雄猫2匹、最後の作戦会議

ウォーターパーティーが終了してから、俺達は腹がへったということでおやつとも夜ご飯ともいえない食事をとることにした。恐らく夜遅くにまた腹の虫が鳴き出すだろうが、そこはコンビニで適当に夜食を調達すればいい。
大きなフードコートに到着した俺達は、先に席を確保してから飯を買いに行くことにした。女子二人は「そんなにガッツリしたものは食べたくない」ということだったので、ガッツリ飯を食いたい俺達とは自然と別行動をとる流れになる。きっと今頃二人できゃっきゃと女子トークに花を咲かせているのだろう。まいは間違っても先ほどの行為のことは口にしないだろうが、事あるごとに俺のことを思い出してヤキモキしているのだろうと思うと、自然と口元が緩んでしまう。

「黒尾、何食う?」
「ん?あー…肉。あの御馳走ステーキってやつ」
「どこもたっけーなあ…」
「こういうとこは雰囲気料も含まれてるもんなの。文句言わない」

メニューの値段を見てぶつくさと文句を言っていた節約家っぽい夜久だが、結局食欲には敵わなかったのだろう。俺と同じくステーキを選んだようだ。このちっさい身体のどこにあれだけの量の飯が入るのか、甚だ疑問である。が、そんなことを口にしたらキレられること間違いなしなので、俺は黙ってステーキセットを注文した。
注文した料理が用意されるまでの間、俺は何の気なしに夜久へと視線を送って思い出す。そうだ。俺達がイベント会場を離れて色々ヤっている間に、夜久が着ていたはずの上着を宮崎さんが着ているということに気付いて、ちょっと褒めてやろうと思ってたんだった。

「夜っ久ん、やるじゃん」
「は?何がだよ」
「宮崎さんに上着貸してあげてたから」
「あー…あれはまあ…」
「可愛い彼女の身体、見ず知らずの野郎に見られるのは嫌ですもんねぇ?」
「お前はいちいちそうやって茶化すな!」

折角褒めてやったというのに、すごい剣幕で怒られてしまった。が、そんなことは気にしない。こんなの毎度のことだ。恋愛絡みとなると、夜久は照れ隠しか何か知らないが、すぐにキレる節がある。そんなんだから、いまだに宮崎さんと経験なしなんていう都市伝説みたいなことができるのだ。
そこで俺は唐突に思い出した。そういえば忘れかけていたが、この旅行の大きな目的の一つは、夜久カップルの初体験を良い思い出にしてもらうことにある。まあ勿論、俺達の方も存分に楽しませてもらうつもりだが、夜久自身は目的を忘れていやしないだろうか。ウォーターパーティーを楽しんで満足しました、なんて男として許されない。というか、俺が許さない。

「で、ちゃんとお勉強はしてきましたか?」
「勉強?」
「そ。夜のあれやこれやに関するお勉強」
「だーかーらー!お前はすぐそういうこと言いやがって!」

わりとマジでグーパンチを左腕に食らった俺は、すぐさま両手を上に挙げて降参ポーズをとった。いや、だってお膳立てしたからには是が非でも初体験を成功させてもらいたいし。お節介だと言われようが、内情を知ってしまった以上は、どうしても首を突っ込みたくなってしまうというものだ。
注文したステーキはまだ焼けないのか、トレーの上には紙ナプキンや食器しか置かれていない。じゅうじゅうと肉の焼ける音と香ばしい匂いが、既に腹ペコな俺達の食欲を掻き立てる。
まい達はもう席に戻っているだろうか。ガッツリしたもの以外って何食うんだろうなあ。美味そうなもんだったら一口もらお。
そんなことを考えていると、ぼそぼそと夜久が口を開いた。先ほどまでの威勢はどこへやら。随分と静かなトーンである。

「お前でも初めての時って緊張したのか?」
「え。あー…まあ、そりゃあ…それなりに?」

辛うじて言葉を濁してとぼけてみたものの、夜久の女の子顔負けの真ん丸で大きな瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気分に陥ってしまうから困りものだ。
それなりに。…なんてカッコつけた答えを返したが、本当はめちゃくちゃ緊張した。たぶんどんな男だって、自分が好きで好きで堪らない女の子と初めて身体を重ねる時は緊張すると思う。今だって、全く緊張していないわけではない。ただ興奮と悦楽が緊張を大きく上回っているだけで。夜久だって、一度体験したらそういう新たな扉を開くはずだ。

「そういえばちゃんとゴム持って来た?」
「なっ」
「もしかして忘れた?なんなら俺の何枚かやろうか?もしくはコンビニで買う?」
「持って来てる!余計なお世話だ!」
「そりゃ良かった」

自分のちょっと初々しい過去を悟られるのが嫌で、わざと夜久が怒りそうな話題を持ち出した。案の定、夜久は分かりやすく怒り出してくれて、そのタイミングでステーキも出来上がったようなので、トレーを持って席に戻る。まいと宮崎さんの姿はないが、もう間も無く戻ってくるだろう。

「飯食ったらホテルかー。なんかあっと言う間だな」
「ステーキでも食べて夜も頑張ってくださいよ、夜久さん」
「…おう」
「え」
「なんだよ」
「急に素直になられるとびっくりすんじゃん?」
「俺も、こう見えてちゃんと色々考えてんだよ!」
「へぇ…色々、ね」

と、俺がほくそ笑んだところで女子二人が帰ってきたので会話は終了した。夜久は先ほどまでの会話を経て俄然やる気になったのか、何かが吹っ切れたのか、その心境の変化は読み取れないが、俺とまいの目の前で堂々と、宮崎さんとの「あーん」を見せつけてくれている。
その流れで俺も…と調子に乗っていたらデコピンが飛んできたが、その後できちんとスプーンを口に運んでくれるのだから、まいはやっぱり可愛い彼女だ。照れながらってところがまた可愛さを倍増させていてポイントが高い。
まいに「夜久に何か吹き込んだのではないか」と図星を突かれたけれど、いつものように飄々と受け流した。俺は別に吹き込んでいない。ちょっとした確認をしただけだ。

「そういえばホテルの部屋ってどんな感じ?二部屋取ってあるんだよね?」
「ん?なんで?」
「いや、さっきほのかちゃんとどんな部屋かなって話になったから…」
「へぇ…ま、それは着いてからのお楽しみってことで」
「何それ…どういうこと?」

ホテルの部屋と聞いて、予約した時のことを思い出す。夜久は深く考えいなかったようだし、現在進行形で何も考えていないだろうけれど、俺は非常に気になっている。リビング一つと鍵付きの部屋二つ。その配置は俺を含む四人とも知らないのだ。
もし隣同士だったらどうする?そういうことをしているこちらの声が聞こえたら?逆に聞こえてきたら?どうする?答えは、どうもしない、だ。
宮崎さんはどうか知らないが、少なくとも俺と夜久、そしておそらくまいも、ある程度は夜のあれやこれやについて画策しているはずだ。となれば、いっそそういうシチュエーションを楽しむのもありではないかとさえ思えてくる。
ふふふ、と思わず漏れた笑いに気付いたまいが怪訝そうな顔でこちらを見てくるが、そのまま笑顔を返しておいた。何か良からぬことを考えているとバレてしまったかもしれないが、もしも今考えていることがバレたとしても、まいにはどうすることもできないのだから問題はない。

「肉いる?」
「…一口だけ」
「ほい」
「ん」

ぱくり。大人しく口を開けて肉を咥えるまいを見てごくりと生唾を飲み込んでしまった俺は、少々そちらのことを考えすぎているのかもしれない。