雄猫雌猫、アツさ増幅

とうとう着いてしまった。…という言い方をしたら、まるで無理矢理連れて来られてしまった、みたいな、俺が全く望んでいない場所に辿り着いてしまった、みたいな、兎に角そういった不本意そうなニュアンスになるから言い直そう。とうとう着いた。俺達四人の目的地であるランドに。
そこそこ時間がかかるなと思っていたけれど、電車やらバスやらに揺られている間はずっと、昼飯はどうするかとか、どの乗り物に乗ろうかとか、どのイベントを見ようかとか、浮かれ気分で話をしていたから、辿り着くまではあっという間だった。まあまいと一緒ならどこで何をしていようとも楽しいので、たとえランドに着かなくとも楽しい時間を過ごせるに違いないのだけれど。
先に今日宿泊予定のホテルに荷物を預け、そこからほど近いランドに到着したのがちょうどお昼頃。専用のゲートをくぐれば、夏休みだからだろう。家族連れや若者の集団、そしてカップルが至る所に存在していて、人の波に酔ってしまいそうだと思ったけれど、今この瞬間から俺達もその中の一人に仲間入りする運命なのだから文句は言っていられない。

「先にお昼ご飯食べる?」
「そうだな。適当に食べ歩いてもいいけど」
「食べ歩きもいいね!なんかランドに来てるってだけでワクワクしちゃう!」
「子どもか」
「私のこと馬鹿にしてるけど、鉄朗はワクワクしてないの?」
「そりゃしてますよ。可愛い彼女のまいちゃんと一緒なんで」
「な…っ、揶揄わないで!」

ぷくっと頬を膨らませ、照れ隠しにそっぽを向いてずんずん先へ進むまいの後姿を眺めながら、俺は人知れず頬を緩ませる。まいは俺が揶揄う目的で「可愛い」という単語を使ったと思い込んでいるようだけれど、それは断じて違う。俺はこう見えて正直者で素直な高校生男子なのだ。まいのことはいつも可愛いと思っているし、だからこそ浮かれ気分であるということも事実である。まあそれを本人に言ったところで信じてもらえないだろうから何も言わないけれど。
俺の少し後ろを歩いている夜久と宮崎さんカップルの様子をちらりと盗み見る。相変わらずのほほんと仲睦まじく歩く姿は、悔しいけれど非常にお似合いだ。しかし今回の旅行では、のほほんとしているだけでは目的を達成できない。頑張ってくださいよ夜久さん。

「ねぇねぇ鉄朗、あれ見て」
「んー?何?どれ?」
「あそこ。ランドのグッズ売ってるの!」

ほんの数分、もしかしたら数秒前まで拗ねていたはずのまいがころりと表情を変えて俺の元にやって来て、くいくいと服の裾を引っ張りながら指し示した先にあったのは、テーマパークでありがちなグッズ売り場。カチューシャやら帽子やら眼鏡やら、とりあえずこのランドの空間に溶け込みやすくするための様々なアイテムが所狭しと並んでいた。
まいは俺が思っている以上にテンションが高いらしく、目を輝かせてそれらを見つめている。どうやら欲しいらしい。いや、まあ、こういうところでは皆が当たり前のように身に着けているからいいとは思うけれども。俺もどれか買えって言われんのかな。
後から付いて来た夜久と宮崎さんは、ナチュラルに売り場へと入って行き色々なアイテムを手に取っている。そりゃあね、夜っ久ん含む三人はサイズ的にカワイイと思いますよ。でも190センチ近い大男の俺がこれらを着けたらだいぶヤバくないですか。
そんなこちらの心配などよそに、まいも楽しそうにアイテムを手に取り始めた。その目はキラキラしていて非常に幸せそう。よし。俺のことは置いておいて、ここはとりあえずまいに似合いそうなものを選んでやろう。
そう思って俺も棚に並ぶカラフルな品物を眺める。そこで目についたのは、ド定番というべきか、猫耳のカチューシャだった。いや、別に今後のことを考えて、とか、そういう考えはない。ほら、俺ら音駒だし。猫に縁があるから。…なんて、誰につっこまれたわけでもないのに必死に取り繕う自分が恥ずかしい。

