あ、居た。


※死ネタ注意!













はあ、はあ、はあ。

鼓動に合わせて息を吸っては吐く。
疲れきった体が上下して、脚がついていかない。
どうして自分はこんなにも走り続けているのか、自分自身でも分からなかった。だが、兎に角走って走って、走りきらなければいけないのだ。
やっとの思いで登りきった階段から滑り込むように屋上の扉の前へへたり込むと、直ぐ様携帯電話を開く。

電話帳の あ を出し、物凄い速さで跡部をプッシュする。

背中に汗を垂れ流しながらコール音を聞いていると、コール音に合わせているかのようにコツンコツンと足音が聞こえる。馬の蹄のように軽く、しかし威圧感を覚える音だった。


プルルルルルル、コツン。


プルルルルルル、コツン。


絶対にあいつが近づいている。狂気に満ちたあいつが。
あいつに捕まったら俺は歪んだ愛を投げつけられて、絶対に死んでしまう。
だから、俺は今すぐにでも跡部にここへ来てほしかった。俺をここから助けて、今すぐ匿って欲しかった。
というよりは、もう助けてくれるなら誰でもいい。岳人だろうが、宍戸だろうが、滝だろうが日吉だろうが、本当に誰でもいいから助けて欲しい。あんな狂気に溢れたやつから逃げられるなら、誰でも。
コール音が響く度に、跡部への思いと恐怖が増す。


プルルルルルル、………コツン、



何度目かのコール音で、やっといつもの声が聞こえた。


『…もしもし』
「あっ、跡部…」
『忍足か…、…どうかしたか?』
「た、助けて跡部…、俺は、このままやったら死んでまう、早う助けて、」
『あぁ?…今どこだ』
「屋上、学校の、扉のっ…前。」
『…?学校の屋上の前?』
「あっ、アカン…とっ、扉の…」



あああああ、駄目だ言葉が繋げられない。頭の中では完成しているのに。跡部、俺追われてんねん、殺されそうやねんな、そやからはよう助けに来てや、今屋上の扉の前やねん、いつもの所の。そやから、はよう…





『冗談か?』



「…っちゃう!!そやから!はよう、来て…跡

















「おーしたりー」














「…ひ、、」




「そんなとこにいたんだぁ、」




『…おい、忍足?』



「ね、誰と話してんの?」

「あ…、」
「ねえ」
『おい、忍足、どうした!』
「あぁ…」
『忍足!?』



ブツン、


あぁ、電話が、切れた。
慈郎の手で。



「跡部と話してたの?折角俺とオニゴッコしてたのに。」


バキッ。
音がしたかと思うと、俺の携帯電話は慈郎の手の中で二つにぱっくり割れていた。バチッと火花を散らすと、コードがぷっつりと千切れる。
俺の命綱は、ばらばらになってしまったのだ。
俺のばらばらの命綱を一瞥してから、慈郎はゴミでも捨てるかのように床へ投げつけ、それからニコッと笑った。



「忍足はアトベが大好きだよね、いつもアトベアトベってうるさいくらい」

、ね。





笑顔が、恐ろしい程に美しかった。
女神もがひれ伏してしまう位に、何もかもに、勝っているような笑顔だった。きっとこの笑顔に逆らえるやつなんて、いない。心底そう思った。


「俺の笑顔に見とれちゃった〜?でも、俺とのお話しは終わってないよね〜」



「あ、ぁ………」


「俺よりアトベなの〜?アトベが好きなの〜?ねえね、おしたり教えてよ〜、ねえ。」
「じ…、ジ、ロ……っ」


まごつく俺に、慈郎の鋭すぎる瞳が突き刺さる。
慈郎の瞳に戦いた瞬間、拳が頬をすり抜けたかと思うと、扉が勢いよくガシャンと悲鳴を上げた。




「、なんとか言えってんだよ!!!!!!」



「ひっ!」



初めてこんな声を聞いた。
慈郎が声を荒げることなど、これまで見たことも無かったのに。
それほど俺に執着しているのだろうか、彼の愛情は。
だが、それをまともに受け止めれば俺の命が危うい事は分かりきっている。
逃げなければ。
慈郎の身体を押しのけて、今すぐ走り去らなければ。
跡部に、助けて貰わなければ…。



「ぃっ…、イヤやっ!!」


身体が動くのが先か、ドンッ、と慈郎の身体を押し退けた。
しかし、俺はとんでもなく馬鹿だった。
俺に押されて階段を転げ落ちた慈郎を避けて降りればいいのに、俺は屋上の扉を勢いよく開けていたのだ。



もう、取り返しはつかない。




「はぁ…、はぁ…、はぁ…っ!」


屋上の空気に晒されて、一気に身体が冷える。

乾ききった喉に外気が触れて、咳き込んでしまった。

「ぅっ、ゲホっ、エホッ…っ」

まぶしい太陽が体に直撃し、目眩がして、足元がふらつく。
こんな所に居てはいけない、早く慈郎を避けて階段を降りて、学校を出て、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、命懸けで、自分の身を守らないといけない。
早く動け、走れ、逃げろ、駆け出せ!























