二枚のICカード乗車券に一万円をそれぞれチャージする神童を横目に、流れる電光掲示板を見る。
どこかの線で人身事故のため遅れが生じています。
その線が俺らが乗る電車なのか、それとも全然別の線なのかはわからなかった。
そもそもここが何処かもわからない。
チャージを終えた神童に聞いても「わかりません」と困った笑みを浮かべるだけだ。
此処に来るまでも電車に乗って来た。
目的も何も無く、ただ流れるままに電車に乗り、降りてまた電車に乗り降りる。
そうしてるうちに俺のチャージ金額が足りなくなった。
神童は当たり前のようにそれを取りチャージ向かう。
一万円。中学生が自然と出す金額じゃないそれを「これで足りるかな」と呟いたこいつと俺じゃ住む世界が違うんじゃないか。
今も、それ以外も時々そう思う。

「行きましょう」
「行くって何処に」
「そうですね、どこでも。貴方となら」
「やめろよクサイ」

荷物は小さめのボストンバッグ。
中身は財布と携帯と充電器その他もろもろ。
多分神童も同じくらいだと思う。
とりあえず俺らは適当に改札をくぐる。
改札と言っても外に出る為じゃなく乗り換え用の改札だ。
改札をくぐると目の前にある電光掲示板があと一、二分で電車が来る事を示していた。
時間帯のためかホームには人が疎らにしかいない。
ぱらぱらと並ぶ人達の後ろに適当に並ぶ。

『まもなく快速ーーー 行きーーー電車が 』

流れる女性のアナウンスと共に電車が現れる。
ブレーキを掛け滑り込み、そして止まる。
扉が開き、人々も俺達も乗り込む。
ボックス席ではない横長の一番端に座る。
神童はその横に座り、そして俺に小さな声で話しかけてきた。
小さめなのは此処が電車の中、というのを考慮しての事だろう。

「この電車はどこまで行くんでしょう」
「さぁな。まあ何処かはわからなくてもどれくらいまでなら、彼処の路線図みればいいだろ」
「ああ、そうですね」

そう言って神童が、扉の上に目を向けると同時に電車は動き出した。
独特の音が鳴る。
そういえば歌う電車があると昔車田辺りが言ってた気がする。
もしかしてこれの事なのか。

「……所々分かれて乗り換えとかあるみたいだけどどうする?」
「このまま行きましょう。一番端に」
「一万円もチャージする必要無かったな」
「いいんですよ。だって電車が無くなったらバスでだって使えるんですから」

電車は走る。窓の風景は早々と移り変わる。
この電車は、随分加速するんだなとぼんやり思う。
神童は膝に乗せた手を握りしめていた。
俺はそれをちらり、と見て静かに頭を振る。

「駄目だ、神童。今回は電車で行ける所までだ」
「……はい。大丈夫です、わかっています」

何駅が過ぎ去り、何駅か止まり、そうしてまた少し大きめの駅に着いた。
そこで中にいたほんの少しの俺達以外の人間は全て降りていった。
乗ってくる人はおらず、電車の中は俺と神童だけだった。
神童が静かに俺の手を握ってきた。
普段はオロオロした泣き虫の癖に大胆な所がある。
この車両には誰もいないけど、隣の車両には人がいる。
でも俺からは何もしないのも癪だから握り返してやる事にした。
もういいや、誰かに見られても。
知り合いはいないんだから。
これは限定した逃亡劇なんだから。

「手、冷たいですね」
「その分心が温かいんで」
「はい。貴方はとても優しい人です」

ニッコリ笑う神童に俺は何も言えなくなる。
恥ずかしい奴だなと思う。
顔が少し暑くなった気がする。
神童から顔を反らすように斜め前の窓から見える景色に目をやる。
視界の端で神童が柔らかに笑ったのがわかった。

また何駅か過ぎ去り、そしていくつかの駅に停車した。
段々都会から田舎に変わっていく。
人がまた乗って来たけど手は変わらず繋いだままにした。
一人の老婆が俺らを見て「そうかいそうかい」と一人頷いた。
何がそうかいなのかわからなかった。
俺達がそういう仲だと解ってなのか、ただたんに仲の良い友達だと思ったのか。
わからなかったけどその目に侮辱や嫌悪、軽蔑の光が無かった事に俺は安堵した。
……多分、神童も。

ここら辺はトンネルが多いようだ。
トンネルに入っては抜けて抜けては入る。
その繰り返しをしているとトンネルを抜けてすぐ、停車駅だった。

「もう本当に、全然わかりませんね」
「でももうそろそろ終わっちゃうな」
「そうですね。残念です」

アナウンスが不明瞭かつ早口だった為駅名を聞き逃したが、ホームにある駅名標を見た。
こっから先は各駅停車になるらしい。
らしいが、多分もう20分も無いだろう。
一番端に行くまでは。

「南沢さん」
「んー?」

今日始めて名前を呼ばれたような気がする。
まあいいや。何だよ?と言い返す。

「南沢さん。次は何で逃避行しましょうか」
「何だよ、もう次の事か?」
「はい」
「んー……そうだな。タクシーに乗って『前の車追ってください!』とか」
「それはそれは、なんだか面白そうですね」
「すぐ終わっちゃいそうだけど、もしかしたらとんでもなく遠くに行けるかもしれない」
「ええ、そうですね。楽しそうです」
「ああ。楽しみだな」








俺と、神童は付き合っている。
両想いで、だけど俺達には未来が無かった。
二人が恋人同士として過ごす未来が無かった。
男同士と言う事は勿論、神童は神童の家を継がなければならなかった。
それには恋人である俺の存在は邪魔でしかなかったのだ。
神童の家に取っての俺は大事な息子の将来を不安定にさせるものでしか無かった。
俺も俺で如実になる世間体に逃げ腰になってしまった。
俺は神童を愛していたし神童も俺を愛していた。
だが二人で本当に逃避行なんて出来るわけが無かった。
年齢とかそういうのではなく単純に俺は俺の今の安定と未来を失いたくない弱虫だったし、
そんな俺を引っ張って連れていくなんて出来ないくらいに神童は優しすぎた。
でもお互いに好きだったからこうしてたまに限定した逃亡劇をしてきた。
逃げ切らない。
決められたルールに従い終わりを決める。
そこに着いたら来た道を戻りまた日常に戻る。


そうして弱虫で意気地なしでだけどただ流れるままに終わりの未来を迎えいる事の出来ない俺達は逃亡にならない逃避行を繰り返しているのだった。




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一樹様、リクエストありがとうございます。
電車で逃避行拓南というリクエスト内容でしたがこれで大丈夫でしょうか……?
あまり明るい話しになりませんでしたが、まあこいつらまだ中学生なのでこの先もしかしたら二人で明るい未来が待ってるかもしれませんしね!

そしてリンクありがとうございます……!嬉しいです。こちらこそチキンのため無断リンクで申し訳ございません。そう言っていただけると幸いにして恐縮でありそれはこちらの台詞ですだったりします。

では、ありがとうございました。
一樹様のみお持ち帰り可です。
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