雌猫は、優しくしてほしい?

まだ身体が火照ってる。熱いお湯に浸かったせいだけじゃなくて、いやむしろ理由の殆どが鉄朗のせいだ。身体や髪をがしがし洗う彼を見ながら、またこの後何かをされたら‥と考えるとたまらない。だってホントにほのかちゃん達が帰ってきちゃったらヤバイもん。絶対無理、声出さないとか抑えるとか絶対無理!そんな訳で、タオルで体を隠しながらそそくさと湯船から上がり、保湿がどうとか水分が足りないとか色々な言い訳を捲し立てながら広いお風呂から出てしまった。全ては鉄朗が悪い。‥そんな面白くなさそうな顔しないでよ、ばーか。

「ちゃんと色々準備しといてネ」
「ねえほんと何言ってんのもー知らない」

バンッと大きな音を立てて脱衣所の扉を閉めると、彼の思惑通りに熱がじわじわと中心に集まってくる。‥あんな、指だけで私のことを誑かして、我慢が出来なかったらどうしてくれるんだ。我慢できなかったら絶対ヤッちゃってた。いやでもそれは流石に、‥後でほのかちゃんも夜久君も使うのに。
ちら、と服の下に隠したまだ未使用の厭らしい赤い下着を盗み見る。‥こんなに頑張るんじゃなかった。まさか部屋が一緒のスペースの中で分かれてるだけだなんて思ってもみなかったし、しょうがないはしょうがないんだけど、も。替えの下着はもうあとこれだけだから、逃げも隠れもできないのが悔しい。そうやって迷っていても仕方がないのは分かっている。そもそも鉄朗が今出て来てしまったら、それこそその瞬間から襲われそうな気がしてならない。それだけはちょっと、避けておきたい。

赤いそれを身につけて、リラックスタイプのパイル地ワンピースを被る。とっても楽だし案外可愛い。‥そして、脱がしやすい。いやここまで考えていたらわたしも変態だけれど、そういう風にしてしまった男が浴室で謎の鼻歌を歌っている黒尾鉄朗なのだ。

「の、飲み物買いに行ってきていい!?」
「俺のお茶冷蔵庫入ってるから飲んでいいけど」
「めちゃくちゃ喉乾いたの!」
「ぶふッ!なに、ヒートアップしすぎじゃん?」

浴室からくぐもって聞こえる声はとにかく可笑しそうで、やっぱりわたしばっかり緊張している気がしてならない。化粧水でべたべたにしたコットンパフを顔に当てていると、今度はリビングの奥から扉が開く音がした。どうやら、2人とも帰ってきたらしい。ホントに危なかった‥よかった。そうしてなんの気もなく、普通にリビングへ向かおうとしたわたしの目に飛び込んできたのは、ふわっとほのかちゃんの頬っぺたに指をすべらせて顔を近付けていた夜久君の後ろ姿だった。

「ッ、」

あぶな、タイミング悪、空気も読めずに出て行く所だった。「散歩どうだったー?」って口から出る所だった。2人を取り巻く空気は異様に甘ったるくて、夜のお散歩がだいぶ距離を縮めていたらしいことを知る。ほのかちゃんの幸せそうな顔ときたら、なんだか見てしまったこっちまで幸せな気分になった。さっきまで鉄朗に怒っていたわたしの心はいつの間にかほどけていて、もうちょっと中にいればよかったとか、2人で浸かれば良かったとか、後悔の波がちょっとだけ心を侵食する。

「てつろー」
「なーに」
「2人とも帰ってきたよ」
「あら残念」
「‥早く上がってきてね」
「なに急にしおらしくなっちゃって」

我儘だなあ。だけど、我儘だと分かっていても言ってしまう。そうすれば鉄朗は「しょうがねえな」っていう言葉を含んだ顔をして、でも嬉しそうに笑うのだ。惚れたもん負けって多分こういうこと。

じん、とまた体の奥が熱くなる。ちゃんと全部触って欲しいっていう欲望がどろどろと生まれてきてるの、分かる。もう、だから嫌だったのに。カップル同士で同じ空間にいるなんて、したいこともやりたいことも制限されるの分かってる癖にほんとに酷い奴だ。

「‥ふ、2人でお風呂入ってるのかな‥」
「‥‥。俺らも一緒に入る?」
「もももうちょっと待ってくださいごめんなさい!!」

ほのかちゃんと夜久君の会話を盗み聞きしてるみたいになって、なんだか出て行けない雰囲気になる。そしてわたしも、出て行けるような気がしない。どうしようかと悩みながらずっと化粧水を肌に染み込ませて、タイミングを見計らう。‥こんな調子でちゃんと今日出来るのかなあ‥なんて。

そんな思いを巡らせていた癖に、まさかあんなに激しい夜になるだなんてこと、この時の私達はまだ何も知らない、いや、知る由もないのだ。