「痛いじゃあん」






「…、!」






「鼻血が出ちゃったC〜」











「…ぁ…」








間に、合わなかった。
太陽に照らされて、ふわりとした金糸がきらりと光る。
この状況とは正反対に眩しく、綺麗に輝いている髪の毛から、透き通った瞳がこちらを見据えた。
がっちりと離さないような視線で俺を見て、それから口角を吊り上げる。
ああ俺はなんて馬鹿なんだろう、いつも言われてる天才なんて丸で役に立たないではないか。
俺はこの世の終わりを感じその場にへたり込んだ。








「…忍足、探したよ…ずぅっと逃げるからさ、俺疲れちゃったよ。」





息も切らさずそう呟いたジロー。
こいつ何言うてんのや、俺がどんだけ疲れとると思ってんねん。
走って走って走り回って、死ぬ程逃げた。
でも、俺が辿り着いたのは終点。
次への逃げ道など用意されてはいない。



俺にはもう残された道など無かった。



昼間の屋上、清々しい空気、軽やかな快晴、何より絶好の風景。


あれ?
何にも悪い所なんて無いのか。
もう悔いる事も無い。
気持ち良く、気持ち悪い世界からサヨナラ出来るじゃないか。
あ、最後に跡部に謝っておきたかったなあ。心配してくれているだろうか。
ヒトに心配されるというのはなんて暖かいことだろう。




「…あぁ、ジロー…」



「…侑士……侑ちゃん…」





下の名前で呼ばれたのは久々だ。ジローは特別な時でないと俺を下の名前では呼ばない。
それほど、ジローにとって今が特別なのだろう。
俺だって本当はもっと特別な時が欲しかった。俺にはまだ何十回と誕生日、正月、クリスマス、記念日があったはずなのに、もうすぐそんなことも毎年出来なくなる。
絵に描いたように恍惚とした表情で俺の上へ股がるジローが妙に美しく見えた。









「侑ちゃん……いい天気だね」




「…せやな」




「言いたいことある?」




「わかれへん…」




「…そっか」




これからの事を考えると、身震いした。
ジローは汚すぎる自分を綺麗にしてくれるんだ。
何のためにジローから逃げていたのか。怯えていた自分が馬鹿みたいだ。
狂気に満ちたのは慈郎じゃない。

俺自身だ。




「慈郎…逃げてもうて、ごめんな」

「うん」

「ホンマにおかしいんは、俺の方やんなぁ…」

「そうだね」

「もう…クリスマスとか、誕生日とか、無くなってまうんかなあ…」

「俺が毎年祝ったげるよ、死ぬまでずっと」

「おん…」



なあジロー、いままで逃げてごめんな。学校ん中走り回って、汗垂れ流して、死に物狂いで跡部に電話して、やっとこさここまで来たんや。
俺は今までジローに怯えとったんや。
俺の知らん所で知らん顔見せるジローがものっそ怖かってん。
せやからジローが屋上まで来て、俺やっと気付いたで。
ジロー、俺を助けようとしてくれんたやな。ホンマに優しい恋人を持って俺は幸せもんやわ。
あんな、ジロー最初に見たとき、俺太陽みたいやって思たんやで。
なんやポカポカしとって、俺には無いもんばっか持っとる。


俺はちょっとだけ、ジローに憧れとった。



「侑ちゃん……泣いてる」
「泣いてへんよ…勝手に出るだけやもん…」



「死ぬの、恐い?」






恐いなんて有り得へん。
ジローに殺されて消えて無くなってまうなら、
「…本望やわ」






「…侑ちゃん、ちょっとしたら俺も迎えに行くからね…待っててね」




最期に見るのは恐ろしい位に綺麗なジローの瞳と、快晴の青空。
11月22日、気温はきっと10度。
晴れているのに寒い、不思議な冬。
だんだん首元に置かれた手に力が入り始めた。
ああ、苦しい。
ひゅうひゅうと喉が鳴り、視界がぼやける。
ジローはちょっとだけ申し訳なさそうに眉をハの字に下げて、それから口角を吊り上げて俺の首を絞めた。







あ、いた。



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