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ふぁーすとみーてぃんぐ!銃兎×双葉編


その日、たまたまシズオカ・ディビジョンのJewel scopeメンバー、風見双葉はヨコハマに来ていた。
学校が休みだったので、お隣のディビジョンでも覗いてみるかー、くらいの心積もりだったのだ。

そして、荒れているヨコハマ・ディビジョンを見て、大いに驚いた。
この前、リーダー達と来たときはこんなにも荒れてなかったが。
あれはリーダーが気を遣って、治安が良いところを案内してくれたのだろう。
リーダーの心遣いに感動していると、案の定絡まれた。

双葉は「金を置いていけ」の脅しに顔面パンチで返答した。
彼はJewel scopeメンバー1好戦的で、ラップバトルも喧嘩も好きな性格だった。
その内、仲間が仲間を呼んで、ヒプノシスマイクによるラップバトルと拳による喧嘩が入り交じった大乱闘に発展した。
そんな大狂騒を誰も通報しない筈はなく……双葉は通報され、現在ヨコハマ署の留置場に拘束されていた。

「おーーーい!!俺は無罪ですよー!!早く出してくださーーい!」
鉄格子を壊れんばかりにガタガタガタガタ鳴らしながら双葉は思いっきり叫んでいた。
さっきから隣の部屋からうるせぇと声が挙がったが、全力で壁ドンしたら静かになった。

「あ、こういう時って弁護士、連れて来られるんですよね!?すいません、俺の弁護士を1人お願いしまーす!」
しかし、今は誰も相手している暇はないのか、誰も来てくれない。
だんだん双葉は暇になってきたので、鉄格子に登り、日課の筋トレがわりに懸垂をすることにした。


******


本当にヨコハマという街はトラブルが絶えない。
入間銃兎は思わずため息をついた。
街のどこかしこで、なにかしら問題が起きている。
トラブル起こしている奴らには、それを一つ一つ潰していく我々警官の苦労も考えて貰いたいもんだ。

さて、今日一番のトラブルの元まで歩いて行く。
何でも1対20でラップバトルと拳での乱闘があったとか。
しょっぴいた奴は、さっきまで無罪だの弁護士だのと喚いていたが、今は不気味に静かだ。
まさか逃げたんじゃないだろうなと足を速めると、そこには鉄格子で懸垂している少年の姿があった――。

「……あの」
あまりに異様な光景に言葉が紡げない銃兎に、双葉が気付くと、頭の先からつま先まで見て言った。
「俺の弁護士ですね」
「違います」
入間銃兎は即答した。

「だってその細身のスゥーツに髪型は七三って……どうみても俺を弁護してくれる人じゃん。逆転勝訴させてくれる人じゃん。」
「何でちょっと負けてるんですか。……貴方にはどういう風に私が見えているか知りませんが、私は入間銃兎。警官ですよ」
「警官さん!?んじゃ警官さんでもいいや!俺を出してくんない!?俺無罪だって、向こうが喧嘩売ってきたんだし!」
「無罪を主張する人間は、喧嘩相手にバックブリーカーかまさないと思いますけどね」
「いや、ちょっと……テンション上がっちゃって……えへへ」

双葉は少し恥ずかしそうに、頭を掻いた。
この少年が、ヒプノシスマイクも使ったとはいえ、大の大人20人を沈めたというのだから恐ろしいものだ。
しかも本人は無傷ときた。それどころか鉄格子で懸垂をしている。銃兎は頭が痛くなってきた。

「とりあえず、懸垂を止めて、降りてきてください」
「弁護士に会えるんですか!?それとも無罪釈放!?」
「どちらもありえませんから安心して下さい」
銃兎が冷たく突き放すように言うと、双葉がむくれた。ついでに鉄格子を広げようとする。

「俺こんなとこ早く出たいんだけどー。早く帰らないとリーダーに怒られちゃう」
「私も早く帰って欲しいんですけどね」
鉄格子を広げようとする双葉の手を叩くと、そのまま事情聴取を始めた。
しかるべき場所に移動させなかったのは、双葉の身体能力からいって逃げ出す恐れがあったからだ。

