飛び出した音也の向かった先に、なんとなく見当はついていた。
翔と喧嘩したあとや親父たちに叱られたあとなんか。捜しに行った俺たちやレンがあいつを見つける場所は、昔から決まってあそこだったから。
那月も頷き迷いなくその場所へと走る。
程無く辿り着いたその先に、果せるかな目的の人物はいた。
日もまだ伸び始めの春の終り。曇り空もあってすっかりと暗い小さな公園のブランコに座り、ぽつぽつと立つ街燈に照らされながら音也はじっと足元を見つめていて。
入り口で立ち止まった那月に気付いた様子はなく、またここからではその表情を窺うことはできなかった。
「ショック……でしたよね。やっぱり」
音也を見つめたままその眼を細め、ポツリと那月が呟く。

――私と真斗さんが出会ったのは大学生の頃でした。
――当時の私は検事になることだけに専心していましたし、真斗さんも……。
――そうして大学卒業とともに私たちは同居を始め。その、四年後のことです。
――あなたたちも何度も会ったことがあるでしょう。
――早乙女さん。
――あの方は事故やあらゆる事情で肉親と離れた子どもたちを自立ないし新たな親元へと送り出すことを生業としています。
――日向さんたちを介して彼と知り合った私たちは、二人の子どもの親になりその三年後新たにまた、二人の子を迎え入れた。
――もうお分かりでしょう。
――その子どもたちというのが那月とレン。そして音也、翔……あなたたちです。
――つまり、……つまり私たちは、
――…………。
――私たちは、全員。血の繋がりを持ってはいません。

物心ついてから二人の元へと来た俺たちとは違う。
音也たちは言葉もままならないほどほんの幼かった。
翔が言っていたように、片方ずつの、あるいは一方との血縁があると信じていたっておかしくはないし、実際に信じていたんだろう。
純真でものを疑うということをしない音也は、より強く。
だから一層、先程の親父の言葉が受け止めきれなかったのかもしれない。
俺たちには察してやることしかできないが。
「僕、ちょっと話してきます」
きゅっと拳を軽く握って那月が言った。
「僕のこと。さっちゃんのこと。お父さんお母さんのこと。話して、それから音也くんの話も聞いて。お父さんが最後に言いかけたことを」

――それでも、私は……。私たちは、

「…あそこに続くのは僕らにとって、そしてきっと音也くんにとっても宝物のような言葉。彼ももう小さな子どもじゃないから、宝箱の鍵はとっくに持ってるんだと思います。……だから僕が頭の整理を、宝箱への道標をしてあげなくちゃ」
大事な大事な音也くんの、お兄ちゃんとして。
そう言って那月は眩しいものを見るように目を細め、にこっと頬笑んだ。
俺も小さく、けれどはっきりと頷く。
だが――
「さっちゃん?」
音也へと向かおうとした足を、止めさせた。
どうしたの、と首を傾ける那月を無理矢理引っ張り、己の意識を表へと浮上させる。
そして当然のことながら喚き出した那月を、強制的に眠らせた。
後で散々文句を言われるだろうが仕方ない。これが俺の仕事なんだ。
「悪いな、那月」
握られたままの拳を持ち上げる。
こいつは強くなった。
過去に怯え塞ぎ込むことを止め前を、未来をまっすぐ見始めて。
那月は強くなろうとして、本当に強くなった。
――ちょっと話してきます。
――僕のこと。さっちゃんのこと。お父さんお母さんのこと。
今のこいつなら、恐らく心を乱すことなく音也に話して聞かせることもできるんだろう。
だが、――俺が嫌なんだ。
乗り越えたからといって、完全に傷跡が消え失せたわけじゃない。
那月には、前だけを見ていてほしい。
――仕事だなどといって、つまるところ俺が那月を甘やかしたいだけなんだ。
それでも、それが。俺の存在意義だから。
だから、
「俺が行く」
拳を下に降ろし、ゆっくりとブランコへと向かう。
砂を踏む足音に俯いていた音也がぴくりと反応した。
「……つき兄………」
ゆるゆると俺を見上げたその瞳は、濡れてはいなかったが酷く揺れている。
「宝箱への道標」
「…?」
那月を守ること。それが俺の在る理由。
でも、それが唯一じゃない。あの家に来てそれは、唯一じゃなくなった。
訝しげに傾けられた頭に掌を乗せる。
俺にとってもこいつは、大事な大事な弟なんだ――。
柔らかい赤毛をくしゃくしゃと撫でながら、俺は眉根を寄せて小さく笑った。








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