雄猫雌猫のじゃれ合い

起きたら隣には可愛い彼女の寝顔があった……なんて甘い朝は迎えられなかった。意識を浮上させた時には、愛しい彼女が眠っていたであろうスペースはもぬけの殻になっていて、ちょっと触っても温もりが感じられないところを見ると、結構前に出て行ってしまったらしい。
こう見えても俺はそんなに寝坊助な方じゃない。一緒に寝ていて隣でごそごそされたら大抵は起きる。それなのに今日は例外的にご覧の有様。それほど昨日の夜のあれやこれやが激しかったということなのだろうか。つくづく、身体は正直だと思い知らされる。
少し耳を澄ませば、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。どうやら女子二人は既に起きており談笑中のようだ。昨日の夜のことを思えばまいだって相当疲れているはずなのに、案外タフなんだなあと感心させられる。ついでに、もーちょい粘っても良かったかな、なんて思った俺は煩悩の塊だ。
気怠い身体を起こし、携帯で時間を確認する。ありゃ。もう九時前じゃん。朝飯どうすんだろ。自分の寝坊のことは棚に上げて、今後のスケジュールが心配になる。コンビニで朝飯買ってきて先に食ってんのかな。
そんなことを思いながらリビングへと赴いた俺の眼前に広がっていたのは、テーブルに広がっている空っぽになったお菓子の袋の山。昨日食べそびれたものだろう。小腹がすいてつまむにはちょうどいいラインナップだったのは分かるが、これを朝から女子だけで食べていたのかと思うと……なかなかの量である。もしかしてこれが朝飯のつもりなのだろうか。
呆然とテーブルの上を見つめている俺に「おはよ」といつも通りの笑顔で爽やかな朝の挨拶をしてきたまいは、心なしか機嫌が良さそうだ。ああ、あれか、昨日なんだかんだでノリノリだったもんな。やっぱり動画撮っときゃ良かった。

「鉄朗、変なこと考えてるでしょ」
「えー?変なことって何ですかー?黒尾サン分かんなーい」
「白々しい!今やらしい目してたもん!」
「ふーん?やらしくて変なことって何だろーな?」
「しっ、知らないっ」

揶揄いながら顔を覗きこめば、まいは昨日のことを思い出したのだろう。ほんのりと顔を赤らめて俺から顔を逸らすと、逃げるように部屋へ行ってしまった。
残されたのは俺と宮崎さん。夜久の姿はないが、まさか俺より寝坊助なんてことはないだろうから、どこかに行ってしまったか部屋で着替えでもしているのかもしれない。
宮崎さんはすっかり着替えを済ませていて、いつでも外に出られる状態。まいも着替えていたから、後は俺が支度を済ませたらチェックアウトできそうな雰囲気だ。

「夜っ久んどこ行ったの?着替え中?」
「ううん、まだ寝てるんじゃないかな」
「え、マジで?あの夜っ久んが?」

俺はテーブルに散乱したお菓子のゴミをゴミ箱にポイポイと放り投げていた手を止めて、思わず宮崎さんを見遣った。宮崎さんは俺からの視線に気付いていないようで、テーブルを片付ける手を止めることはない。
へぇ。あの夜っ久んが寝坊ねぇ……昨日ナニやったんだか。俺はにやける顔を隠すように口元を手で覆った。宮崎さんはパッと見昨日と比べて変化はなさそうだが(当然と言えば当然だ)、見えないところでは大きな変化があったに違いない。
俺は昨晩、この耳で確かに聞いた。艶めかしい男女のやりとりを。夜久と宮崎さん、初体験にしては随分と熱い夜を過ごしたんだろうな。そりゃあ疲れて寝坊もするか。

「朝飯食いに行くならそろそろ起こした方が良いんじゃね?」
「そうだね。私、起こしてくるよ」
「寝惚けた夜っ久んに昨日の延長で襲われないようにね」
「えっ!?く、黒尾くん、な、なに、何言って、」
「じょーだん。宮崎さん分かりやすすぎ」

ケラケラと笑う俺に、挙動不審ながらも抗議の目を向けてくる宮崎さんは普通に可愛い。こりゃ夜っ久んもイチコロだわ。軽くいじり終わって満足した俺は、再びテーブルの上の片付け作業に戻った。……けれど。

