽く自己紹介をして、俺は初めてこの怖いお巡りさんの名前が『入間銃兎』という格好良い名前だと知ることになった。

そして事情聴取は当然のように、入間さんと2人で行われた。こういうのは複数で行うものだと思うが、前回入間さんが『揉み消し』がどうとか物騒なことを言ってたから、あの事件の詳細を知ってるのは少人数がいいとの入間さんの判断なのだろう。

んで。肝心の聴取の内容ですが、ほぼ碧棺左馬刻の証言と同じでした!!
碧棺左馬刻の説明が上手いのか、俺の説明が下手くそなのか、そこが問題だ。
入間さんはというと、終始俺の話を呆れて聞いていた。気持ちは分かる。
殺されかけてるのによく分からんポリシーを優先するなんて、端からみたらただの馬鹿だろう。

「では……もう一度聞きますが、左馬刻は貴方にマイク使用させる為だけに攻撃を行った」
「はい」
「そして貴方はマイクの使用を拒否し、左馬刻の攻撃を無抵抗で受けた挙げ句、死にかけた、と。」
「……仰る通りです」
そう答えた途端、入間さんから深いため息が聞こえた。ほんとに馬鹿みたいな原因で申し訳ない。

「……それにしても、あの左馬刻がそこまで執着するなんて、余程雨塚さんはラップスキルがお高いんですね」
突如、会話の、空気の流れが変わったように感じた。俺にはまるで、ここからが聴取の本題のように感じた。

「いや、昔、とある男の人とラップバトルの修行をしてまして。ヒプノシスマイク攻撃への耐性には自信があるんですよ」
「ほう、修行……。興味ありますね。その方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
入間さんの目がギラリと光る。これは、確実に俺から師匠の情報を掴もうとしている。
しかし、残念ながらあの人の詳細を知っている人なんて、この宇宙には居ないのではないか。

「……すいません。名前は知らないんです、『俺のことは師匠って呼んでね』って言われたっきりでしたから」
「名前すら知らない方と共に、ラップの修行を行うとは不思議ですね。怪しいとは思わなかったのですか?」
「師匠は……昔色々あった俺を助けてくれた人ですから。今でも、誰よりも信頼していますよ。てか名前どころか、年齢も出身地も何も知りませんよ。俺が知ってるのは師匠は、俺よりもずっとラップが強いってことだけです」
「ほう……貴方もとてもお強いと思うのですが。それ以上とは。是非とも会ってみたいですね」
「ははは、師匠は会おうと思って会える人じゃないですからね。今もどこに居ることやら」

そういうと入間さんはそれ以上、師匠について聞いてこなかった。俺から何も情報が得られないと確信したのだろう。
なんか安心した。これは予感だが、世間に師匠の情報が知られると、何かが大変な事になるのではないかと思う。ラップスキル的にも、あと性格的にも。
それからは特に込み入った話をすることなく、早々にヨコハマ署を後にすることになった。

「あー……疲れた。結構時間余っちゃたな。……久しぶりにブクロにでも行こうかな」
イケブクロに行くのは、修行の合間に限定のフィギュアを買いに行った時以来だ。


――2――

「相変わらず人多いな。そしてアニメ●トがでかい」
数年経っても変わっていない喧噪に包まれると、自然とテンションが上がる。
やっぱ都会っていいよね。オオサカも好きだけど。
フラフラと町並みを見ながら歩いていたら、いつの間にか裏道に入ってしまった。

「しまった。ここ何処だろ。とりあえず東口を探そうか……」
と、さらにフラフラしていたら「やめてください!」と男の子の悲鳴が聞こえてきた。
急いで声の方向に向かうと、男子高校生らしき男の子が数人の男達に囲まれ、胸ぐらを掴まれていた。
男達と男の子と目が合う。

「何だてめぇ!こいつの仲間k「すいません、お兄さん助けて下さい!!」
男達の言葉を遮り、男の子が叫ぶ。うん、意外と物怖じしない子だった。

「いいよ。ほらお兄さん達、そんなに群れてないで。1人によってたかっては格好悪いですよ」
なるべく穏やかな言葉で説得しようとするが、経験上この手の人間には、どんな言い方でどんな言葉をかけても逆上するのは目に見えてる。
「あぁ!?るっせぇな!ちょうど良い。てめぇも有り金全部置いてけや。そしたら見逃してやる」
カツアゲか……。どこのディビジョンでも治安悪い所は悪いのね。

