カァ、とどこかでカラスが一鳴きした。
こんな深夜に珍しい。


「――ん、明日の服かい? どんなものが好きかって?」


なんとはなしに見上げてみたが、あんなに真っ黒いものを夜闇の中から見つけられるわけはない。
加えて今夜は空一面を分厚い雲が覆ってしまっている。


「そう、だな……。俺は…」


月も、星も、ない。


「俺は君のその愛らしさをより引き立たせてくれるものなら、なんだって嬉しいよ」


暗い暗い。真っ暗闇。


「え? そんなことはないさ。君はもっと自分に自身を持っていい、俺が保証するよ」


子供の頃は、こんな夜が




――ガチャ




背後で静かに、玄関扉の開く音。
肩越しに見遣ると、扉の先から青みがかった頭がゆったりとした動作で現れた。
レンの姿を見止めて吐き出された息が、白く揺らめいて消える。


なんだってわざわざ外にまで――


小言でも言われるのかと、相手には気付かれぬようレンは溜息を吐いた。
レンにとって、毎夜の女性との電話は一種生き甲斐のようなものだ。
眠っている兄弟たちを気遣いこうして一々外に出ているわけだし。
御近所を考慮して声だって抑えめだ。

軽く片手を振って"聞く耳なんて持っていない"と主張するが、理解されなかったのか無視されたのか。
そのままこちらへと向かってくるものだから、今度は大げさに溜息を吐いてみせる。
と、
不意に頭からブランケットをかけられ、驚いて思わず振り返った。
振り返った先で彼は先程の自分のように顰め面で曇天を見上げ、そして一言


「ほどほどにな」


そう言い残し家の中へと戻っていった。
呆気に取られ取り残されたような心地のレンを、携帯越しの声が引き戻す。


「――あぁ。ごめんよ、大丈夫なんでもないさ」


石段に腰を下ろし、再び夜空を仰ぎ見る。
先刻よりも厚さを増した雲。辺りは一層の真っ暗闇だ。


「ん? なんだか機嫌が良さそうだって?」


今し方の、憂色の滲んだ横顔を思い出す。


「うん、そうだね」


――もう、そんな顔をしなくてもいいのに


「今日のような光のない夜も、嫌いじゃないんだ――」


もう、押入れの中の子どもは居ないのだから――







end.




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