とある終末の某(それがし)



ジロ忍
死ネタ
過去捏造








とある終末の某(それがし)
















雨の強い日でした。
雨に打たれる紫陽花が泣いているのを見た、ぼくでした。

「雨やな…」


頭で金色の糸をふわふわと揺らす彼が、紫陽花を見て言いました。
「俺、雨はキライ」
ぶっきらぼうに吐かれた言葉が冷たくて、ぼくはなんとも言えなくて、「さよか」と言いました。
「雨はキライだけど、おしたり君と水溜まりを走るのは、すっごく楽しいな!」
僕も、水溜まりは大好きでした。
だって、こんなにも楽しい人と水遊びが出来る僕は、とても幸せ者だからです。

でも、金色の糸を乗せたその人は、キライな雨の日に、雨と一緒に消えてしまいました。


少しだけ羨ましくて、でも、ぼくは雨が怖くて、ぼくはゆっくり溶けて消えてしまったその人の寝ている箱に、薄いピンクのばらを置いてしまいました。
もくもくとゴムのような匂いが立ち込める火葬場で、僕はあの子に手を降りました。



でも、ぼくは雨がだいすきです









とある終末、の、某
















「忍足は雨がスキなの?」


「雨の日は、好きやで」






俺は雨が好きだ。
理由はよく分からない。


遠いどこかに住んでいた誰かが、「誰か」では無くなった季節は、ちょうどこんな季節だった。
我々の意思を無視しながら降り続けるじめじめとした雨は、その誰かから流れ続ける赤い液体を、ただ、洗い流していた。
俺はその時、泣いていたような覚えがある。
しかし、その誰かが一体誰なのか、俺自体分からない。
だが、確実に覚えているのは、その人がとても芥川慈郎に似ているということだ。
慈郎に似ているからと言って特別な関係がある訳ではないが、慈郎と二人でいると、なんとも言えない記憶が甦る。まるで、今同じ学校へ通ってこうしてテニス部で共に汗を流す「友」であるジローがあの子なのではないか。
そんな、錯覚が起こる。



雨が嫌いなんだ、と言って、雨と一緒に溶けて無くなったように消え去った彼のふわふわの金髪を揺らす顔が、慈郎の眠そうな顔と重なった。
「ん、」

その眠そうな顔で、慈郎が俺の膝へ寝転がる。

「寝るんか?」
細くて綺麗な金髪を撫でながら言うと、慈郎はゆっくり顔を左右に振り、「おしたりのひとりじめー」と呟いた。
「俺は慈郎のもんとちゃうよ」
「もうすぐおれの物になんのー」
いひひ。
俺の髪の毛から頬をさらさらと柔らかい手で撫で、慈郎が笑う。
少しずつこの笑顔に惹かれているような気がして、俺は顔が熱くなるのを感じた。


「忍足〜、顔が真っ赤だC〜」
「んなわけないわ…」
忍足の嘘つきー、と熱を帯びた頬をするりと撫でる慈郎の手がひんやりと冷たくて気持ちが良い。
嘘なんかついてへんしー、と微笑しながら慈郎を真似て答えると、慈郎もつられて笑いながら何それ〜、と言う。

「……、か〜わい」

「…可愛ない」
「可愛Eーよ」
照れてるの?と勝ち気な顔でそう問われ、俺は益々頬の熱を感じる。
慈郎の懐かしいような温かい香りが鼻を掠めるから、もう完全に慈郎に惹かれているんだと自覚した。
元来俺はそっちの気があると言うわけでは無いのだが、気がつけば慈郎と行動を共にすることが増えていた。
会話をしたり、膝を貸したり、一緒に昼食を取ったり。
何気無い日常の中で、俺は慈郎に惹かれている。
現に、可愛いと言われて喜んでいる俺がいるのだから。




「…ねぇ、おしたり」
「ん?」

そんな事を考えていると、不意に慈郎が俺を呼んだ。
まるで、遠いどこかを見つめるような眼差しで、俺の厚いレンズに隠された瞳を見ていた。
慈郎の前だとこのレンズも全く役に立っていない気さえするのだから、この眼差しはたまったものじゃない。