「残念だけど、俺はこれからアニメ●トに行く予定だから軍資金は渡せない。諦めてくれ」
「お兄さんもアニメ●ト行くんですね!僕もこれから行く予定なんですよ!」いやキミ本当にマイペースだな?!
どっちの言葉にイラついたか分からないが男達がヒプノシスマイクを取り出した。
あー……やっぱこの展開か。俺はため息をつきながらバッグからヒプノシスマイクを取り出した。
その後の展開はこの前のヨコハマと同じなので割愛!

地面でビクンビクンしてる男達を尻目に男の子を立ち上がらせる。
「お兄さんありがとうございました!おかげ様で限定●●たんのぬいぐるみを無事買えそうです」
どこまでもマイペースな男の子が、必死で守っていたのは限定品の為のお金だったらしい。
オタクが限定品に弱いのは痛いほどよく分かる。俺はフィギュア専門だけど。
大好きなものの為に身体を張って、お金を守るなんて中々できることではない。マイペースだけじゃなくて勇気ある少年のようだ。

「俺も限定品に弱いから気持ちはよく分かるよ。よく耐えて頑張ったね。またカツアゲされないうちに、早く限定品買ってきなよ」
と送り出すと「はい!」と元気良く男の子は走り出した。
しまった。一緒について行けば俺も東口に行けたのではないか。
まあ、なんとなく男の子の走った方向がは分かるし、俺も当初の目的であるショッピング行くか、と歩き出した。

しかし、そんな俺に声を掛ける人物が居た。
「ちょ、そこのアンタちょっと待ってくれ!」
その青年は長身のオッドアイで、ひどく息を切らしていた。


――3――


とりあえず薄暗い裏道で話をするのもなんだから、と俺は無理矢理近くの公園に青年を連れ出した。

明るい場所で見ると、緑色と赤色のオッドアイがキラキラと輝く美丈夫だった。
しかし、俺はこの青年と初対面だし、声を掛けられた理由が分からない。ので、率直に聞くことにした。

「えっと、俺とキミって初対面だよね?俺に何か用かな?」
そう声を掛けると、青年は悩むように目を泳がせ、ポツリポツリと話し始めた。

「その……直接話したことはないんスけど、会ったことはあります」
「エッ!?嘘?ごめん!いつの話ですか!?」
「数年前……アンタと左馬刻がヨコハマでラップバトルしてた時に、その場に居ました」
「……ってことはキミ元The Dirty Dawgの…………唯一名前が覚えやすい……筈、の……」
覚えやすいって言ってるのに全く出てこない……!
バカは難しい地名とか条約ほど、よく覚えるっていうがそれか!分かりやすいと逆に分からなくのか!?

必死に名前を探す俺を見て青年は薄く笑って「山田一郎っす」と離してくれた。お恥ずかしい。
結局山田くんの名前は思い出せたが、数年前に出会ったという出来事は全く思い出せなかった。
というか数年前のヨコハマのラップバトルの印象は、99.9%碧棺左馬刻に占拠されてしまっている。実に腹立たしい。

「すぐ思い出せなくてごめんね山田くん、俺は雨塚紫朗。よろしく」
「雨塚、紫朗……さん」
「雨塚でも、紫朗でもどっちでもいいよ」
「ウス、ありがとうございます……紫朗さん」
自己紹介が終わったところで本題に入ることにした。

「山田くん、俺に何か用があったのかな?ほら、息切らして駆け寄って来たし」
「えっと……すんません、特に急ぎの用があった訳じゃなくて……紫朗さんのラップを聴いたら、居ても立っても居られなくて、思わず声かけちまってたっつーか……、はは、俺何言ってんスかね」
「え、えーっと元The Dirty Dawgのキミにそう言われるのは光栄だな!」
「俺、あの日の左馬刻とのバトルを見て、紫朗さんすげぇかっけーなって思ってて……あの左馬刻の攻撃受けても、決して膝着かないトコとか、鋭く刺すようなリリックとか、鋭い眼光とか、響く声とか、それから……」
「ストップストップ!そんなに褒められ慣れてないから、恥ずかしい!」

