【低体温がぼくを溶かした】


ある金持ちの屋敷の天井裏に利吉は捕らわれていた。


そして、ある男と二人で横になっている。


ある男、というのは大泥棒の石川五十ヱ門という男だ。


きっと今は昼間なのだろう。
男は夜にしか行動しない。

その男は自分の横で息をしているのかしていないのかわからないくらいの寝息をたてて眠っている。


利吉はただ、ぼんやり天井の板を眺めていた。



金持ちの家の主に急用が出来たそうで数日家を留守にするらしく、家宝が盗まれないように見張って欲しいと利吉へ依頼があった。


利吉は、家の造りを調べ上げ、念入りに侵入の可能性を想像し計算して依頼に臨んだ。


それなのに、だ。


それなのに今はこの有様。


気付いた時には後ろを取られていた。


『お前すごいな、この俺がなかなか侵入できなかった』


石川は私を縛る際にこう囁いた。


何がすごいだ。

何が『この俺が』だ。

お前は私が依頼を受けたその夜に忍び込んだじゃないか。


どうやってこの場を抜け出そう。

そればかり考えている。

捕まったのは仕方ない。考えるのはそれじゃない。


私の使命は家宝をこの男から守ること。

口も塞がれ手足も縛られて。


『お前のその目、いいなあ。全然諦めてねえなあ』

くっくっと笑うそいつは、飯の時だけ布を外し、用をたすときは足縄を解く。


私は何をしているのだ。

この男を殺す機会はいくらでもあった筈なのに。


なのになぜだろう。


私はこの男から逃れられない。


この男だって私を殺す機会は山ほどあった筈だ。



緊張感の中に、何か、どこかこの男に気を許してしまっている。


馬鹿だ。

私は、馬鹿だ。



石川は私が眠っている時に必ず抱きしめる。


低い体温が、私を包む。


優しく体を寄せる。



何を、考えているのか。


石川も、私も。


ただ、ぼんやり、天井を見上げる。


すっと石川が起き上がって、ああ夜なのかと思った。


そうしたら、ゆっくりと石川が近づいて、布越しに口付けをして、そして耳元で囁いて去っていった。

縄も、口を塞いでいた布取り去って。



『お前、可愛いな。また、会おうぜ』




石川が何を考えていたのかはわからない。



宝も無事で、何も取られてはいなかった。




ただ、心の片隅に、切ない部分と愛しい部分がするすると奪われていった、気がした。




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企画参加です。石川と利吉の平行線のような、何か不思議な距離感が好きです

低体温がぼくを溶かした