「はい、名前は」
「風見双葉、17歳、高校2年生、好きな食べ物は肉」
「そこまで聞いてません。貴方、先程『リーダー』と言っていましたよね。それに大人数を相手に出来るラップスキル……どこの所属ですか」
「シズオカ・ディビジョンの『Jewel scope』って最近結成したばっかだけど。リーダーは雨塚紫朗って人」
「……雨塚紫朗?」

聞き覚えのある名前に銃兎は驚いた。数ヶ月前、左馬刻とイザコザを起こして任意で事情聴取した人間の名前だった。
「何?リーダー知っているの?知り合い!?」
釈放の兆しが見えてきたのが嬉しいのか、双葉は新緑の瞳を光らせて詰め寄ってくる。

一方、銃兎の方は全く別のことを考えていた。
――これは一つ貸しが作れるかもな。
双葉から見えない位置で悪い顔をしながら、手元のスマートフォンをタップした。

「これから雨塚さんを呼び出します。雨塚さんに一連の話をしたら、今日はまぁ、釈放ということにしましょう」
「えー!リーダー来んの!?リーダーに怒られるんじゃん!やだなー」
「ガタガタいうな!コレでも譲歩してんだぞ!」
文句を言う双葉についに銃兎がキレた。だが、双葉は気にすることなく
「はいはい。大人しくしてますよーだ」とその場に座り込むだけだった。


******


「ほんっっとうにすいませんでした!!」
某眠らない街のサラリーマンを思い起こすような綺麗なお辞儀で、『Jewel scope』のリーダー、雨塚紫朗は銃兎に謝罪した。
「暴行、器物破損、その他色々ありますが、今回は私の権限で釈放ということに致します」
「すっげ、入間さん超偉い人なんだね!」
「お前はちょっとは反省と感謝をしなさい……っ!!」

双葉の頭を掴んで銃兎に向かって下げさせる紫朗。
彼の苦労の一端が見えて、銃兎は少し同情してしてしまった。

「まぁ……この程度の事でしたら問題ありませんよ。……雨塚さん、貸し一つですよ」
「う……っ。ですよね。俺で出来ることなら頑張りますから」
「その言葉を聞いて安心しました」と銃兎はニッコリと笑った。

「それでは、もうここにはなるべく来ないように」
用が済んだとばかりに追い立てる銃兎。
「はい。本当にありがとうございました」
「入間さん、ありがとうございました!」

と、双葉が去って行く銃兎の背を追いかける。
「お、おい双葉」
「俺、ちょーっとあの人と話があるからちょっと待ってて!」


「ねぇ入間さん」
「おや、風見くん。どうしたのですか?……私に何か?」
銃兎が驚いた仕草を見せた後、取り繕うような笑顔を見せた。

「今回の件を貸しにして、リーダーから『師匠』のこと聞こうとしても、無駄だよ」
「……ほう」
銃兎は目の前の少年が、この『貸し借り』の目的を勘でも、言い当てたのに驚いた。

「『師匠』は誰にも見つからないし、会うことなんてできないよ。本人が望まなきゃね。……それこそ中王区の人にも無理だね」
「随分と『師匠』さんに詳しい用ですが、もしや貴方も?」
「弟子3号の風見双葉でっす!よろしく。……とにかく『師匠』のことを探ろうとしても無駄だから止めた方が良いよ『銃兎さん』?」

双葉はそれだけ!と言うだけ言って、紫朗の元へと走り去っていった。
対して銃兎は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

雨塚紫朗、風見双葉、どちらも並のラップスキルではない。
その男達を鍛え育てた男――『師匠』に銃兎は興味を持っていた。……おそらく中王区もそうだろう。
だがその情報が欠片も出てこない。今どこでなにをしているのか、過去何をしていたのかすら掴めていないのだ。
「『師匠は会おうと思って会える人じゃないですからね。』……か。畜生が……」

思わず煙草を吹かす。
まぁいい、この先チャンスがないとも限らない。弟子に接触する可能性も大いにある。気長に待つか。
しかし。

「あのクソガキ……次があったらしょっぴいてやる」
双葉の最後の挑発するような笑顔を思い出し、忌々しく思いながら煙草を揉み消した。

end





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