堰を切ったように、山田くんの口から飛び出す俺への褒め言葉に照れてしまって、思わず山田くんの口を手で塞いでしまった。思ったけどこれセクハラと違うかな。
ムグムグしてる山田くんを解放し、落ち着かせて話を聞くことにした。

「あのバトルの後、俺達、紫朗さんと師匠さんの居場所探したんスけど、全然見つからなくて……」
「うん……ごめんね。秘密の修行場に行ってたから」
しかも、その後すぐ『修行卒業宣言』受けて、用事でオオサカに行ってたしそりゃ見つからんわ。
でも碧棺左馬刻も凄い探したとか言ってたけど、なんでそんなに血眼になって俺達を探そうとしたんだろ。

「この前、碧棺左馬刻も言ってたけど、なんでそんなに俺達のこと探したん?」
「!!!左馬刻に会ったんスか!!」
あ、なんか地雷踏んだ予感。そういえばThe Dirty Dawgってメンバーの不仲で解散したんだっけ……。
これは、やばい事を口走ってしまったのでは……。
どう話題を逸らそうかと、頭を働かせるが山田くんは話を変える気は全く無いようだった。

「紫朗さん!左馬刻に!会ったんですか!!」
「会った!最近会いました!会ったから揺らすのやめてぇ!」
俺の肩を掴んでグラグラさせる(結構力が強い)山田くんの気迫に負けて、つい最近会った碧棺左馬刻に関する出来事をよせば良いのに全部洗いざらい話してしまった(山田くんの反応を見て、もっと省略するべきだったと反省した)

話を聞いた山田くんは激しい怒りの表情を浮かべていた。
「……んな勝手な理由で無抵抗の人間にマイクを使うとか……マジ許せねぇ」俺も本当に、本当にそう思います。

「それにしても……本当に紫朗さん凄いですね!左馬刻のリリックに耐えるとか!」
「俺の数少ない取り柄だからね。……ねぇ山田くんちょいと聞いてもいい?」
これは碧棺左馬刻の「ずっとテメェを探してた」発言を聞いてから考えていた事なんだけど。

「ん?何すか?」
「山田くんもさ、俺とラップバトルしたいとか考えるもんなの?」
素朴な疑問だった。必死に探してたってことは、俺達と会ってラップバトルしたいって事ではないのか。
つまり、碧棺左馬刻ような人間が、今後現われないとも限らない訳だ。それは困る。

何度も言うが、俺は人助けの為にしかマイクを使う気は無い。
ていうか普通のラップバトルが苦手だ。あのギラギラした、領土賭けた勝負の空気とか……。
てかH歴元年から思ってたけど、ラップでテリトリーの取り合いってなにそれ戦国時代?

そんな俺の何気ない質問に、山田くんは無表情だった。
ひぇ……っ!碧棺左馬刻もそうだけど、美人の無表情顔怖ぇ!
山田くんが手元を見つめながら、ポツリと話す。
「そう……ですね。俺も紫朗さんと1回はバトルしてみたい……ってのは嘘じゃないです。でも!俺は左馬刻と違って無理矢理とかぜっってぇ無いっすから!そこは信じて下さい!!」
「山田くん……なんてキミは良い子なんだ……。ありがとう。信じるよ」

碧棺左馬刻襲撃ショックが割と心に来ていた俺は、思わず山田くんの手をとって涙ぐんでしまう。歳取ると涙腺緩くなるからやだなー。


「それに……今は紫朗さんとラップできる場合ではないっつーか……はぁ……」
先程までキラキラしていた顔をしていた山田くんが、急に暗い顔になった。
そのちょっと頼りないしょんぼりした顔に、俺の父性本能が刺激されて、何があったのか聞いてしまった。

「いや、紫朗さんに聞いてもらえるような内容じゃないんで……ちょっと俺が情けねーって話なんで」
「俺達さっき会ったばかりだけど、俺は山田くんが情けない人間とは感じないよ。それに……悩み事を当ててみようか。ズバリ、ディビジョンバトル予選チームのことでしょ?」
「!何でそれを……」
いや、カマかけただけなんだけどね。

