猫達

「どうしよ〜迷う‥!ほのかちゃん決めた?」
「おかか梅ととろたく、明太高菜も気になるけど枝豆塩昆布も気になる〜‥!でも全部は食べられない‥」
「だったら俺と半分「じゃあわたしと半分こしよ!」オーイ‥」
「夜っ久んザンネン」

夜っ久んの声を遮って(いや最早あれは聞こえてないと言えるだろう)、まいと宮崎さんはおにぎりのショーケースの前にべったり張り付いていた。ここは夜っ久んと宮崎さんが昨日見つけてきた、おにぎりのカフェらしい。朝から胃に優しそうな店に連れてきてくれて感謝ではあるが、もう恋人らしいことは出来ずにいた。お互いに気にしてなのか気恥ずかしいのか、さっきから女同士ぴったりくっ付いて、勿論俺達は男同士ぴったり‥という訳じゃないけれど、喋る相手は夜っ久んだけになっていた。

「昨日はお楽しみだったようで」
「‥うっせ」
「しかも夜っ久んちょっと避けられてね?」
「お前それまじで凹むからヤメロ。つーか一緒の部屋で薄い壁越しに隣同士とか聞いてねえし」
「今更それ言う?」
「‥‥まあ‥‥‥よか、った、ケド‥」

いやお前そこで照れんなよ。もうなんかこの四人の中でいじらしく照れてないのって俺だけじゃね?なんなの?俺不純なの?

二人の女子がおにぎり如きで騒いでる側で、俺は夜っ久んの確かな幸福みたいなもんを肌で感じていた。なんつーか、幸せオーラがすごいのだ。今でこそ宮崎さんには避けられているけど、彼女は避けているのではなくただ単純に昨日の今日で夜っ久んと話すのが照れ臭いだけだろう。初めてセックスをした次の日の女子ってのは大抵ああなるのかもしれない。ちなみにまいも初めての翌日はあんな感じだったっけか。

「よかったなら何よりじゃないでしょーか?」
「ほのかってあんまりこうしたいとか我儘言わねえし、照れ屋だから言葉も拙いけど、‥あんなに素直でいられるとちょっと‥俺がおかしくなるっつーか‥」
「へ〜え‥?」
「‥。お前は地獄のハバネロ爆弾握りでも食って腹下せばいいのに」
「ひでえな」

夜っ久んの精一杯の惚気が十二分に伝わったところで、女子二人の食べるおにぎりが決まったらしい。それに、ネギと豆腐の味噌汁に、ほうじ茶をチョイス。どうやら二つずつ頼んで半分こをしようとしているみたいである。ぶっちゃけ半分こするお相手は彼氏である俺達が相場ではないのかと思うけれど、昨日のこともあるし一旦口は出さないでおくことにした。

「いただきます」

食べたことのない焼きサンマの握りをがぶりと口にして、思わず「おお」と声に出してしまった後、少し頂戴と口を開けるまいへと差し出した。なんだか昨日のアレを思い出してしまうが、目の前にあるのは俺の息子でもなんでもない、ただの焼きサンマの握りである、落ち着けマジで。

「えっこれ美味しい!」
「‥それ、衛輔も頼んでたっけ‥?」
「ん?おう」
「ちょっとちょうだい‥?」

おずおずと下から覗き込むように夜っ久んの様子を伺う宮崎さん。なんとあざといことか。本人は多分意図してやっていないけれど、夜っ久んは火を吹くごとく顔を真っ赤にしている。俺ら何見せられてんの?って思ったけれど、ピュアとピュアを重ね合わせたような二人なのだ。今更なにを助言しなくてもいいだろう。

「鉄朗」
「ん?」
「わたしのも少しほしい?」
「じゃあとろたく食べてえな」
「あーんしてあげよっか」
「はぇ?いや、普通に食べっけど」
「あーん」

なんだ急に。しかも全然話し聞いてねえし。何事かと思ったけれど、特に拒む理由もなく口を開けた。そこに、ぽいっと放り込まれたワンサイズ小さなおにぎりが。なんのつもりかと思ったけれど、夜っ久ん達の様子を見て少し笑っている感じから、なんとなく分かってしまった。

「二人のお熱い様子にちょっと感化されちゃった。へへ」
「そういうのもっと二人っきりの時にしていただけるとなあ‥」
「そんな我儘ばっかり言う口はこれか。地獄のハバネロ爆弾握り詰め込んであげましょうか」
「夜っ久んとおんなじこと言わないの」
「永岡さんそれ俺も付き合うわ」
「いやマジで。俺カレーも甘口派なんで」
「えー?黒尾君が甘口なのは意外すぎるよー、ふふ」

いつの間にか俺達は四人一緒に笑い合っていて、多分この店で一番幸せな時間を共有していた。ちらちらとこっちを盗み見ている人達の目線が多かったように見えたのは、きっと俺達の様子があまりにも羨ましかったのだろう。いやいや、否定はしない。心の許せる友人と、その彼女と、そして自分の愛してやまない彼女がいるのだから。

「なあ」
「鉄朗?なに、」

まいをじっと見つめて頬を染める一人の男に舌をべえと出して、俺はまいの少しだけ汚れた唇に親指を乗せた。