雌猫2匹、ヒミツのお話

「ほのかちゃん、それ夜久くんのだよね?」

あんなことがあった後に、純粋すぎるカップルと合流するのはとても心臓に悪い。別に恋人なんだし、悪いことをしている訳ではなかった。‥いや、世の人達に言わせればもしかしたら悪いことのうちに入るのかな?そんなことを考えていてもキリがないので、結局は無理矢理頭の外にやましい出来事をなかったことのように放り投げてしまっていた。なかったことにするには、少々身体の熱が高いような気がするが、それも一旦忘れておきたい。そんなわけで、私はほのかちゃんの背中にかけられた上着をネタにすることにしたのだ。

「えっあ、そ、そう、なの、」
「えー?なーに、なんかあった?」

水着でも自由に歩き回れる大きなフードコート内で、私とほのかちゃんは男2人とは別のお店の前に並んでいた。女性に人気のパンケーキを提供しているここは、ロコモコやパスタも有りとメニューも豊富で、デザート類も選び放題だ。それよりも肉や米だとガッツリ系のお店に行った2人と暫しの別れである。逆によかった。あんな鉄朗思い出したら、私の身がもたない。

「なんか‥あの‥他の人に見られるのが嫌だって‥」
「少女漫画か」
「まいちゃんはされたことある?黒尾君に」
「んー‥まあ、寒そうだったりとかしたらカーディガン貸してくれたりとかはあったかな。にしても夜久君の嫉妬かあ‥愛されてますねえ」
「それはまいちゃんもだからねっ」

きゅ、と夜久君の上着を掴んでいる目の前の彼女は、本当に「どうしようどうしたらいいんだろう嫉妬が嬉しい」というような顔だ。こっちにまでどきどきが乗り移ってきて、心臓がばくばくと煩くなってくる。好きな人にまるで少女漫画みたいに嫉妬されたらそれはそれはキュンとしてしまうものだろう。‥でも、大丈夫かな。だってカップルイベントとしてはこれから始まるであろう夜更けからが一番の盛り上がりだというのに。この調子だと一番盛り上がった時にほのかちゃんの心臓が振り切れて白目でも向きそうな勢いすら感じられる。それは流石にあってはならないなと、ちょっぴり考え始めた時だった。

「‥あの‥お部屋どんな感じか、黒尾君から聞いてる‥?」
「ん?や、多分別々になるんじゃないかなあ‥ほらだって、折角のお泊りだし‥」
「そっそうだよね、やっぱりそうだよね‥!」
「逆に一緒の部屋だったら‥ねえ‥?」
「‥まいちゃん緊張とかしなかった?」
「なにが?」
「‥‥はじめてのとき、」

ちょっぴり舌ったらずになった理由は、照れと恥ずかしさが彼女のキャパを超えてしまったからだろう。目の前のトレイの上に置かれたロコモコ丼とスープをじっと見つめながら、蚊みたいな小さな声が聞こえてくる。
緊張しなかった?と聞かれて、緊張しなかったよ、と答える女子は早々いない筈だ。私も例外なく緊張した1人なので、「したよ」と答える時にほわんと頬っぺたに熱が燻った。だって好きな人の前で裸を晒すって結構な勇気なんだよ。でも、全部晒け出しても好きって言われるのはとても心地が良い。「セックス」なんて、聞こえは確かに恥ずかしいところがあるけれど、とっても幸せな行為だってこと。‥ほのかちゃんにも伝わればいいなとは思ってるんだけど。

「夜久君はほのかちゃんのこと凄く大事にしてると思うから、今日もきっと凄く大事にされるんだろうね」
「そっそそそんなこと急に言わないでください!」
「え〜?」

2人で周りより少し控えめに騒ぎながらあらかじめ取っていた席に向かうと、そこには既に鉄朗と夜久君がいた。テーブルの上には大きなお皿と、お肉やご飯が並んでいる。動いた分だけ素直にお腹が減る彼等とは裏腹に、どこか私とほのかちゃんのお腹の中は満たされたままだ。それは食事の量を見れば一目瞭然である。

「お、2人ともなんにした?」
「ロ、ロコモコ丼‥」
「美味そう!ほのか、後で一口ちょーだい」
「う、うん、」

鉄朗の隣に座った途端、キラキラとする夜久君の目はほのかちゃんとロコモコ丼だ。だけど、隣でニヤニヤとする鉄朗を見る辺り、私達がいない間に夜久君に何か吹き込んだのかもしれない。分かんないけど、ついさっきまでは食べ合いっこすらお互い恥ずかしそうだったのに。

「‥鉄朗、夜久君になんか吹き込んだでしょ」
「別に?」

これは嘘をついている顔だ。絶対なにかを言った顔。だけど、それが2人の為のものならいいかと私も軽く頬っぺたが綻んでしまった。緊張しながらスプーンを差し出すほのかちゃんと、あ、と大きく口を開く夜久君。なんだか少し、距離感が前進しているような気さえしている。

「アレ、まいサンはしてくれないの?」
「はい?」
「あーん」
「ばーか」
「イッテ」

ばちん、と中指を親指で押さえてデコピンを一発。さっきの意地の悪い手のお返しだ。それでも何処か嬉しそうに笑っているのだから、結局数秒後には私も口を開けた鉄朗に向けてスプーンを差し出してしまっていた。