中王区からディビジョンバトルの予選開催が大々的に発表されて数日。
この時期のラッパーの悩みと言えば大体が予選関係のことだろう。

しかし、山田くん程のラップスキルを持っている人間が予選突破で悩むことはないと思われる。
ならば、チームメンバーが集まらないとか、メンバーの連携が上手くいってないとかそんな所だろう。

「……何があったのか話してみないかい?俺はディビジョンバトル出場しないから、敵になることもないし。それとも俺じゃやっぱ頼りないかな?」
「いや……そんな……ことないっす。でも、こんなこと、紫朗さんに頼っていいのかって……」
「人生を上手く生きるコツは、頼れそうな大人に頼っておくことだよ山田くん。気にしないで良いってば」
「……本当に良いんすか……多分、滅茶苦茶迷惑かけることになりますよ……あいつら俺の言うことも上手く聞かないし……」

『あいつら』ってことはメンバー間の連携が上手くいってないんだな。
「大丈夫だって!俺はさっきキミを信じた。今度はキミが俺を信じて欲しいな」
その言葉に山田くんは、やっと笑った。そして今のチームの現状を詳しく話してくれた。

山田くんのチームメンバーは3兄弟の弟達であること。
個々のラップスキルは山田くんも認めるほどのものだが、2人で連携した途端にマイクの威力が激減してしまうらしい。
ここ最近は主に2人の連携をメインに練習しているが、彼らは実兄相手だと、どこか本気を出せなくて困っているとのこと。

まぁ身内に甘くなるってのは良くある話だからね。
俺と師匠には全く関係ない話だったけど。むしろ身内ほど嬉々として追い詰めてくる……ってそんなことは今はいい。
身内に甘くなっちゃうなら、NOT身内の俺にはおあつらえ向きでは?
とりあえず、問題の弟達をこの公園に呼び出して貰うことにした。


――4――


「兄ちゃん!遅くなってごめん!」
「いち兄、お待たせしました!」
果たしてやって来た弟'sは素直で良い子そうな子達だった。2人とも高校生……かな?背が高い。

「おう!急に呼び出して悪かったな。早速だが今日はいつもと違う練習をする。紫朗さん……雨塚紫朗さんにお前たちの連携を見て貰う」
一郎くん(兄弟が揃ってわかりにくいので今後一郎くんと呼称する)が俺を紹介すると、弟くん達はどっか不審そうな目を向けて来た。てか、ガンつけてない?不信感露わにしてない?気のせい?

「え、えー今回臨時講師?をすることになりました雨塚紫朗です。よろしく」
「……山田二郎っす。よろしく」
「……山田三郎です。よろしくお願いします」

あ〜。警戒されてる!?しかも警戒のされ方似てるな!流石兄弟!
大人が嫌いなの?俺の見た目が気に入らないの?兄以外の存在が気に入らないの?

しかし、臨時講師としてここに居る以上、練習をせねば。
一郎くんは少し離れた所で俺達を見ている。なんか授業参観って感じ。

「さて、今日は二郎くんと三郎くんの連携を見るんだけど、まずは2人個々の本気のラップが見たい。1人ずつ俺に攻撃してきてくれ」
「「!?」」
二郎くん、三郎くんは俺の言葉に驚いて、それから怒ったような顔をした。馬鹿にされたと思ったのだろう。

「アンタ、兄ちゃんの紹介だからって、俺らのこと見くびりすぎじゃねぇ?」
「僕たちの事、子供だって馬鹿にしてるんですか?」

うーん、この反抗期ムンムンな感じ。俺、男兄弟いなかったからどうしたらいいのかわからんが、ここは押し切る!
「見くびっている訳でも馬鹿してる訳じゃないよ。連携後の威力と比較する為には必要なことだ。勿論自信がないなら止めてもいい」
ちょっと軽〜く挑発してみたら、面白いくらい引っかかる……。意外と煽り耐性ないなー。

二郎くんが先にヒプノシスマイクを取り出し、構えた。
「おもしれぇ!んな大口叩けることは結構やれんだろうなアンタ!だが、俺のマジ喰らってタダで済むと思うなよ!!」
「いくぜ!血反吐吐いても知らねぇからな!」のかけ声の共に、二郎君のラップが頭に入ってくる。
成る程、この若さにしては力強くて鋭いリリックだった。頭にクラクラくる。
「いいね。勢いのあるライムだった。次、三郎くん」
強がって軽く流しているが、流石に効いてる。その証拠にさっきから碧棺左馬刻にやられた古傷が痛む。許さん碧棺左馬刻。

