「…それでも、私は。私たちは、――…」
ガタンッ、と。
何かを言いかけた親父の言葉が、乱暴に倒された椅子の音に遮られた。
正面に座っていたお袋はハッと息を呑み、親父は静かに瞳だけを揺らし。
那月とレンも、押し黙ったまま離れたところで成り行きを見守っていた。
ちらりと隣を見上げる。
全員の視線を一身に受けた音也は、机に突いた手を見開いた瞳で見つめながら唇を震わせていた。
震えた唇が言葉を紡ごうと薄く開かれては、何も出ずに閉じられる。
そうして何度も繰り返されたのち諦めたようにそれがきゅっと引き結ばれると、勢いよく体を反転させリビングを――家を飛び出した。
「音也……!」
「音也くん!」
お袋が立ち上がり、那月が音也の後を追う。
程なくして再び訪れた重い沈黙に、俺は両手に額をうずめ瞳を閉じた。










雨が降りそうで降らないどんよりした曇り空。
勉強にも飽きて軽く伸びをしながらリビングに降りると、いつもの光景が眼前に広がった。
夕飯の準備に勤しむお袋に眉間に皺寄せ新聞を読む親父。満面の笑みでソファににじり寄っている那月は、どうやらレンの後ろに隠れてしまったクップルを引っ張り出したいらしい。
横になって眠るレンへの配慮があってか常より幾分控えめだが、あのわきわきと怪しく開閉させている両手から推察するにそれも長くは続かないだろう。
ご愁傷様、とソファの背凭れで姿は見えないクップルに心中で手を合わせ視線を横にずらしたところで、ん、と小さく声を上げる。
てっきりゲームでもしているとばかり思っていた音也は、畳に寝そべりバラバラと忙しなくどこからか引っ張り出してきたらしいアルバムを捲っていた。
端から端まで流し見ては脇に置かれていた別のものへと手を伸ばしまた同じ作業をするその様は、およそ思い出観賞をしているようには見えない。
「何してんだ?」
和室に上り音也のすぐ脇に腰を下ろす。
んー? と気の抜けた音を出して少しだけ上体を起こした音也が俺の方にそれをズッと寄せた。
開かれたまま差し出されたそこには、今よりもやや幼い音也がこちらに向かい笑っている写真が何枚も綺麗にまとめられて並んでいる。
そのアルバムの表紙の色とほかのものとを見て鑑みるに、これは音也を中心にまとめられたものなんだろう。
「ちょっとね。――あ、見て見てほらこれ」
「な…ッ!? んなもんいちいち見せんでいい!」
別のものを手に取り先程と同じようにバラバラ捲っていた音也がにぃっと笑いながら指し示した写真には、眉間に皺を寄せ赤ん坊のオムツを換える親父の姿が写されていた。
金髪、なにより写真の横に書き添えられた『トキヤ 初めての翔のオムツ替えに悪戦苦闘(一歳四ヶ月)』という言葉から、この赤ん坊が自分であることは明白だ。
誰もが通った道だとわかってはいても羞恥心は沸く。
音也の手が挟まることを承知で勢いよく表紙を閉じた。
「いッたぁ…! 翔ひどい!」
「うっせ!」
ふうふうと己の指先に息を吹きかけ批難する声を放って、再び赤い表紙を手にする。
自分ばかり恥ずかしい思いをするのは癪だ、探せばこいつのだってあるだろうと、一息に最初へとページを戻す。
「三歳……二歳七ヶ月……ん? これ以上前はないのか?」
「そうなんだよ、俺も翔もなつ兄もレン兄も。なんかみんな中途半端に始まってるんだよね。だからどっかに紛れてるのかなって」
探してたんだけど、と言いながら音也はパタンと最後の一冊を閉じた。
「なかったんか?」
「うーん。……ほかにもあるのかな、アルバム」
「……それって――」
言いかけたところで、背後からキシ、と畳を踏む音がした。
「もうすぐ夕飯ができるぞ。そろそろ片付けて手を洗って来い」
振り返ると割烹着姿のままのお袋が、那月から逃げてきたらしいクップルを抱えて立っていた。
「ほーい。あ、ねえ母さんアルバムってほかにもある?」
「アルバムか? ……ああ、そうだな。たしかそれで全部だったと思うが」
畳の上に視線を移し頷くお袋に、音也はえー、と声をあげた。
「でも俺らの0歳の時とか、ないよ? なつ兄とレン兄なんて七歳と五歳からしかないし」
首を傾げ見上げながら発された音也の言葉に、お袋の表情が見る間に硬くなった。
その背後で、いつの間にか起きていたレンや那月、親父までもがハッとしたようにこちらを見ている。
妙な沈黙。
パッとお袋が親父へと振り返った。
俺何か変なこと言った? と小声で耳打ちしてきた音也にちらりと目を向けてから、積まれた五冊のアルバムに暫し視線を落とす。
そして二人の兄とお袋とを交互に見て。
なあ、と口を開いた。
「俺たちってさ、一応ちゃんとどっちかとは血ぃ繋がってるんだ…よ、な――?」
言葉の途中でこちらに向き直ったお袋の青褪めた表情に、言葉尻が揺れる。
その横で信じられないといったように丸く見開いた赤い瞳が俺を見た。
また、束の間沈黙が降りる。
しかしそれはすぐにガサリと紙の擦れる音に破られそして、
「翔、音也」
新聞を脇に置いた親父が
「こちらへ。少し…話をしましょう」
静かな声音で俺たちを呼んだ。








TOP|back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -