「となり、よろしいですか?」
落ち着いた、柔らかい声音だが振り返ってみればその顔には随分と疲労が窺える。
それでも自分に要らぬ心配はかけさせまいと笑顔を作る姿は殊勝というか、意地っ張りというか。
それが彼らしいといえば彼らしいのだが。
「…なにを考えているんです?」
腕の中で眠る幼子の背を撫でながらそんなことを考えていると、隣に腰を下ろしたトキヤが片眉を上げて覗き込んでくる。
外では冷血漢やら仕事の鬼やらと呼ばれている男が、自分の前では随分と子供のように表情豊かな様が面白い――などと答えたら、この男はまたどんな表情をするんだろうか。
悟られないよう忍び笑って、なんでもないと答えた。
「そんなことよりもすまなかったな、お前一人に押し付けてしまう形になってしまって」
「いえ。ひとりでも、慣れたものです。それにあなたも手が空いていないのだから仕方がないでしょう」
「ああ、まあな。砂月はもう落ち着いたのか?」
「落ち着いた――と言うよりは、暴れ疲れて眠ってしまった、と言う感じです」
「そうか。……この家に来た当初に比べれば随分とマシにはなったと思うが、やはりまだ全快、とまではいかないようだな」
「それだけ彼の心に負った傷は深い、ということですね。けれど私たちが諦めずに愛情を注ぎ続ければきっと、その傷を――例え失くすことはできなくても――忘れさせることはできるはずです」
「そうだな。この子も…」
そう言って、規則正しく揺れる小さな頭をゆったりと撫でてやる。
それがくすぐったいのか、むずがるように頭を揺らす様がなんとも愛らしい。
こんな姿が見られるようになったのも、ここ最近になってやっと、なのだが。
「昼間のうちは生意気なくらい大人びているくせに、夜が近付くにつれ部屋の真ん中で落ち着きなく歩き回る、もしくはあなたにべったりで」
「いくら本を読んでやっても眠ってくれないものだから、あのときは随分と苦労したな」
「今でもあなたにべったりなのは変わらないですが」
「それだけ信頼してくれていると言うことだろう? 親として、素直に嬉しい」
「あなたを取られてしまったようで、私としては少々面白くないんです」
「はは、なんだそれは。こんな小さな子供に妬いてどうする」
「あなたが思っている程、私の心はそう広くはないんです。正直に白状すれば、半年前、あなたが突然養子を貰いたいと言った時、私はあまり気乗りしなかった」
「…そうだったのか?」
「ええ。私はあなたさえ居てくださればそれで良かったんですから。それに、子供は少々…苦手でしたし」
「それならばそうと一言、言えば良かったじゃないか?」
「言えませんよ、そんなこと。普段自身の要望と言うものを殆どしないあなたのたっての願いでしたし」
「大体のものはお前が先に叶えてくれるからな。けれどどうしても、………家族というものをつくってみたかったんだ」
「あなたの気持ちは良うく分かります。しかし二人を引き取って、それまでの平穏な日々とは程遠いトラブルの連続にやはり後悔した事も何度もあった――って、先程からあなたはどうしてそうにこにことしているんでしょうか? 自分で言うのも何ですが私は今、あなたにもこの子たちにも失礼な発言をしている筈なのですが」
「うん? ――あぁ、確かに失礼だな。だがお前、自覚があるのかどうか、先刻からずっと過去形ばかりだぞ。ということは過去にそう思っていたが今は違う、のではないか? それにもし仮に今もその失礼な考えのままならば、お前はそんな風に俺に告白したりしないだろうからな」
つらつらと確信に満ちた推察を述べてやれば、他称・仕事の鬼の冷血漢は豆鉄砲を食らった鳩のように眼を瞬かせて、きっかり五秒を数えたところで額に手を当て深々と溜息をつきながら俯いた。
俯いたところで隠し切れなかった耳のはしが、常時より僅かに赤みを帯びているのを瞬時に見て取りそれを指摘してやれば、再び長々しい溜息が聞こえてきた。
「……あなたは本当に、時々こちらが驚くほど意地が悪い」
「だが当っているんだろう?」
「………確かに、――日々に問題がないとは言い切れませんが――今現在こうして四人で暮らすことを悪くないと、むしろ幸せだと感じています。今はもう、子どもたちを引き取ったことを後悔などしていませんよ。あなたもこの子達も、全力で守り抜きたいと、心からそう思っています」
「そうか、…良かった。ありがとう」
「礼を言われる程のことではありません。……いつかこの子達が成長し巣立つ時、この家で育って良かったと、幸せだったと思ってくれればいい――」
半年間ですっかり父性の沸いた瞳で幼い我が子を見つめるその横顔に真斗は無言で深く頷き、夜空に瞬く星々に目を細めて笑った。
end.
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