「「!?」」
二郎くんと三郎くんがなんか変な目でコッチを見ている。
「二郎、何手加減してんだよ!」
「してねぇよ!手加減なんか!俺はマジで昏倒させるつもりでやった!アンタ何モンだ!?」
「俺はヒプノシスマイクの耐性にはちょっと自信があってね。あ、ちゃんと効いてるから安心してね」

それを聞いて三郎くんの眼光が鋭くなった。
「……今度は僕の番です。低脳の時と同じ様にいくとは思わないで下さいね」
「オイ!誰が低脳だ!?」

あ、連携が上手くいかない原因の一端を今見た気がする。なんか些細な事で喧嘩しそうだなこの2人。
「行きますよ!」三郎くんが吠える。同時に彼のラップが俺を襲う。二郎くんと違って天才的な感覚で紡がれるリリックだった。頭がグラグラしてきた。
「三郎くんも良いラップだね。ありがとう。とりあえず個々のラップスキルは把握できた。2人ともその若さで凄いね」

俺が2人くらいの歳の時ってまだ、ラップ始めてなかったからね。
「お、おい!本当にアンタ何もないのかよ!俺マジ潰すつもりでいったんだぜ!それを……」
「僕も……昏倒させるつもりでやったんですけど。少しも……効いてないんですか?」
いや、だから効いてるんだってば。碧棺左馬刻の古傷にビンビンきている。足もちょっとガクガクしてる。
しかし、2人が少し自信を無くしたように見える。ここで意気消沈させるのはまずい。急いでフォローを入れる。

「全く効いてない訳じゃない。表情や仕草に出にくいだけだよ。それにさっきも行ったけどマイク耐性には自信があってね。普通の人なら卒倒する程の力強いラップだった。改めて2人共凄いね!」
激励の意を込めて2人の肩を軽く叩こうとした。が!2人には若干嫌そうな顔をして避けられました。お兄さん傷つく。

気を取り直して、問題の2人の連携を見ることにする。
「それじゃあ今度は2人で連携して俺を攻撃してきてくれ。言われなくても本気でね」
そう言った途端、なんか喧嘩が始まった。あ〜。これ攻撃受けなくても結果見えてる奴〜。

「俺が先に行く!お前は俺をサポートしろ!」
「はぁ!?何勝手に決めてるんだよ低脳!さっきの攻撃全っ然効いてなかったのに、笑わすの止めてくれる?」
「効いてねぇのはテメェもだろうが!ここは俺に任せろって!」
「なんでお前を頼らなくちゃならないんだよ!ふざけるな!」

なんなの?この2人なんで兄弟なのにこんなに仲悪いの?男兄弟ってこういうもんなの??
どう止めればいいか、考えあぐねていると後ろで見ていた一郎くんから喝が飛んだ。

「てめぇら!いい加減にしろ!紫朗さんにお前らの連携を見て貰うのにそんなんじゃ、話にもならねーだろうが!」
一郎くんの喝で2人は一気に叱られた犬のように、目に見えてしょんぼりした。長兄すげー。てか一郎くんが凄い。
「ごめん……兄ちゃん」
「すいませんでした、いち兄」
怒られた2人はようやく2人してマイクを構える。

「まずは、無理に連携を意識しないで、自然体でやってごらん。それから指導の方針を決めよう」
「言われなくとも!」
「さっきと同じ様に行くとは思わないことですね!」

そして、二郎くんと三郎くんのリリックが俺に届く……。届いてる……、んだけど……。
「う〜〜ん……」
なんと言ったらいいのか。いや、なんと言えば伝わるのか。
「どうでしたか?」
と聞く三郎くんに、迷ったが真実を告げることにする。

「威力が弱くなってる」
「「はぁ!?」」
「正直、個人の方が威力は強いデス」
「「はぁああ!?」」
ちらりと一郎くんの方を見ると、うんうんと深く頷いていた。デスヨネー。

そして始まる弟達の諍い。思うにこれなんだよなー。この連携不足の原因は。

「だからてめぇのラップが俺のラップ弱くしてんだよ!黙って俺に従っておけって!」
「低脳の分際で僕の足を引っ張っておいて……そんなだから駄目なんだよお前は。むしろ僕に従って欲しいね」
「あ、あのーちょっと話するからその辺で……」

