審神者と堀川の話
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そこはまるで地獄だと、へし切り長谷部は思った。自分の主である名前と共に訪れた本丸であったであろう、その場所は、無残な姿へと変わり果てていた。大きく存在を放っている正門は崩れ落ち、所々で軋む音がする。郵便受けが錆びて地に落ち、本丸の番号が書かれていた木札はすでに読めなくなっていた。日が高くあがり、燦燦と降り注ぐ太陽光がまるで似合わないそこへ、名前は迷わず足を踏み入れる。白い着物の上に黒い袴を履き、底の厚い下駄をカランコロンと鳴らす。肩にかけた紅の羽織、綺麗にまとめ上げられた髪が、生ぬるい風に揺らされ、それに乗って、彼女の香りがした。彼女の少し後方を歩くのは、近侍のへし切り長谷部で、既に極められた姿をした彼が自分の部隊を確認しつつ、主である彼女の側へ寄り添った。

「主、こちらで間違いないようです」

手元にあった政府からの封書を見ながらそういうと、隣にいたその人が「うん」と一言発した。

「亀甲、鶯丸、西の方を確認して。薬研、不動とこの奥の本堂を、長谷部と小狐丸は私と共に。何かあったら報告して」

彼女はそういうと、小さく会釈した彼らが各方面へと消えていく。自分のもとに残った二振りを確認すると、名前はさらに奥へと足を進めた。かつては、玄関だったであろう場所から足を踏み入れるのは、この場所が誰かの家だったことへの敬意だ。

政府から密書が届いたのは数日前のことだった。いつもの任務に加え、新たに一振り極の修行へと向かわせようかと考えていた時、政府から招集を受けていたこんのすけが持ち帰ったのがそれだった。内容は、【審神者の手によって破壊された本丸の調査】で、どの本丸が請け負ってもよさそうなものだったが、人間がその手で神を顕現し、そして消し去った場所、漂う霊気の歪みも確認されたことから、本丸のレベルが高い名前の元へと依頼が来たのだ。【本丸内の調査、報告、必要があれば交戦も構わない】というそれに、要は残骸を始末してほしいのだと感じた。そして、今日、第一部隊を連れて訪れたそこは、かつては愛しいもの達の声で溢れたであろう、廃れた場所だった。

玄関から足を踏み入れ、今にも抜け落ちそうな廊下を歩く。所々、床の抜けている場所や、壁が崩れているのが確認できる。名前は手持ちの端末の電源を押すと、政府直通の番号を呼び出した。数回のコールの後、受話器を取った無機質な声に、状況を淡々と説明した。

「本丸として機能している部分は見当たらない。今のところ、遡行軍も確認できず、霊気の歪みはあるが、大きなものではなく修復は1日で済むかと。今のところ、残刀は見受けられません。引き続き調査する予定です」

そう伝えると、相手からは任務内容に変更はない事が伝えられる。それを聞いて通話を切った時、自分の隣にいた長谷部が彼女の肩に触れ、歩みを止めさせた。

「主、お待ちください」

反対隣りの小狐丸が刀を抜き、彼女の前へと身を滑り込ませた。少し先、その部屋は何に使われていたのだろか。ガサガサと何かが動く音に、奥の一点を見ていると、緑とも青ともとれる目と視線があった。

「…いいよ。長谷部。堀川だ」

彼女はそういうと、自分の前にいた小狐丸を抜け、こちらをじっと見つめる彼へと近づいた。日の当たらないそこは、外の明るさも手伝ってか目が慣れるまで、漆黒の空間だった。茶色に焼けた畳を踏みしめ、名前は肩にかかった羽織に手を添え、口を開いた。

「他の刀はどうした」

時々、瞬きをしながらこちらを見上げる彼は、右腕がなかった。土壁に背を預け、肩で息をしている。いつからそうしていたのだろうか。彼の残された左腕には、真新しい緑のツタが巻き付いており、放り出された足には、小さな草が根付き始めていた。

「…あなた…誰…ですか…」

怯えているともとれる声が揺れ、草が軋む音がした。

「警戒しなくていいよ。私は第__本丸の審神者。この本丸の調査を頼まれてきたんだ」

そういうと、彼は肩の力を抜いた。漆黒になれた目は、彼のぼろ衣のような体を目の当たりにした。そして、目の前にしゃがみこむと、彼の右肩を数度、優しく撫ぜた。

「政府からの連絡では、ここの審神者が自害する前に、刀に手をかけたと聞いたが…間違いないね…?」

「…はい」

何を思い出したのだろうか。彼の目から溢れ出た涙がぽたりと落ち、乾いた畳を濡らした。そうしていると、他の場所へ調査へやっていた刀剣が彼女の元へと集まりだす。

「ご主人様、政府へ報告しようか?」

白い服をはためかせ、亀甲がそういうと彼女が軽く頷いた。そうして、政府直通の端末を彼に渡すと、名前は長谷部へ手を出した。

「長谷部、手伝い札」
「…主、何をなさるおつもりで?」
「ここの手入れ部屋は、使えそうなのはあった?」

長谷部の手からそれを受け取りながら、後方にいた不動にそう聞くと、彼は一部屋だけかろうじて。と答えた。その言葉に、長谷部は軽く目を見開いた。彼女はここに居る堀川を修繕しようというのだ。