柔らかな慈郎の唇が、ふと、動いた。













「………俺、ね、昔に、死んじゃったんだ〜」











「、え、」
「こんな、俺のキライな雨の日に。」
「……は…?」






そりゃ驚くよねー。と俺を見ながら言う慈郎。
その顔が、再びあの彼と重なる。
大好きだったあの彼と、まっすぐ俺の方を向いて。
くるりとこの現状から逃げるように跳ねた俺の髪の毛を、柔らかい指で遊ばせて。



「ね、何も言えなくなっちゃうよね」




言うも何も、口すら開かなかった。
途端に昔の記憶が甦り、まるで彼が慈郎になったように俺の頭でぐるぐる回る。
どうして?
まだ昔の記憶に住む彼が慈郎と確定したわけでもないし、だとしたら慈郎が今生きている訳も無いのに。
それなのに、俺の頭の中は彼が慈郎だと言う摩訶不思議な事しか考えられなくなっている。ああ、とうとう俺も馬鹿になったのか。


「なんで…?」

「…でも、俺、水溜まりで遊ぶのは大好きだよ」

「い、や…、ジロ……」

恐い、恐い、恐い。
ジローが、恐い。

今まで好きだったジローが、この上なく恐くなる。
なんであの時の記憶がフラッシュバックして、慈郎と重なってしまうのか。
なんで水溜まりで遊んだことを慈郎が知っているんだ。
彼は死んだのだ。火葬場へ行った。ゴムのような臭いだって覚えている。
だから、俺以外にその子と水溜まりで遊んだことを知っている人なんて身内位で、赤の他人にいない。
ましてや中学から知り合った慈郎が俺の昔の事なんて慈郎が知っているわけも無かった。




「『おしたり君』、また俺と水溜まりで遊んでよ」



「…ゃ、やめて…ジロー、恐い…」


「ねぇ」





弄ばれている髪の毛を握る慈郎の手に力が入る。少し強張った慈郎の顔には、じんわりと汗が滲んでいた。
もう季節は夏に向かって歩き始めているし、充分暑い。
だが俺は慈郎に膝を貸したまま、寒気しかしなかった。
びくりと肩を揺らす俺を見て、突然慈郎が吹き出した。





「…ジロー?」








「忍足、本気にしてるでしょ。これ、忍足のお母さんがこないだ教えてくれたんだよ、学校に昔死んだ子とそっくりな子がおる、ってね?」


「……また要らんこと…」




慈郎は大笑いして楽しかっただの面白いだの言っているがこっちは恐いなんてもんじゃなかった。
あのドアホ、パニックになってもうたわ。
だが、珍しく慈郎がこんな冗談を言ったから、ちょっとレアだ。




「…さ、忍足!帰ろっか?」
「ん、せやな…もうあんな冗談やめてや?」
「いひひ、ごめんって」


そう言うと慈郎はのそのそと俺の膝から頭を上げ、髪の毛をわしわしと掻いた。
それにつられて俺も立ち上がり、鞄を持つ。
何はともあれ慈郎があの子でなくてよかった。俺は心底そう思った。
ふと窓越しに外を見ると、しとしとと雨が降っていた。
自然のシャワーの様な、雨。俺だって昔は雨は神様の涙かと思っていた。
ここだけの話、誰にも言っていないがあの子にそれを言うと笑われたのも覚えている。






「……様が泣いてるね」




身支度を済ませ教室から先に出た慈郎がこちらを振り返らず、ぼそぼそと何かを呟いていたが聞き取れなかった。













靴を履き外へ出ると、じめじめした空気に包み込まれるようで気持ち悪い。
速いところ家へ帰ってシャワーを浴びたかった。
何もかも洗い流したい、そんな気分だ。
何もかも洗い流して忘れて、慈郎は関係ないと自分に言い聞かせたい。









傘を差し慈郎と歩き始めると、大きな水溜まりのど真ん中で慈郎は立ち止まった。















「おしたり君」




「もう、冗談は…」















「神様の泣いてる日に、迎えに来たよ」



「え、あ―」








ばしゃん
真っ赤な傘が水溜まりの中へ落ちる。
忍足の体が傾く。
俺はあの日からずっと待っていた。


やっと会えた、彼に。







「待たせてゴメンね」






終末を迎えた某は、綺麗に雨に溶ける。











『とある終末の某』


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慈郎はあの子。侑士を迎えにきました



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