ギャンギャン言い争う2人の間に入ると、一斉に2対のオッドアイが期待を込めてこちらを向いた。
「なぁ、どー考えてもコイツが悪いよな!?俺のラップ悪くないよな!?」
「二郎に構わず、本当の事を言ってください。コイツのラップが僕の足を引っ張ってるって!」
その言葉を聞いて、俺は真面目な顔で本当の事を告げる。

「どっちが悪い、とかじゃないよ。こういうのは。強いていえば2人共が同じくらい悪い」
その言葉に2人は少なからずショックを受けたようだった。

「まず2人は気持ちが全く重なってない。気持ちが重なっていないってことは"相手の波"を全く見ていないってことだ。お互い自分が、と先攻する気持ちだけが先走っている。それじゃ、連携なんて出来ないよ」

さらに言葉を続ける。
「今のキミたちのラップは互いを互いに喰い合って、威力が削ぎ落とされてる。連携はお互いを思いやらなければ駄目だ。先手の人は次の人が連携しやすいように気をつけなければいけないし、後攻の人間は前の人のラップの"波"を掴んで上手く乗らなくてはいけない。そうじゃないと折角の先手の人のラップを殺してしまうからね。……今の君達を見るに、それがまったく出来てない」

……と、言うべきことを言ったところで2人を見ると、酷く落ち込んだ様子で俯いていた。ヤバイ、もしかして言い過ぎたのだろうか!?
慌てて話題を変えることにする。

「まぁいきなり色々言われても困るよね!ちょっと一郎くんと俺で手本をやってみようか!一郎くんお願いしてもいいかな?」
いきなり声を掛けられた一郎くんは驚いたように、しかし嬉しそうに駆け寄って来た。
「え、お、俺でいいんすか?」
「うん、一郎くんとはなんとなく"波長"が合いそうだし。一回やってみた方が2人も分かりやすいかなって」
「ウス、頑張ります!!」
「いや、あくまで連携が上手くいったときの、威力の増幅を見せる為だからくれぐれも弱めにね。」
なんか本気出しだそうな気概の一郎くんを宥めて、バッグからマイクを取り出す。

今回のコレは領土バトルでも私闘でもなく、困ってる山田兄弟を助ける為のマイクの使用だから、俺のポリシーに抵触しないからな!とヨコハマの方角に言い訳しておく。なんで俺こんなことしてるんだろ。

一郎くんと俺がマイクを起動する。
「大丈夫かい、一郎くん」「はい、いつでも行けます」「じゃあ先に一郎くんからお願いします」
俺の言葉を皮切りに、一郎くんがリリックを刻む。弱め、の注文通り二郎くんと三郎くんは少しふらつく程度で済んでいる。
次に俺がリリックを重ねる。一郎くんの"波"を壊さないように、更に増幅させるようにライムを刻む。
「くっ」
「うぅっ」
途端に2人が苦しみ出す。本当は痛みなくデモンストレーションしたかったんだけど、威力の増幅を知ってもらう為には仕方なかった。

「どうかな。コレが連携による威力の増幅だ。一郎くんのラップを殺すことなく、すぐ次の波が来ただろう?」
2人に聞くと静かに、コクリと頷いた。連携の重要性については理解してくれたようだ。ちょっと安心。

一郎くんに聞いたとこによると、一郎くんとであれば問題なく連携出来てるらしいから、"波"の概念もすぐ理解出来るだろう。
問題は二郎くんと三郎くん間の連携なんですよねー。あれかな、俺が一郎くんの右腕だ!みたいに競い合って結果喧嘩になっちゃっていう感じ?