「主、刀の修繕は政府に言われていませんが」
「長谷部、私は政府の犬ではないから、何もかも彼らの言われるがままじゃないよ?」
「…申し訳ありません」
「お前たちを扱う私が、あの子を放っておけるわけないだろう?」

彼女はくすりと笑うと、小狐丸に堀川を運ぶように指示をだす。もう自分では立ち上がることもできないでいた彼を、そこから引き離せば、ツタがちぎれる音がした。


ここに居た審神者は、優しい人だった。手入れ部屋で、堀川はそう話した。審神者に憧れを抱いていたのだという。念願の審神者になった後も、彼女はいつでも誰かになろうと必死だった。「あの本丸は三日月がいる」「あの本丸は、もっと重要な任務をあたえられている」周りと自分を比べては焦る人だったが、それでも優しくて明るくて、本丸で触れ合う彼女を疎ましく思うなど一度もなかった。けれど、何かが少しずつ彼女を蝕んで、気づいた頃にはもう遅く、審神者をやめたいと口にし始めた彼女を周りは懸命に止めたのだという。そして、ある梅雨の日、朝から豪雨が降り注ぎ、庭の紫陽花を愛でる余裕もなかったあの日、彼女は刀身を保管していた場所に向かい、大太刀の蛍丸を手折ったのだ。

「…地獄だなって思いました。一人、一人、消えていくんです。苦しんで、もがいて」

刀身を保管していた場所には結界がはられており、審神者以外が入ることはできなかった。両開きの扉の向こう。彼女の気が溢れるそこで、彼女は何を聞いたのだろうか。扉を叩き「死にたくない」と叫んだ刀を手折るのはどれほどの気持ちだったのだろうか。

「最後、僕に手をかけたみたいですけど…折り損ねたみたいです」

刀身が欠けたのだろうか。右腕がもげ、体が鉛のように重くなる。かろうじてたどり着いたのは主の自室で、そこで堀川は動けなくなった。壁に背を預け、泣いても涙をぬぐうことさえできなかった。その後、彼女の気が消えた。彼女が、死んだのだ。

それから今日まで、朝日が昇っては沈み、四季を失った庭をただ、ぼうっと眺めていたのだという。

「そうか。それは、酷なことだな」

綺麗になった堀川を見て、名前はそう声をかける。手入れ部屋の外にいた長谷部が、終了に気づき部屋に入ってくると、彼女は立ち上がった。

「さぁ、私の任務は済んだ。後は君の好きにするといいよ。政府に行けば、政府お抱えになるだろう…過去に戻りたいなら、戻るといい」

「主…!」

堀川と長谷部は同時に目を見開いた。審神者を生業にしている者が過去に戻る提案をしたのだから無理もない。名前はその反応に、小さく笑うと、綺麗にまとめた髪に触れた。

「その時は、私と会わないようにしてちょうだい。君の進む先を決める権利は私にはないけれど、仕事上、出会えば破壊しなければならなくなるからね」

そういって、部屋を後にしようとしたとき、彼は小さく俯き肩を揺らした。そして、涙にぬれた声で、彼女を引き止めると懇願するような瞳を向けた。

「あのっ…僕を…僕を…連れて行ってはもらえませんか…あなた程の審神者なら、きっともう、堀川はいると思うんですけれど…っ…」

その声に、彼女は振り返り少し間を持たせると、「あぁ」と何かを思い出したような声を上げた。

「そうか、その選択肢もあったね。構わないよ。うちにおいで、堀川」


そうして差し出した右手を、小さく震えた彼の手が掴む。本丸から出る少し前、玄関からずっと奥、未だに崩れ落ちることを知らないかのように、固く閉ざされた両開きの扉は、無数の傷が、もがき苦しんだであろうモノ達の傷が付いていた。そこを開くこともできたが、あえてそれはしなかった。この先は、政府の仕事だと言い残し、早急に見舞ってやってくれと、連絡をいれた。



調査報告

本部カラノ報告ト相違ナシ(残刀ヨリ証言アリ)
審神者ノ遺体ハ、本丸内ト思ワレル。

残刀、一振リ
脇差:堀川国広

該当本丸ニテ手入レ済ミ
本日ヨリ、我ガ本丸二振リ目ノ堀川トシテ迎エルコトヲ、此処二報告スル

以上

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