「全部可愛いなー!」
「これは?」
「え?」
「王道じゃん」

もはやこの場のノリと勢いだけだった。一番最初に目に付いた黒い猫耳カチューシャをまいの頭につけてみる。「やめてよ!」と嫌がられるかなと思ったけれど意外にもそんなことはなく、近くにあった鏡で自身の見た目を確認している姿は満更でもなさそうだ。ぴょこんと飛び出した猫耳は思っていた以上にまいの雰囲気に馴染んでいてグッとくるものがある。
俺はわりとノーマルな性癖の持ち主だと思っているけれど、こういうまいの姿を見ると夜のあれやこれやを想像してしまう。ああ、やべぇな。だいぶ欲求不満だわ。密かに自分自身を叱咤しながらも、視線はまいから逸らせないのだから男とは正直な生き物である。

「買ってやろうか、それ」
「え、いいよ」
「とってもお似合いなのでプレゼントさせていただきたくって」
「またそうやって茶化すんだから」
「いやマジでそう思ってんの。ほら、かしてみ」

渋るまいの頭からひょいっとお目当てのものを取り上げてレジへ向かう。完璧な営業用スマイルを向けてくるお姉さんに「すぐつけるんで」と伝えて値札を切ってもらい、お金を払ってから再びまいの頭につけてやれば、ぼそぼそと「ありがと」とお礼を言われてニヤついてしまった。
嬉しくないわけではないようで良かった。つーか、そのビジュアルで照れ顔は色々とヤバい。まだ真昼間。ダブルデートは始まったばかりだというのに、先ほど押し込めたばかりのやましい気持ちが再びムラムラと芽生えてきてしまう。
その邪な気持ちを払拭させるべく、俺はまいの頭をひと撫でしてから「ほら行くぞ」と売り場を後にした。夜久と宮崎さんはちゃっかりキャラクターものの帽子を被っていて、やっぱり微笑ましい。が、夜っ久ん。そこはカチューシャ選べよ。うさぎのやつとかさ、宮崎さん絶対似合うじゃん。俺の心の声は仲睦まじく「次はどこへ行こうか」と話し合っているカップルには届かなかった。無念。

「鉄朗は何も買わないの?」
「これ以上存在主張したくねぇもん」
「あー…まあ、うん、そっか」
「憐れみの眼差しを向けてくんな」
「鉄朗はそれ以上目立たれたら困るから、そのままの方がいい」
「ん?どういう意味?」

本当に意味が分からずまいに視線を向けてみたけれど、俺の位置からはまいのツムジしか見えず表情は窺えない。仕方がないので身を屈めて横から覗き見てみれば、なぜか「見ないで!」と顔を押し返された。解せない。

「まいチャン、どしたの?」
「なんでもない!お腹すいたから何か食べに行こ!」

また一人で歩き出そうとするまいの手を掴んで、ついでと言わんばかりに指を絡める。今度は逃がさねぇぞ、という気持ちと、たまにはこういうのもいいだろ?という気持ちを込めて。
最初は少し手を離そうと指をもぞもぞさせていたけれど、最終的には観念したかのように俺の隣を大人しく歩いてくれるまいはやっぱり可愛い。本気で抵抗してこないあたり、嫌じゃねぇんだろうな、というのがありありと伝わってくる。

「あっちぃな」
「そうだね」
「何食う?」
「アイス?」
「それ飯じゃなくね?」
「じゃあ歩きながら決めよ」

そう言ってきゅっと握る手の力を強めたまいは、前を歩いていた夜久と宮崎さんに気付かれぬよう、ほんの少しだけ俺に近付いた。
今日は暑い。夏だから当たり前だ。けれどもそれとは別の意味で、俺達はより一層熱くなった。