「2人共、一郎くんの役に立ちたいって気持ちは痛いくらい理解できるけど、現状を改善しないと逆に足を引っ張ることになる。3人1チームのディビジョンバトルはそんなに甘いものじゃないよ。」
いや、俺出ないんだけどね。
しかし誰かと息を合わせてラップする大変さは、師匠との修行で嫌と言うほど学んだから、敢えて言わせて貰おう。

俯いたままの2人の肩に手を置く。今度は避けられる事はなかった。目線を合わせてゆっくりと言い聞かせる。
「いいかい、君達は兄弟で、これって凄いアドバンテージなんだよ」
「アドバンテージ?」二郎くんが首を傾げる。
「有利ってことさ。兄弟ってことは普段の生活も一緒にしてるって事でしょう?つまりチームメイトの生活リズムや趣味嗜好……"波"を掴みやすいってことさ。他のチームで3兄弟って中々居ないと思うし。キミ達は他のラップチームよりも有利なんだよ。きっとキミ達が連携をマスターしたら誰にも負けないチームになるさ」

2人がお互いの顔を見合わせる。
「赤の他人の一郎くんと俺の連携でも、正しく力を使えばあれだけの威力になるんだ。兄弟同士の連携となったらきっと凄いことになるよ。」
ね!と一郎くんを見やると……なんか顔が暗いっつーか……落ち込んでるような。
「ど、どうしましたか一郎さん」

恐る恐る声を掛けると、一郎君は拗ねたように見える顔で答えた。
「……俺と、紫朗さんって赤の他人なんすね……。そうですよね、今日数年ぶりに会ったばっかの、ガキなんざただの他人ですよね……」
おーぅ。そこに拗ねてたんかい!確かにこんなに色々首突っ込んで、赤の他人は無かったかもしれない。急いでフォローに回るに越したことない!
「ごめん!もう一郎くんと俺は赤の他人じゃないね!俺の失言でした!今日から俺達は『友達』ってことでどうでしょうか!?ね、友達!!」
「ともだち……っすか!良いっすね!これからダチとしてもよろしくお願いします!紫朗さん!」
雨塚紫朗は数少ない友達を手に入れた!やったね!死ぬまでに友達100人できるかなー。





「……っともうこんな時間か。ごめんね。長い間拘束しちゃって」
公園に響き渡る鐘の音に、時計を見れば3兄弟が集結してから随分と時間が経過していた。

「いや、俺が頼んだことですから。今日は本当にありがとうございました。こいつらも何かを掴めたと思います」
その言葉に二郎くんと三郎くんを見ると少し照れたように目線を合わせてくれた。

「その、なんつーか、ありがとう、ございました。連携について、ちょっと考えてみるよ」
「あ、あのっ、今日はありがとうございました。良い勉強になりました。僕もちょっと考えてみます」
「そんなに大したことしてないし、俺で良ければいつでも力になるよ。ディビジョンバトル頑張ってね」

そして3人と握手をする。本当にキラキラした良い顔の兄弟だ。俺はすっかりこのチームのファンになってしまったようだ。
と、一郎くんがスマホを持って、あー、とかうー、とか言ってる。一郎くんらしくないはっきりしない態度だ。
「あの……本当に申し訳ねぇんですけど、また俺らにラップの特訓してくれませんか!?紫朗さんの時間が合う時で良いんで!」
「え、特訓っても、俺たいして知識を持ってる訳じゃないし……俺でいいの?」
「紫朗さんが良いんす!よろしくお願いします!!」
「「お願いします!」」

3兄弟に一斉にお願いされて、断れるほど冷酷な人間ではなかった俺は、自信がなかったけど了承した。
「じゃ、じゃあ連絡先教えて貰っても良いっすか!」
一郎くんが持っていたスマホをしゅばっと差し出して来た。
「いいよ。仕事が無いとき連絡するようにするね」
「ありがとうございます!ご連絡お待ちしてます!」なんかお客さんに言うみたいな口調に思わず笑ってしまった。

「あ、あの俺もいいすか連絡先……」「僕もお願いします!」
結局山田3兄弟全員と連絡先を交換した。俺のアドレス帳がぐっと充実したよ!やったね!