「衛輔は黒尾くんとは違うから大丈夫だもん」
「え。何?どういうこと?」
「あんまり意地悪なことしたらまいちゃんに嫌われちゃうよ」

捨て台詞のように言い残された言葉は、随分と深く俺の胸に突き刺さった。俺が起きるまでの間この場所で繰り広げられていたガールズトークで、一体何をどこまで暴露されてしまったのか。今の口振りでいくと昨日のことはほとんど筒抜けなのだろうか。いや待って。だとしたら俺、宮崎さんにすげー変態だと思われてるだろ絶対。
頭に軽い痛みを覚えながらもテーブルの上を片付け終わった俺は、着替えをするべくのそのそと部屋に戻る。まいにどんな話をしたのか聞き出して、今後は他言無用だと口留めしておかなければ。ていうか女子ってセックス事情とかそんなに細かく暴露しちゃうもんなのか?
首を捻りながら部屋に戻り、荷物をまとめて帰り支度をしているまいに「なあ」と声をかける。背中を向けているまいは「何?」と尋ねてきたもののその手を止めることはなく、振り返ることすらしてくれない。起き抜けの甘ったるい時間もなければ、今のような二人きりの時に視線を合わせてもくれないなんて、ちょっと冷たすぎやしないだろうか。昨日あんなに求め合った仲なのに、なんて思う俺は女々しいのかもしれない。

「ちょっと冷たいんじゃないの、まいチャン」
「何言って…ちょっ、早く着替えなよ……!」
「まいが脱がして」
「馬鹿!何言ってんの!」

背後から覆い被さるように抱き付いて、ちょっと甘い雰囲気を醸し出そうかと思ったのに、まいは昨日のようになし崩しになってくれない。それどころか「邪魔!」と引き剥がされてしまった。ちょっと、否、だいぶ傷付く。

「昨日はあんなに可愛かったのに」
「何それ。普段の私は可愛くないって言いたいの?」
「そういうわけじゃなくて、ちょっと冷たすぎるよなーと思って。黒尾サン、ヘコんじゃう」

俺の発言に、む、と不機嫌そうに頬を膨らませたまいだったけれど、続く俺の言葉に表情を一変させる。少し動揺しているというか、なんというか。視線を彷徨わせているのがその証拠だ。
俺に何か言い難いことでもあるのだろうか。まいは暫くもじもじしていたけれど、俺が言葉を待っているのを悟ったのかぼそぼそと口を動かした。

「ちょっとだけって思ってても、止まれなかったら困るでしょ」
「何それ。昨日のじゃ足んなかった?」
「そうじゃなくて!お、思い出しちゃうでしょ……色々…っ」

恥ずかしそうに顔を俯かせるまいのなんと可愛いことか。なるほど、ちょっとでもスキンシップを許して、例えばハグからキスなんて流れになろうもんなら、昨日のことを思い出してそのままそういう気分になっちゃいそうで怖いから、わざと俺に冷たく当たってました、と。そういうことか。
その理由は大いに納得できた。しかし、だからといってこのままの状態を維持するつもりはない。今度は正面からすっぽりと包み込むように抱き締めて、頭のてっぺんに唇を寄せる。これぐらいならいいだろ、って確かめるみたいに。

「昨日のこと宮崎さんにどこまで話したの?」
「話してないよ……あんなに恥ずかしいこと言えるわけないじゃん」
「……宮崎さん、結構やるな」
「ほのかちゃんがどうかした?」
「んーん。こっちの話。それより、もーちょっとだけ、」
「っ、」

ちゅ。まいが顔を上げてくれたタイミングを見計らって身を屈め、唇に吸い付く。舌は捻じ込まず、ただ唇を舐めるだけで離れたのは俺なりの配慮ってやつだ。まあこっちだってそれなりに抑え込んでいるものがあるのだけれど、それはそれとして。
鼻先をぶつけあって、何がおかしいのかは分からないけれどお互いにクスクス笑い合う。あー。帰りたくねぇなあ。そう思いながらも愛しい彼女に「ほら、着替えて朝ご飯食べに行こ」と言われたら着替えるしかない。
俺はもう一度だけまいに触れるだけのキスを落とすと、乱雑に物が押し込められたバッグの中から服を取り出して着替えを始めた。シャツを脱いだ瞬間「ばかっ!」と枕を投げられたのはさすがに理不尽だと思ったし「昨日飽きるほど見ただろ」と言ってやりたいのは山々だったけれど、今日のところはその真っ赤な顔に免じて許してやろう。