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『Jewel scope』prologue


「着いた……」
昨日ヨコハマ・ディビジョンに届いた師匠からの手紙――それを頼りに2人の弟弟子のいるというアパートの前に到着した。
正直、どんな人なのか不安の方が勝っていた。
あの師匠が弟子に選んだのだ。どんな人物か全く想像がつかない。

少し震える指でインターホーンを押すと、思ったより若い声が帰ってきた。
「ハイハーイ!アンタが師匠に呼ばれた俺達の兄弟子?」
扉を開けたのは、ミルクティー色の髪と新緑の目を持つ。若い少年だった。おそらく高校生くらいだろう。
「そ、そうだけど、キミ、だけかい?」
「いんやー。奥にもう1人居るよ!まぁまぁ入った入った!」
少年は見た目通り明るい人柄のようで、すこし安心した。
「九波ー。兄弟子来たよ−」
「え、マジ。見たい」
奥からもう1人、水色の髪と瞳を持つ青年が出てきた。こちらは大学生だろうか。
色素の薄い少年は、眠たそうな目で、俺を頭のてっぺんからつま先まで見て言った。
「思ったより普通の人だね」
「だよな!?俺もそう思った!」
対する2人はなんかちょっと個性的だと思った。

取りあえず荷物を下ろして、お茶を出して貰った。
そして自己紹介。
「俺は雨塚紫朗。25歳。声優やってます」
「へー!すげぇ!声優さん生で見たの初めてだ!あ、俺、風見双葉!17歳。高校2年生ね!俺がこの中では一番遅く師匠の修行が終わったのかな」
「じゃあ、キミがついこの前まで修行してたのか。」
「うん、一昨日『修行卒業証書』貰ってさ。んでさ『これからキミ達の保護者兼兄弟子を召喚しま〜す』っつってそのままどっか言っちゃった」
『修行卒業宣言』から『修行卒業証書』になったのね……。何かちょっと進歩してて悔しい。
てか師匠は相変わらずフリーダムですね。
「俺は八蔓木九波。21歳。大学3年生。俺は2番目に修行を終えたことになるのか。修行を終えてからしばらく双葉と暮らしてた」
おそらく2人共……元の家は無いんだろう。それで師匠が急遽家を用意したってことになる。
……多分来月から家賃の支払い先、その他諸々は俺になってるんだろうけど、それはまぁ、2人の保護者役として良しとしよう。

「まぁ、取りあえず、師匠からの伝言でこの3人でチーム組む事になったから、これからよろしくぅ!」
双葉が湯飲みを持って乾杯のような動作をする。
取りあえず合わせる俺と九波。カチン、と湯飲みが静かになった。

このメンバーで集まるのは今日が初めて、いや、さっき会ったばかりだ。なのに――
「なんかさー。初めて会った気がしないね俺達」と九波が言う。
「あ、俺もそう思ってた!何だろ師匠が同じ?だから?なんか癖とか似てきてんのかなぁ」双葉が続ける。
「師匠の癖かぁ……。なんかちょっと分かるかも。キミ達から同じ雰囲気がする」と俺が笑う。

今日会った3人はまるで旧知の仲のような、穏やかな空気が流れていた。
きっと、俺がそうだったように、2人にも死ぬほど苦しい時期があったんだろう。でなければあの師匠の辛く、苦しい修行は耐えきれないと思う。
でも。それは聞かないことにする。『そういう話』は戦後の今、珍しく無いし、きっと2人も進んで話したくないだろう。
いつか、3人で酒が飲めるようになったら、少しだけ話せれば良い――そう感じた。

「てかチームってさー誰がリーダーとかやるんだろ。何決めることとかある?」
双葉がお茶を飲みながら考えている。
「とりあえずリーダーだけ決めとけば、あとは適当で良いんじゃ無い?1番手とか、2番手とか、そーゆーのは後で決めれば良いし」
お菓子を食べながら、怠そうに九波が話す。この中でリーダー……なんか嫌な予感がするぞ。
そう思った瞬間、一斉に2人がこちらを向いた。片方は良い笑顔で。もう片方は感情の読めない表情で。

「「んじゃ、これからよろしくリーダー!」」
ちょっと待て何で俺がリーダーなんだと不満を言うと「この中で一番年上だし、しっかりしてそう」という適当な答えが九波から返ってきた。
確かにこの中で年上だけど……っ!もっと決め方あるんじゃなかろうか。
「まぁまぁリーダー考えてごらんて!」
「俺らにリーダーとかまとめ役、務まると思う?」
今日あったばかりの人間にこう、ジャッジするのは失礼だが、無理そう。
片方は無駄に元気過ぎて、もう片方はのんびりしすぎてる。てかどっちもマイペース過ぎる。とてもチームが纏まりそうにない。

「俺、リーダー頑張ります……。」
「いよっリーダー!これから面倒いこと滅茶苦茶あるだろうけど頑張って!」「ひゅーひゅー」
双葉が無責任な激励を、九波がやる気の無いヤジを飛ばす。

この先、不安しか無いけど、何故か安心感もあった。
『この3人なら大丈夫』そんな根拠の無い自信が俺の中に満ちていた。
きっと、2人共信頼できる相手だと、心で理解しているのかもしれない。

信頼出来る仲間を得て、俺はもう1人ではないんだと改めて思う。
左馬刻とも、一郎くん達とも違う間柄。
『友達』ではなく『仲間』
その言葉にどこかくすぐったさを感じていた。

end




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