さて、帰るかと踵を返したところで、一郎くんから声が掛かった。
「あの、紫朗さん、俺達『萬屋ヤマダ』って何でも屋みたいなことやってるんす!だから何か困った事があったら何でも連絡下さい!」
「へぇ、何でも屋って凄いね。分かった。何かあったら連絡するよ。ありがとう。」だからさっき接客口調だったのね。
「……とくに左馬刻関係で困ったことがあったらいつでも駆けつけますから。安心して下さい」

……一郎くんの顔がすげぇ怖くなった。よっぽど仲が悪いんだね。とりあえす落ち着いて貰う為に返事はしておく。
「わ、わかりました。何かあったらご連絡いたします」
「どんどん頼って下さいね!何でもしますから!何でも!」
ニパって笑った一郎くんに安心したけど、やっぱちょっと怖かった。


――5――


山田3兄弟と別れて、ヨコハマの家の近くに着いた。
この辺りは街灯が少なくて、ちょっと怖い。
住んでるアパートまでの少し長い小道を歩いていると、後ろから気配がした。
スマホを弄っていた俺は、道を先に譲ろうとするが、後ろの足音は俺とつかず離れずの距離を保っている。
気味が悪くなり、足を速めると後ろの気配も一緒に着いてきた。

なんなんだと、後ろを振り向こうとした。
が、いきなり後ろから手を取られたかと思うと、ワルツを踊るように身体を反転させられ、そのまま胸ぐらを掴まれた。
近くの壁に身体が押しつけられて苦しい。

「ぐっ……何なんだお前は!一体……だ、れ……」
俺の胸ぐらを掴んだ男は、数日前に俺殺害未遂を起こした、碧棺左馬刻でした。しかもなんか怖い顔してるし。

「ひ、ひ、ひ、久しぶりだな碧棺左馬刻。何か用かい?言っとくけどバトルはしませんよ?」
「おう、久しぶりだな雨塚。……テメェ今日どこで何してた……?」

突然の、脈絡の無い会話に、疑問を抱きながら正直に話す。何もやましいことをしてないからだ。
「……?ヨコハマ署で入間さんに、キミとのことで事情聴取受けてから、イケブクロに行ってた」
素直に答えると、碧棺左馬刻は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……おう、イケブクロな。そこで誰と、何を、してた?言ってみろオラ」
その言葉を聞いて、全身から嫌な汗が吹き出す。まさか山田3兄弟と会ってラップの特訓してたことを言ってんのかな。
いやしかし、いくら俺がヨコハマの住民であっても、イケブクロの人間を応援してはいけない法律なんて無いはずだ。この男が勝手に創ってなければ!
「山田兄弟とちょっとラップの話をしてただけだ」

その言葉に碧棺左馬刻は胸ぐらを掴む手を強め、街灯の光を受けギラギラと光る赤眼で睨み付けてきた。
え、正直に言ったのに駄目なの!?なんでこの男が怒っているのか本当にわからない!

「テメェ、俺を誤魔化せると思ってんじゃねぇぞ、あ゙ぁ!?テメェあの場所であのダボ共相手にラップバトルしただろうが!!」
「はぁ!?してないしてない!本当に!!」
「俺様相手に嘘つくたぁ良い度胸してんなオイ!!俺様の舎弟が見たんだとよ、Buster Bros!!!相手にテメェがヒプノシスマイクを起動したのをよぉ!!」

Buster Bros!!!って山田3兄弟のことだよね。ヒプノシスマイクを使った……あ、使ったわ。一郎くんとの連携練習で使ったわ。

「つ、使いましたね。でもあれは「るっせぇ!黙ってろ!この俺様とはラップバトルするのは死んでも嫌がるくせに、あの偽善者とは簡単にバトルすんだなァ!?それともあの偽善者がテメェの逆鱗に触れることをしたのか?……なぁ、何をされたのか言って見ろや!!」

俺の言い分を聞かずに勝手に話を進める碧棺左馬刻にだんだん腹が立ってきた。
だいだい一郎くん達がそんな酷いすることないじゃないか。
友人達を馬鹿にされた苛立ちを吐き出すように、夜道で叫んだ。

「勘違いするな!あれはバトルをしていた訳じゃない!ただの人助けだ。……とにかく、キミにとやかく言われる筋合いはない!!」
そう言って胸ぐらを掴んでいた手を無理矢理引っ剥がす。そのまま、後ろを振り返らず家へと急いだ。

暗闇に佇む左馬刻から大きな舌打ちが聞こえてきた。
「雨塚紫朗……とことんイラつく野郎だぜ……」

俺はその言葉から逃げるように、急いでアパートの部屋に逃げ込んだ。こ、怖かったー!なんなんだアイツは!?夜道で待ち伏せするなよ!
その晩は部屋に碧棺左馬刻が乗り込んでこないかとビクビクして、上手く眠れなかった。


To Be Continued






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