雄猫2匹、夏休みが来る

全国を目指している部活動に休みは存在しない。というか現に今までそうだった。授業があっても、雨でも雪でも嵐でも台風でも、‥いやそれは流石に言い過ぎになるかもしれないが、そのくらい毎日毎日体育館で汗水垂らしているので逆に部活が休みだって言われると途端に何をすればいいか分からなくなるのだ。「どっかゲーセンでも行って遊べばいーじゃん」って言う同級生みたいに出掛けたとしても頭の何処かではずっと「練習してえ」って思っているに違いない。なにそれ。病気じゃん。‥んなことを俺の顔も見ずに、めんどくさそうな声で研磨に言われた時、「そうか俺病気なのか」って思わなくもなかった。

「再来週のお盆は二日間だけ休みだからな。体育館整備もあるから絶対来んなよー」

ざわついた体育館に、直井さんの「お前ら俺を敬えよな!」という声が聞こえた気がした。実際にはそんなこと言われていないけど直後のドヤ顔が驚異的だったのだ。若干仰け反っていたのが証拠である。無論入りたての一年なんかは目に見えて喜んではいたが、俺を含む一部のメンバーに関しては少々困惑していた。休み?マジで?何する?みたいな、遊び慣れていない奴らの表情は大体同じで、眉間に皺が寄っている。ちなみに研磨は買ったばかりのゲームを一日中やれるというやる気に満ち溢れていた。

「休みかー」
「夜久はなんか予定作んの?」
「考えてねえよ。急だし‥黒尾は?」
「俺も特に」

部活の終わった後のむしむしした部室の中は男臭くてしょうがない。メンズ用の制汗スプレーを使ったところで全員ほとんど同じものを使っているからか匂いも強くて空間が白く見えるくらいだ。リエーフなんかは無駄に出すからマジでたまに殴りたくなるんだよな。対して女子はいいよなあ。バカみたいにスプレー振りまいたりしねえもんな。

ふとそう考えていた所で頭に浮かんだのは、付き合って一年経った彼女のことだ。そういや最近二人で出掛けたりとかできてねえよな。バレーばっかりに時間を費やしているのに、文句の一つすら出てこない、言わないのはまさに出来た彼女である。絶対に言われると思ってたし。「いっつもバレーばっかり!」とか。
下世話だが、アッチの方も随分ご無沙汰である。そもそも俺が忙しいせいってのもあるが、学生である以上時間も場所も、そしてタイミングも限られているのだ。‥って考えると、今回の休みはかなり有意義に使えるかもしれない。二人で旅行とまではいかなくても、テーマパークで遊んで泊まったりとか。‥いやそれは旅行と大差ないか。

「‥まいとランドでも行くかな」

思い付きで出た自分の声に、我ながら良い案かもしれないと思った。‥のに。

「は?」

いや「は?」ってなんだよ。俺の名案に横から口を挟んでくるなコノヤロウ。
確か今、ランドでは水のアトラクションとかやってたはずだし、人は多いけど格安で行けて泊まれるみたいなのをCMか何かで見た。少ない毎月の小遣いでも貯めていれば高校生にしてはそれなりの額になったし、彼女であるまいもバイトをしているから言えばなんとかなるはず。‥ならなかったらちょっとくらい出してもいいし、無理なら無理でまた考えてみるか。‥っていうのを色々と考え始めていたのにご丁寧に水を差しやがって夜久め。

「俺とおんなじこと考えんなよ」
「ん?‥ん??」
「‥つか黒尾マジで行こうと思ってる?意外だわ」

意外だわ?
‥っていや何がだよ。意外じゃねーし。俺だって彼女とどっか出掛けたいとかいう気持ちはあるし、健全な男の子なんで泊まりたいあわよくばという下心だってあるわ。隣で着替え終わった夜久を見てみれば、随分と真剣な目がこっちをじっと見ているではないか。これは何かを聞きたい顔だ。女の子顔負けのぱっちりとした目が刺さるが、生憎俺にその先を見透かすような特技はないんだからな。

「なに、夜久もほのかちゃんと一泊二日して愛を育もうって?」
「うるっせえな!そういう変な意味じゃねえし!」
「おお‥?」

吃驚した。そんなに怒るなよ、‥って言おうとしたら、いやいやお前嘘だろってわかりやすいくらい真っ赤になった顔よ。ちょっと待て。だって夜久、もうほのかちゃんと二年くらいの付き合いじゃなかったっけ?もしかしなくてもまだ健全なお付き合いをしているとでも言うのか?控えめに言って尊敬する。つまり俺なら絶対無理だし、なんなら三ヶ月踏ん張った自分を自分で褒め称えたくらいだし。

「‥お前もしかしてまだなの?」
「なんだよ。‥タイミングとか事情とかあるだろ、つーかもしかしてまだ≠チて言い方をやめろ」
「へえ。‥へえええええ‥」
「大事にしてるってことだろーが」
「なんの話ししてるんですか?俺も混ぜてくださいよ!」
「リエーフうるせえ」

間に割って入ってきたリエーフに話すことなど何も無い。しっし、と追い払ってみるが、やはりというか「えー!?」等と言いながら夜久の両肩を掴んでぶんぶん揺らしていた。お前そんなことしてたらまた‥と思っていた所に、顎の下から夜久の頭突きが炸裂する。言わんこっちゃねえ、つーかいい加減学べよ。そんなことしたら絶対怒られるって分かってただろお前。

チームメンバー同士、今年は仲も良い。部活だからこその付き合いも友達としての付き合いも上手くやってこれている。先輩後輩という位置付けこそあるが、俺は特に気にならない(研磨の影響も少なからずある)けど、夜久はちょっとだけ違うのだ。まあ身長を気にしているという部分も含めて。
全員部室から出て、夜久と海と三人で鍵を返しに職員室へ寄った後、途中で海だけが逆方向になって二人になった。蒸し暑さで制服のシャツに汗が滲む。やっぱり海かプールか、水遊びに似たようなことでもしてえなあ。ダメ元で誘ってみるかとポケットから取り出したスマホに、丁度良くまいからのラインが入っていた。

「‥黒尾、あのさ‥」
「んあ?」

難しい顔してずっと黙ってんな、夜久の奴。‥と思っていたら、何やら眉間にシワを寄せて怒ってんのか困ってんのか分かんねえ顔を晒して俺の方を向いた。「お盆ってなんか予定ある?」って打ち込んで送信する手前で、夜久はぴたりと足を止めた。

「そういうの、‥どうやって誘ってんの‥?」

足を止めたから、俺も必然的に止まる。そしてついでに呼吸も止まった。‥誘って‥って、いやなんの話し?とか聞くのは野暮か、それこそぶん殴られそうだ。

「‥なに、夜久可愛いな」
「おい!俺は真面目に、」
「誘うっつーか素直に言えば?セックスしたいって」
「バッカじゃねえの!?」
「あー悪い悪い。それかあれか。泊まりでダブルデートでもする?」
「!」

おや。ノリで言ってはみたけど、夜久の顔めっちゃ輝いてるわ。「お前天才なの?」って言いたげな口はぽかんと開いたままだ。つーかなんだよ、実際お前だってほのかちゃんとそういうことしたいんじゃん。そういうことならしょうがねえ、黒尾さんが一肌脱いでやるか。‥自分の欲望が大半なのは言わねえけど。